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恋人達はいつだって恋に跪く  作者: 南方
元カレ現る
3/6

episode――.03


 打ち合わせが終わり、報告も兼ねて彩佳は母に電話をした。


「うん、うん、それで……、ジャックのことなんだけど……、え? 知らないって……ちょ、っと?」


 プツンと通話が終わった携帯画面を眺め、辺りを見渡す。母から彩佳を追いかけてジャックは出て行ったと教えられたが、周辺にそれらしき人間はいない。

 まさか、迷子になったのでは……? と思ったが、いい歳した男が迷子になったくらいで、心配する必要は無いし、自分には関係のないことだと考えを改める。

 自分の家へと辿り着き、色々な意味を込めて溜息を溢した――。


 どちらにしても、自分と彼はもう終わっているのだし、二度とあの頃のような苦しくて辛い日々には戻りたくない。

 だから、ジャックを視界に入れたくもなければ、悩みたくないのに、一目見ただけで、好きだった頃の思いが蘇るなんて馬鹿なんじゃないだろうか、と自分を殴りたい気分だった。

 

 ――よし、お風呂に入って寝よう。


 バスルームに身を沈める。いつもなら持って入らない携帯を目の前に置きながら、じぃっと画面を見つめ、言い訳を頭で並べる。

 警察沙汰に巻き込まれている可能性もあるし、そうなった場合、彼が頼れるのは自分だけだし、別にあんな男がどうなろうと知ったことではないけど、ただ、心の狭い人間だと思われたくないだけで、そう、そうなの、それだけのことよ、とぶつぶつ独り言を言いながら彩佳はシャワーを浴び終えた。

 髪の毛を乾かしている最中、不意に鳴ったメッセンジャーアプリの音に目を見開いた。


「え……?」


 友人である友坂香織(ともさかかおり)から〝ちょっと、これジャック・フォーマス?〟と確認のメッセージと共に写真が添えられて来た。

 見覚えのある金髪男がSNSで拡散されまくっている情報で、せっかくお風呂に入って気持ちも落ち着いたと言うのに、一気に冷や汗が吹き出しそうになる。


 ――あの馬鹿、って言うか馬鹿……。駄目だ、〝馬鹿〟という単語しか出てこない……。


 げんなりしながら、香織にジャックが日本に来ていることを暴露すると、直ぐに着信があった。

 

「ねぇ、まさかだけど、より戻したとか?」


 なるべく考えないようにしていたことを聞かれて、今日、彼が言っていた言葉を思い出した。

 自分とやり直したい的なニュアンスで何か言ってたような気がするけど冗談じゃない、と携帯を片手に持ちながら頭を振り、「それは無い! 単純に観光に来たのよ……」と友人に伝える。


「観光? この写真に映ってる駅名、彩佳のお母さんのアトリエの近くじゃない? どう考えても観光じゃないよね?」

 

 香織のくすくす笑う声が聞こえてくる。とにかく彩佳としては、彼とやり直す気はサラサラないし、二度と関わり合いになりたくないことを宣言する。


「彼に関わるのは二度とごめんだわ……」

「ふぅん? いい男なのに」

「いいのは顔だけよ」


 そんな会話をしていると、ピンポーンとインターフォンが鳴る。

 こんな時間に誰? と玄関モニターに映る相手を確認して、画面を割ってしまいたい衝動に駆られた。

 インターフォンの音を察知した友人が、「ねぇ、こんな時間に誰が来たの?」と聞いて来る。

 電話越しに聞える救世主の声に、「変質者かも」と言えば、「ああ、元カレ来たんだ?」とケラケラ笑われてしまう。


「ねえ、香織さん? 今からうち来ませんか?」


 彩佳はこれ以上ないほど丁寧に申し出をした。


「行くわけないじゃん! 私の彼氏も、そろそろ帰って来るし」

「……」

「ま、頑張って」

 

 簡単に『頑張って』なんて言わないでよ……、と彩佳はじぃっとモニターを睨みつけながら、仕方なくエントランスの施錠を解除した。

 モニター越しに見るジャックは、スクリーンに映し出されれている俳優のジャック・フォーマスそのものだ。

 容貌はもちろんだが、彼は身に纏う雰囲気がいい。見ているだけなら最高の男なのに、と彩佳は実に残念な気分になる。

 玄関先のインターフォンが鳴り、仕方なく扉へ向かい、覗き穴から確認をしてみれば、当たり前のように、にっこり微笑むジャックの顔が見えた。

 さっきまで確かに彼の心配していたのに、その幸せそうに微笑む顔を見ると妙に腹が立って来る。

 扉を開けて、「何しに来たの?」と彩佳が聞くと、


「アヤカのこと、ずっと駅で待ってたのに、全然帰って来ないから、心配になって来ちゃった」


 本日二度目の『来ちゃった』宣言を聞き、苛立ちはMAXに到達した。


「……ねぇ、ジャック、私達は付き合ってないし、友達でもないのよ?」

「知ってるよ?」

「じゃあ、どうして私の心配を?」

「愛してるから?」


 ――駄目だ……、話が噛みあわない。


 確かに、ジャックが本当に彩佳を愛していると言うなら、心配もうなずけるけれど、現在、自分達は他人なわけで、心配されるのはどうなのかと思う。

 

「ねぇ、ジャック――っ」


 追い返そうとしたが、隣人が帰って来た気配を感じて、仕方なくジャックを部屋へと引き込んだ。


「相変わらず情熱的だね」

「勘違いしないで、隣人が帰って来たの、あのままだと貴方が困ることになるでしょ?」

「別に困らないよ?」

「いいえ! 今頃、貴方のお姉さんのジャネットが怒りに震えてるわよ?」


 SNSで拡散されている様子を携帯で見せると「おお?」と驚く。


「ねぇ、ジャック、私達別れたのよ? もう会いたくないと私は思ってるし、二度とあんな思いはしたくないの……」

「それって、キャッシーのせい?」

「……彼女だけのせいじゃないわよ。そもそも貴方のせいでしょう?」


 聞きたくない名前が出て来たが、彼女のことも少なからず原因だったとは思う。キャッシーは新人モデルでよくジャックと一緒にいた。

 彼は〝友達〟だと言ってたし、自分もそれを信じていたけど、彼女の口から『凄いわよね、彼って……、昨日も寝かせてもらえなくて大変だった』と、まるで勝ち誇ったかのように言われた時、自分の中で何かが壊れた。

 ピープル誌やらのゴシップ記事は他人が書いた物だし、当人から聞いたわけじゃない。彼を取り巻く女優やモデルなんて山のように見て来たけど、キャッシーのように挑発してくる人間などいなかった。

 皆クールで格好良い人達ばかりだったから、自分も真似して冷静な女のふりが出来た。


 ――けど、彼女は違う……。


 彼女はまるで自分と同じだった。

 ジャックを独り占めしたくて、独占欲に塗れた子供と一緒だ。そんなキャッシーを見て、凄く無様だと思ってしまった。

 今までの女性達はジャックのことも大勢いるボーイフレンドの一人扱いだったから、彩佳に対しても敵対心を持ったりしなかった。

 なんなら、『彩佳、あんな男に振り回されるのは勿体ないわ、早く別れた方がいいわよ』と、溜息交じりに助言されていた。

 共演した女優の大半はジャックとの恋仲をゴシップ記事に書かれていたけど、その都度、『あれは宣伝のようなものだ』とジャネットに教えられて信じてた。と言うより、信じたかった。

 

 ――まあ、実際はどうなのか本人に聞いたことは無かったけど、そんなの聞いたら、それこそ惨めだ。


 過去の何かもを振り切るように、ジャックと距離を取りながら彩佳は、「お願いだから、二度と私の周りをうろつかないで」と彼に伝えた。


「そんなに俺が嫌い?」

「そうよ……」


 ――残念ながら嫌いになったことなんて一度もない……。


 どうして嫌いになれないのか分からない、一緒にいると苦しいし、辛いのに嫌いになれなかった。


「付き合う時、確かに俺は不誠実な男だとアヤカに言った」

「……それでもいいって私は言ったけど、やっぱり無理だった」


 ふと苦笑いを見せた彼は、当時の話をし始めた。


「……ゴシップ誌に取り上げられている子達は、自分を売り出すために俺を利用しているだけだったし、変な話だけど、それが当たり前のことだった。お互いに都合がいい時に抱きあえて、利用してされて……」


 そんなことは姉のジャネットから教えられていた。今さら聞かされても、と思うのに喉の奥が熱くなる。彼の大きな手が自分の頬に触れた。


「アヤカと別れたことを聞いてキャッシーは、俺と付き合いたいと言って来たよ。けど断った。俺にしてはかなり冷たく突き放したと思う」


 ジャックはいい意味で仕事人間だった。人間関係を拗らせたりするのは得策じゃないことを本能で分かっているから、擦寄って来る相手に関しても興味がなくても〝いい顔〟をする。

 だから、彼が冷たく突き放したと言うのなら、余程だと思った。


「その時、アヤカに酷いことを言って傷付けたことが原因なのかってキャッシーに聞かれたよ。ありもしない事を言ったって謝罪された。俺と別れたのはそのせいだった?」


 彩佳は、その問いには答えることなんて出来なかった。困った顔をした彼が、「もしそうなら、どうして言ってくれなかったんだ?」と聞いて来る。簡単にそんなことを言う彼に怒りが湧いた。


「……何をどう言えと言うのよ? 彼女を〝抱いて良かった?〟って聞くべきだった?」

「だからっ!」


 彼の顔が苦痛に歪んだと思った瞬間、押し潰されそうなほど強く抱きしめられて、息苦しくなる。

 何か熱い物が、自分の頬を伝って落ちて行く、それが自分の涙だと分かり、あの時の嫌な感情が湧いた。

 何度も胸の奥にしまい込んでいた想いが口か滑り出た。


「本当に好きだった……」

「うん……」

「けど、もうやめた。あなたを好きでいることは自分を傷つけることだから」 


 言い終えてから、彼の胸を押し戻し腕から逃れると、寂しそうな顔をした彼が、「俺が普通の男ならどうかな?」と馬鹿なこと言う。


「あなたが俳優じゃなかったら興味なんて持たない」

「本当に?」


 ジャックに確認するように顔を覗き込まれて思い出した。

 あの日、初めて出会った日、彩佳は彼が俳優だったことも知らなかった。

 それなのに恋に落ちた。だから彼の言う、『本当に?』という確認は、そのことを指摘しているのだろう。

 それなら、嘘でも他に気になる人がいると伝えた方が効果的かもしれない。 


「好きな人がいるの」

「うん」

「その人と付き合いたいの」


 何度も頭を縦に振る彼は、「それでもいい」と言った。


「今度は俺の番だ」

「……」

「君の側に誰が居てもいい、だから愛させて」

 

 懇願するように言われ、罪悪感が湧いた。何人もの男と付き合えるほど自分は器用な人間じゃないし、そもそも好きな人なんて――。

 ああ……、心底、自分に呆れる。目の前の男をまだ〝好き〟だということ、一年以上経った今でも、忘れられないなんて本当に呆れる。


「アヤカ」


 悪びれもせず、人の名を気軽に呼び、小首を傾げるジャックを見て、一年以上経った今でも愛しく思う気持ちが湧く。付き合っていたあの頃の感情へと簡単に引き戻される。

 

 ――……本当に憎たらしい。


「私は、他の人が好きだけど、それでいいの?」

「うん」

「……取りあえず、今日はもう帰って」

「分かった」 


 バタンと玄関の扉が閉まり、彼の姿が消えたのを見届けて、気が抜けた彩佳は、そのままペタンと床に座った。

 一体、何が起きたのだろう? 先ほどのやり取りを思い出しながら、玄関へ向かう。

 

 ――鍵、かけなきゃ……。


 扉に近付くと、彼の足音が遠ざかって行くのが聞えた。

 こそっと覗き穴から周辺を確認して、ジャックが帰ったことに安堵しなければいけないのに、物寂しい気分に襲われてしまい、ベッドへ身を沈めてもなかなか寝付けなかった――。



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