354.魔術漁りと神の代理人
「はっ……! はぁっ……!」
「エイミー……!」
「間に合わないと踏んで咄嗟に詠唱破棄に切り替えたであるな」
中庭を埋め尽くす魔力の樹は殺意を養分にした針葉樹のよう。
噴水を中心にしたシンメトリーで美しい中庭は光る枝ばかりで面影はなかった。
伸びた枝は宮殿の壁を紙のように串刺しにしている中、エイミーとルミナのいる空間だけがねじ曲がり免れている。
失伝魔術で相殺したせいか、魔力の樹から魔術滓が零れ落ちた。
クヴィリスはその魔術滓も回収して懐に入れる。念には念をだ。
「まぁ、予定通りだ。実質これで我の勝ちだからな」
「あんた……もしかして……」
「我が第四域を使えばそちらは失伝魔術を使う他ない。どちらも失伝刻印者といえど腕前としては第三域。必ず引っ掛かってくれる釣り餌を投げない者がいるかね?」
「く、そ……!」
クヴィリスの狙いは失伝魔術を使わせることによる魔力切れ。
利用したい公女と聖女でしかなかった二人は、クヴィリスが何とか手に入れようと力を見せつける間に成長して自分の敵となった。
ならば容赦をするべきではない。油断するべきでもない。
このままずるずると遊んでいればもう一段階成長する可能性もある。第四域になれば、練度はともかく魔術領域は互角。失伝魔術と組み合わせれば相性次第で足下まで迫ってくるかもしれない。
そうなる前に、クヴィリスは自分が本気になることでその芽を潰した。
クヴィリスは本気になれば手段を選ばない。奇跡を見せるためならば自害もする。
驕りさえ捨てればこの男は押しも押されもしない第四域の魔術師なのだ。
「エイミー……魔力が……!」
「ルミナ……失伝魔術は……?」
「いえ、私はまだ……」
「そうよね……私だって自力で使うまでに五年かかってる……」
ルミナが少し成長した程度で状況は変わらない。
エイミーが失伝魔術を使えたところで関係がない。
クヴィリスはこの戦いの何年も前からこの時のために準備を終えている。
首都中の魔力を蓄積したヴンダーの杖、魔力があれば再生する失伝魔術。
そして、第四域としての本人の腕前。
クヴィリスを支えるその三つのどれかを攻略しなければただぶつかっても弾き返されるだけなのだ。
「成長とは素晴らしい。我の解釈もその類だ」
見た目だけでなくその声まで若返っているような気がした。
それこそクヴィリス本人の全盛期がこんな声なのではと思った。
その声は魔術師としての自信に満ち溢れているようで、先程まで嘲っていた声なんかよりも声に説得力がある。
「しかし成長することと壁に届くかどうかはまた別の話だ。今はまだ我に届くまい。我に従うのだ。さすれば命だけは助けてやる。公女は人質に、聖女は象徴として使うだけである」
「そんなもの……!」
「断るなら敵と判断し、新しいストーリーを用意するしかない。教皇殺しのカナタが聖女を殺したというストーリーで聖戦の重要性をさらに国民に問おうではないか」
「!!」
「民衆に人気のある君を殺したとあらば……国民は怒り狂うだろう」
そう、カナタの疑いはまだ晴れていない。
今や全てを国民に信じさせることができるクヴィリスがそう発表すれば間違いなく信じられてしまう。
「民は私が君の養父だと知っている。君の死体を抱えて涙でも流してみせようか? これでも演技派であるのだ我は」
「……っ」
「そうなると公女は民の鬱憤を晴らさせるための慰め物になるだろうな」
「エイミー! 聞いちゃ駄目!」
「投降すればそんな未来は訪れない。投降しろ」
クヴィリスがエイミーの心をかき乱すために最悪の想像を押し付ける。
長年、教皇を務めて大衆を纏めてきたその声は心に届くかのよう。
エイミーの心を一瞬でも揺らせれば、クヴィリスにとってはプラス。
心の揺れた魔術師ほど脆いものはない。ましてやエイミーはまだ十五歳。
未熟な精神の振れ幅は上にも下にも大きいものだ。
本人は気にしていないように見えて、養父と戦うというのは精神的なストレスに違いない。
そんな状況下で、一見無事で終われる提案をエイミーはどういう気持ちで聞いているのか。
(私……こんなに中途半端なままで、戦いを挑んだんだ……)
わかっていた。公爵領を狙うことに激昂しつつも憎み切れない半端な自分。
どこまで行っても自分とクヴィリスは養女と養父。親子の関係なのだとどこかで思っていた。
だがクヴィリスはあっさりとその関係を利用するような発言を突き付けてくる。
クヴィリスは自分が示す国の発展のためにその関係性すらも利用できる……他人を認めつつもどこまでも冷徹に振る舞える王の器を持っているのだ。
……自分には出来ない。
騙されていたとしても、あの時間は本物だったと思いたい。
この国で魔術を学び、信仰を捧げる日々の記憶を偽物にしたくないと叫んでる。
養父と養女の立場を利用するなんて思いつきもしない。
きっと自分は上に立つには甘すぎて、愚かで、相応しくない人間に違いない。
「……黙りなさいよ」
「何?」
けれど、愚か者なりに退きたくない一線がある。
涙が出そうなほど情けない姿で、聖女なんて似合わない中途半端だけど……それでもあの時抱いた怒りだけは譲らない。
「黙れっつたのよ。だらだら自分に都合のいいストーリーばっか……寛大なように見えて、結局自分の計画のために少しでも都合よくなってもらいたいだけじゃない」
「愚かだとは思っていたが、そこまで愚かだったかな」
「そっちこそなんだかんだいつもと違って必死みたいじゃない? 魔物がいなくなってることとか、私が逆らうこととか、アンダースが裏切ることとかぜーんぶ予想外だったから、念のために私達を使って国民の信用を維持しようって頑張ってるのね?」
「おい私の名前を出すな! 次に狙われたらどうしてくれる!」
こそこそと宮殿内に隠れているアンダースの非難が飛んでくる。
そんな声を無視して、エイミーは教皇に向かって涙目になりながら笑ってやった。
「用意周到に見えるけど、何でも自分で動かせるものだと信じて、結局私達の動きをあっさり取り零すような詰めの甘さだから……学生時代、学院長に負けてたんじゃないの?」
「――」
「私と戦う前も学院長と競ってたことを自慢げにしてたみたいだから……めっちゃ意識してんでしょ? もしかしたら今回の聖戦とかも学院長に勝ちたいからだったりして?」
エイミーの根拠のない推測に、クヴィリスは額に青筋を立てる。
今まで見たことのない表情……幸か不幸か、エイミーの言葉はクヴィリスの大切なところに土足で踏み込んだようだった。
「図星? むかついた? でもね、あんたが公爵領を攻めるって言った時の私もむかついてたわ。これくらいの意趣返しはさせてよね」
「……ああ、本当に愚かだなエイミー」
「ええ、私って馬鹿なの。友達に言われないと自分が常識ないってことにも気付けないくらいにね……ごめんルミナ。怒らせちゃった」
クヴィリスはもう二人を生かす気はなくなったようだった。怒りに呼応しているのか、魔力の樹から何度も枝が伸びて、二人を串刺しにしようとしてくる。
エイミーの失伝魔術による空間が途切れたら、そのまま二人は死ぬだろう。
隣で話を聞いていたルミナにエイミーが軽く謝罪すると、ルミナは首を振った。
「大丈夫ですよ。だって、来てくれましたから」
「え?」
「何でわかったのかは知りませんけど」
ルミナは笑って上を向く。
釣られてエイミーが上を向くと、
「『虚ろならざる魔腕』」
「!!」
そこには白く光る魔力の樹とは真逆の黒い腕が星の光を遮っていた。
ルミナとエイミーが揃って安堵したところにクヴィリスも空を見上げる。
見上げた先には背中から禍々しい黒い腕を生やす一人の魔術師。
鳥型の魔物の首を手に、黒い髪を靡かせて降ってくるカナタがいた。
「……来たか魔術漁り。我が奇跡を見せてやろう」
「教皇殺しって呼んでくれよ。神の代理人」
Q何か更新遅くない?
A更新遅い時は大抵裏で何かやってる時なので「俺だけは待ってやるか…」という気持ちで何卒…




