48.カナタの助言
「……つまらん」
アンドレイス家の訓練場にて、セルドラはつまらなそうに不満を零す。
普段は騎士団が訓練をする場所なのだが今はセルドラとカナタの二人、そして遠くで見守る二人の護衛騎士だけだ。
アンドレイス家の訓練場はディーラスコ家の訓練場よりもさらに広く、今いる人数が少ないのもあって余計に広く感じてしまう。
「カナタお前……そこはどれもセンスが無いところだろう……。そして俺に助けを請うという流れだろう……! だというのに投擲のセンスがあるとは生意気な!」
「ははは……」
セルドラの理不尽な怒りを前にカナタは苦笑いを浮かべるしかない。
カナタから数十メートル離れた先の木製の的にはカナタが投げた短剣が数本、見事に突き刺さっている。
今日はセルドラの要望に応える番だったのだが、カナタが武器はからっきしという話を覚えていたのか狩猟大会に向けてセルドラが訓練場に連れてきてくれていた。
武芸の経験が浅いのならこれはどうだとセルドラに提案された短剣の投擲なのだが……見事にカナタには合っていたらしく、十数回練習すると徐々に的に当てられるようになっていた。
「何か魔術を当てる感覚と似ているというか……自分に合っているようです」
「かっー……つまらん! そうだったそうだった……お前は魔術が得意だったな……やるではないか! この無礼者!」
「褒めてくれているのか怒られているのか……」
「どちらもだ!」
「申し訳ありません」
狩猟大会という場で短剣の投擲は強力な手段ではない。遠距離から狙うのならば最初から弓を使ったほうが数段適している。
だが短い期間でというのなら話は別だ。
不慣れな狩猟を形にできる遠距離攻撃の手段として投擲は悪くない。石を投げて狩りをしていた時代もあるくらいだ。うまく投げられるのならなおいい。
「セルドラ様のおかげです。数日練習すればものにできそうです」
「くそう……どちらが上かを知らしめる予定だったというのに……」
「そんな事しなくても立場的にはセルドラ様が上ですが……」
「まぁ、そうなんだがな! そう、なんだがな……」
一瞬、セルドラの表情に影が落ちた気がした。
セルドラは持ってきた短剣を取り出して、的に投げる。
すると投げた短剣は見事一発で的に突き刺さった。
遠くからは護衛騎士の拍手の音が聞こえてくる。カナタもつい拍手をした。
「流石ですね」
「まぁ、このくらいはな……狩猟は乗馬しながら行ったりもするし、揺れがないならこれくらいは出来て当然だ……」
セルドラは少し黙ったかと思うとカナタをちらりと見た。
「……カナタは、二年で基礎教育を終えたのだったか」
「終えたというには色々飛ばしましたけどね。母上が最低限の振る舞いが出来るよう学ぶ所を限定して今ここにいられます。セルドラ様の隣にいてもすぐに首が飛ばない程度には」
「魔術含めてか」
「はい、そちらは自分が引き取られた理由でもありますから」
「そうか……す……」
セルドラは奇妙な所で言葉を止めて、わざとらしい咳払いをする。
カナタの投げた短剣が再び的に刺さる。流石に中心に百発百中とはいかないが、止まっている状態ならば獲物のどこかには当てられそうだ。
実際は獲物は的のように止まってくれるわけではないので上手くはいかないだろうが、それでも昨日まで手段がなかったなりに悪くない。いざとなれば投げるのは短剣ではなくそこらの石でもいいのだから。
そんな風に満足していたカナタの隣でセルドラは意を決したように顔を上げた。
「なあカナタ……恥を忍んで――」
そんなセルドラの声を遮るように、馬車の音が聞こえてきた。
訓練場にまで届く車輪の転がる音と馬の駆ける音。
カナタもセルドラも音のほうへと自然と向いた。
「お客様でしょうか」
「……いやエイダンだろう。今日帰ってくる予定だったからな」
「ああ、そうでした!」
カナタはそわそわと馬車の音がするほうに目をやる。
そんなカナタの様子をセルドラは羨ましそうに見つめたかと思うと、大きなため息を吐いた。
「俺は主だから城で待たなければいかんが……お前は迎えに行ってやるといい。エイダンも喜ぶだろう」
「いいんですか?」
「ああ、狩猟大会でどう獲物を狩るかはもう大丈夫そうだからな。当日はじゃらじゃらとださい短剣をアクセサリーにして挑むといいさ」
「ありがとうございますセルドラ様」
セルドラの許可を貰うとカナタはエイダンが乗っているであろう馬車のほうへと早歩きで向かう。
そんなカナタをセルドラは笑って見送って、城のほうへと戻っていった。
自分の笑顔は引き攣ってはいなかったかと、気付けば頬に触れていた。
「兄上、ようやくお越しになりましたね」
来客用の離れの近くで停まった馬車から降りてくるエイダンにカナタは駆け寄る。
エイダンは魔術学院に入学してからディーラスコ家に帰ってくる時間も減っていて、カナタとしても久しぶりの再会だ。
「……ああ、カナタ、か…………」
だというのに、エイダンは再会を喜ぶでもなく何か思い詰めたような表情だった。まるでカナタが引き取られたばかりの頃のような反応だ。
この二年でカナタとエイダンの関係はかなり良くなったので流石のカナタもエイダンの様子がおかしい事はすぐにわかる。
「どうされました? 様子が……どこか怪我を?」
「ああ、悪い……そういうわけじゃないんだ……。久しぶりだな……」
馬車から降りたエイダンはそのままアンドレイス家の使用人に案内されて着替えのために離れの中へと案内される。カナタはエイダンの様子が心配でそれについて行った。
「……」
「……」
着替えの間、無言の時間が続く。エイダンの表情は旅の疲れだけとは思えない。
やはり何か悩みがあるのか時折考え込むような、深刻な様子を見せている。
カナタはあえて何度も聞こうとしない。エイダンはきっと今考えている。
今自分がどうすべきかを真剣に。興味本位で追及すれば邪魔になるだけだ。
そんな風に黙っていると、エイダンはようやく口を開いた。
「カナタ……。俺はお前より優秀じゃない」
「いえ、兄上のほうが貴族として優秀だと思いますが」
「いや……お前に相談している時点でな……。兄として失格かもしれない……」
「何を言っているんですか、俺が兄上に勝てるのは魔術くらいですよ。他は母上の手腕で何とか身に着けただけの付け焼刃ですから」
「魔術くらいって……! お、お前、気にしてる事を……! いや、いい……事実だからな……」
こいつの言葉に遠慮が無いのはいつもの事だ、とエイダンは諦める。
今はそんな事に一々引っ掛かっている場合ではない。
「……なあカナタ、お前も側近候補としてここに来させられたんだろ?」
「はい」
「俺とお前は同じ立場だから、少し相談してえ……仕える主の弱点を、その、改まって報告すべきだと、思うか……?」
アンドレイス家の使用人の前だというのに、エイダンはそんな質問を投げかけた。
まるでなりふり構っていられないとでも言うかのような切迫した様子にカナタはすぐ頷いた。
「それが主のためになるのなら、はい、ですね」
「お前……悩みもせず簡単に……」
「簡単にではありません。主のためを思い時に厳しく、主が進む道を手助けし、迷わぬようにお傍に立ち続ける。そしてその心を真に支えられる者こそが側近と呼ばれるに相応しい……俺は父上にそう言われましたから」
「……ああ、それは俺も言われたなぁ」
「ここに父上がいたら兄上にそう仰ってくれるはずです」
エイダンはカナタを通じてシャトランの言葉を思い出すように天井を仰ぐ。
父であるシャトランの言葉がよほど効いたのか少しすっきりとした表情になっていた。
「だよな……気に入られるだけじゃあ駄目だよなぁ……。あー……でもなんか言われるんだろうなあ……。だけどこのままでいいわけないわなぁ……」
若干躊躇いが残りつつも腹は決まっているようでエイダンは笑う。
「すまんカナタ、情けない姿を見せた」
「どこがですか。仕事に悩む姿はかっこいいですよ兄上。何があったかはわかりませんが万が一の時は味方します」
「はは、お前の言葉はお世辞っぽくなくて頼もしいなおい」
何が何だかわからないが、カナタはエイダンを手助けできたようだ。
着替えが終わったエイダンはカナタの背中をばしばしと叩く。
「でも兄上が悪かったら敵になりますからね」
「お前の場合まじだからこええんだよな……。まったく、出来のいい弟を持つとしっかりしなきゃいけねえのが兄の辛い所だぜ」
覚悟を決めたように、空色の髪を揺らしてエイダンは魔術学院での事を報告すべく城へと歩き出す。
やけに緊張しているエイダンの後ろをカナタはそのままついて行った。




