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恋人達はいつだって恋に跪く  作者: 南方
元カレ現る
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episode――.01


 元カレと街中で偶然出くわすことなんて稀なことで、自分の元カレに限って言えば、絶対に出会うことなどない! と言い切れるような人物だった。

 屈託なく笑う顔は見る者を魅了し、一瞬で言葉を奪うほどの破壊力を持つ男、今、その破壊力が目の前にいる。

 ああ、どうしてこの男が目の前にいるのだろうか? と小首を傾げた。

 

「来ちゃった」


 乙女なセリフを吐き出すハリウッド俳優を見つめ、それに対して出て来た言葉は、「はぁ?」だった。


「アヤカに会いたくて」


 彩佳(あやか)は慌ててスマホを取り出し、『ジャック・フォーマス』と検索をかけた。ハリウッド俳優である彼が日本にいる理由、そう、どうして彼がここに居るのか、その可能性を探して見る。


 ――撮影だよね?


 映画の撮影で日本に来ている説を考えて情報を探ったが何も出てこない。それなら、お忍び旅行ということになる。

 しばらく放心状態に陥り、彼と別れる原因になった出来事がふつふつと蘇って来ると、ジャックに向かって、「サヨナラ」と背を向けた。


「あーあー、アヤカの好きな〝リハブ〟のクッキーを買って来たのに」


 その言葉を聞き、彩佳はピタリと歩みを止めた。

 NY(ニューヨーク)の有名なケーキ店で、自分が向こうの大学通って居た頃は頻繁に食べていた。ふと懐かしい気持ちが蘇り、仕方なく手を出した。


「……早く、渡しなさいよ」


 お土産に買って来たと言うなら、ありがたく受け取ろうと思い、彩佳は片手を差し出し、早く寄こせと掌をクイクイと曲げた。

 こちらの動作を見ながら彼が頬を緩めると、小さな紙袋を素直に差し出す。クッキーの入った紙袋を奪い取ると、彩佳は足早にその場を立ち去った。

 足は確かに彼から遠ざかっているはずなのに、心は囚われてしまったようで、頭の中はずっとジャックのことを考えていた。


 ――どういうつもり……。


 何しに来たのだろう? 撮影でないなら観光なのだろうか? けれど彼が一人で、ぶらぶらと日本に来る理由が分からない。元々、突拍子もないことをする人だったけど、と彩佳は大きな溜息を吐いた。


「ねえ?」

「……ッ!」


 背後から急に声を掛けられ、彩佳は心臓が飛び出そうになる。


「びっくりさせないでよ!」

  

 どっどっどっ、と跳ねあがる心臓付近を手で抑えながら、彩佳は背後にいる男を睨みつけた。

 ジャックは悪びれもせず鮮やかなブロンドの髪を揺らし、空にも負けない碧眼を軽く細めると、「どうして先に行っちゃうのかな?」と疑問の声をあげる。


「どうしてって、お土産はもらったし、貴方と話すことなんてないし……」


 だいたい、彼と仲良く会話が出来るような別れ方をしていないのだ。

 喧嘩別れというわけでは無いが、耐え切れなくなったあの日、一方的に『もう、無理』とジャックに言い放った。

 これ以上は付き合いきれないと思ったし、もう心が限界だったのだ。

 確かに付き合う時、ジャックは彩佳に言った。


『俺は誠実な男じゃないよ? それでもいいなら――』


 そう、確かに付き合う前に釘を刺されていたし、ある意味誠実な人のような気がしたのだ。

 だって、わざわざ、『自分、浮気男です』と宣言する男なんて、彩佳の周りにはいなかったから――。

 まあ、馬鹿だったな、と今なら思う。当時の自分は浮かれていた。

 父親の仕事関係者が開いたパーティーで彼と出会い、意気投合して何となく雰囲気に流された。

 ハリウッドで一番ホットな男に求められて、嬉しくない女なんていない、それこそ地に足が付いてなかった。

 一夜限りと割り切れば良かったのに、付き合って欲しいなんて口走って、眉根を寄せた彼に、『俺でいいなら』と謙虚に言われて付き合うことになった。


 ――けど、まさか翌日に熱愛報道が出るなんて……ね。


 絶望と言うよりは、凄い男だと感心した。彩佳と付き合うことを決めた翌日にピープル誌の表紙を飾ったのだ。

 有名なゴシップ雑誌に、『今度の女優は何ヶ月持つか』なんて書かれて、マジでふざけんなっ! と部屋で声を荒げた出来事が走馬灯のように蘇って来る。

 確かに不誠実な男だったけど、一緒に居る時は彩佳のことだけを見てくれていたし、お金を払う必要のない高級なホストと遊んでいると思えば、贅沢な日々だった。

 誰もが振り返る極上の男を連れて歩けるのだから、鼻も高くなって当然だし、周りから小さな声で、『今のってジャック・フォーマス?』と聞える声に胸が躍った。けれど、それは一緒にいる時だけだった。

 一緒に居ない時間は、どうしようもない寂しさに襲われて、天国と地獄を行ったり来たりしていた。

 いつかは自分だけを見つめてくれる日が来るかも? なんて思っていたけど、そんな日が来るわけも無く、ゴシップ記事に取り上げられる女優達を見て、どれだけ惨めな思いをしたか分からない。このままでは精神的におかしくなりそうだと思った彩佳は、大学の卒業と同時に彼と別れて日本へ戻って来た。

 それこそ、もう一年以上も前のことだ。今となってはいい思い出だし、いい経験をしたと思う。だからこそ聞きたい――。


「ジャック、何しに来たの?」


 にべもなく言えば、蝶が羽を開くように優雅に唇を動かした彼は、「君に会いに来たんだ」と冗談を言った。


「へぇ、そう、じゃあ、会えたから良かったね」

「うん」

「…………」


 皮肉も通じない男をその場に置き去りにして、自分はさっさと仕事へ向かった、はずだった――――。



「わぉ、外観と違って意外と広いね」


 何で付いて来ちゃうかな? と彩佳は金髪男を眺める。


「ここは母のアトリエよ」


 広々としたアトリエは白で統一されており、デザインに関する資料が所せましと置かれている。


「へぇ、じゃあNISHINA(にしな)の創業者に会える?」

「上の階に居るから行って見れば? 貴方なら歓迎されると思うわよ」


 彩佳は顎を上へと向けた。

 仁科春子(にしなはるこ)は彩佳の母親で、国内だけではなく海外でも有名なファッションブランドNISHINA(にしな)の創業者であり、デザイナーでもある。

 彩佳がNYの大学に通っていた頃は、単純に反抗期だった。

 母と比べられるのが嫌で画家になろうとしていたが、結局はファッションデザイナーの道へと戻って来てしまった。

 心身ともにボロボロで帰って来た時、母は、『やっと反抗期が終わったのね』と笑顔で迎え入れてくれた。


「ねえ、ジャック? 本当に何しに来たの? 撮影でもあるの?」

「え、さっき言ったよ? アヤカに会いに来たって」

「ふぅん、それで?」

「君を愛してる」

「……」


 この男の口から出る『愛してる』は、『おはよう』とか『こんにちわ』と同じレベルだ。

 まあ、実際に海外では呼吸をするが如く言うセリフなので、真に受けてはいけない。


「私に恋人がいるとは思ってないの?」

「いるの?」


 彼の端整な顔の眉根が寄った。酷くショックを受けているように見えるけど、相手は俳優だ。騙されてはいけない――、と思うのに深刻な顔で近付いて来るジャックに、「い、いないけど……」と思わず声が上擦った。


「良かった……」


 ――よくない、全然よくない!


 この金髪男と付き合ったせいで、どの男も野菜に見えるし、友人に誘われて合コンに行っても、誰一人としてピンと来ない。まったく、ときめくことが出来ないのだから、不幸のど真ん中を突っ走ってる最中だ。


「それにしても、ちょっと痩せたかな……?」


 しれっと会話を続ける男を眺め、「太ったよ」と突き返した。


「あ、っ……」


 素早く自分の目の前に来た彼が、すっと抱きしめて来る。

 

「ううん、絶対に痩せたよ」

「そ、そう……?」


 心配そうにこちらを見る彼の瞳に、不安な表情をしている自分の顔が映り込む。


「それと髪……伸びたね。短いのも似合ってたけど、今の方がいい……」

 

 低めに甘く囁く彼の声に、脳みそがとろっと溶けそうになる。危うく腰が砕け落ちそうになるのを、何とか持ち堪え、渾身の力で彼の腕から逃れた。

 彩佳は姿勢を正すと彼に、「私は仕事があるから、母に挨拶したら帰ってね」と伝えた。


「帰る? 何処に?」

「ニューヨークに決まってるでしょう! あっ……、もしかして仕事を干されたの? それならそう言ってよ。何をしでかしたか知らないけど、話くらい聞いてあげる」


 きっと何か問題を起こしたのだと彩佳は出来の悪い弟を見るような目を向けた。彼は自分と同じ歳だが、子供の頃から業界にいるせいで、時々、常識から外れることがある。

 まあ、これに限ってはジャックだけではなく、子役から活躍している俳優は、皆そうなってしまうのだと、彼のマネジメントをしている姉のジャネットから教えられた。

 

「アヤカ、君の想像力が豊かなのは知ってるけど、仕事は干されてないし、全然違うから安心して、けど、アヤカが俺の物にならないなら、永遠に仕事をやめることになるかも」


 ふふふ、と楽しそうに笑う金髪男に、彩佳は苛っとした。


「ねえ、冗談を言うのはやめてくれない? どうして私のせいで仕事をやめることになるのよ、あなたと私は――」


 最終的な言葉を言い放つ前に、トントントン、と上の階から人が降りて来る気配がする。

 母親である春子(はるこ)が階段の途中で立ち止まると目を瞠り、ジャックと彩佳へ順番に視線を向けてくると、にんまり笑った。どうやら状況を察したようだ。


「あら、もしかしてジャック・フォーマス?」

「アヤカノママ? ハジメマシテ……ボクハ」

 

 片言の日本語でジャックが母に挨拶をするのを見て、母が苦笑した。


「あー、英語でいいわよ、普段は英語を使うことが多いから」

「良かった」

「良かったのはこっちよ、ふふふ、こっちへ来なさい」 


 可哀想に……、と彩佳はジャックを憐れんだ。おそらく数時間はデッサンのモデルをさせられるだろう。

 強引に母に連れられて二階のアトリエへと向かう彼に「南無」と合掌した。

 それにしても、日本に来ていることをジャックの姉は知っているのだろうか? と彩佳は携帯を取り出し、電話をしようか、どうしようかと悩む。

 彼の姉であるジャネットは仕事人間であり、プライベートに関しては口を出して来ない。だから、今回のことも、彼女に連絡したところで、『プライベートは干渉しない』と言われるのは目に見えていた。 


 ――今回に限っては干渉して欲しいんだけど……。


 はあ、と大きく溜息を吐いた彩佳は、鞄から必要な資料を取り出し、机の上に置くとアトリエを出た――。


 今日はパタンナーと一緒に、デザインの生地選びの打ち合わせがあった。

 時間を確認しながら電車に乗り込み、急いで待ち合わせのカフェへと向い、 目的の場所へと到着すると、既に打ち合わせの相手は待っていた。

 慌てて歩み寄り、「すみません、お待たせしましたか?」と彩佳は頭を下げた。


「いいえ、全然」


 そう言って微笑む彼、苅谷守(かりやまもる)はフリーランスで洋服の設計図を作るパタンナーだ。多数のファッションブランドの洋服を手掛けている。

 さり気無い気遣いの出来る男であり、彩佳にとっては癒しの相手でもある。さっきまで会っていた金髪馬鹿男のおかげで彼が天使に見えた。


「仁科さん、何かありましたか?」


 心配そうにこちらの顔を覗き込む彼を見て、彩佳の方が不安になる。


「何もありませんよ?」

「なら良いのですが、もしかしてスケジュール的に無理だったとかなら、今度からは前もって言ってくださいね」


 あっ、そういう心配だったのか、と気が付くと同時に金髪男に対して不満が溢れ出て来る。

 この気遣いを見習いなさいよ! だいたい『来ちゃった』じゃないのよ! 普通は来る前に連絡するのよ! こっちの都合とかあるでしょうが! と頭の中で文句をたらたら言って見る。


 ――駄目だ……、どんどん腹が立って来る。


「……仁科さん?」

「あ、はい、すいません、ぼーっとしちゃって」

「珍しいですね」


 軽く微笑まれ彼の薄茶色の髪がふわりと揺れると、雑誌に掲載するファッションの話になった――――。


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