353.勇気への感嘆
“君の色は何色だ?”
そう聞かれた時、彼女は思い出しこそしたが、悩みはしなかった。
今まで自分で意識したことのない魔術師像が浮かぶ。
自分は魔術師ではなく、貴族になると子供の頃から思っていたから。
――誰かに手を伸ばしたい時……届くような……魔術師がいい
ゆっくりと、けど迷わずに、そう口に出すことが出来た。
自分を救ってくれたのはいつも自分に手を伸ばしてくれる人だったから。
ルミナ・ヴィサス・アンドレイスは今日初めて自分が魔術師であると仮定した。
カナタがあの日、傭兵団をはめた貴族にハンカチを投げた時のように。
それは自分の方向性を決める選択。魔術師としてのカタチの創造。
人間は自らが選び取る行動で、自分という人間を作っていく。
自分を助けてくれたあの女の人のように。
自分を助けてくれたカナタのように。
人間としても魔術師としても理想はそこに重なった。
ルミナは今まで基礎はできていた。いや、基礎しかしてこなかった。
教本や家庭教師に教えられたものを学ぶのが魔術だと……だが違う。
今まで自分は上っ面の知識を掬っていただけなのだと知る。
カナタをずっと見てきたからこそわかる。魔術とは自分を示すための技術だと。
術式と方法に縛られていたと思い込んでいた魔術はこんなにも――。
「……」
「公女だと……?」
発光するルミナと訝しむクヴィリスが握り合うヴンダーの杖。
凄まじい速度で現れたルミナを前に、クヴィリスは即座にその正体を見抜く。
術式を見る目と学院長ヘルメスと覇を競った知識の海はその魔術の何たるかすら解読していた。
「自らを魔術の光に乗せる高速移動か……! 純粋な女子らし――」
「ぶぅっ!」
「……!?」
あまりに真っ直ぐな魔術。ヴンダーの杖を掴みに来た真っ直ぐな狙い。そして、公女ルミナのイメージ。
全て見切ったと一瞬油断したクヴィリスは気付くことができなかった。
まさかルミナが、口から自分の顔目掛けて泥水を噴き出すなんて予想するはずがない。
(エイミーの後ろで倒れていたのは泥水を口に含むため……? 公女が!?)
視界を奪われたクヴィリスは咄嗟に首飾りの魔道具を起動し、周囲を炎で満たす。
ルミナの気配が目の前から消えた。
クヴィリスは顔に張り付いた泥水を拭う。
泥水を拭った目の前には――燐光を纏う足が近付いていて。
「ふんっ!」
「はああっ!」
高速化したルミナの蹴りを前にクヴィリスは頭突きで返す。
ルミナの足から鈍い音をして、骨が折れた音がした。
頭部を蹴られたクヴィリスの傷はすぐに再生する。
「もっと……自分を込めて……」
足の痛みよりも、初めて自分で手に入れた自由に埋没する。
カナタの母から庇ってもらった時に閉じ込めた奔放な自分。
淑女であるべき仮面。公女という檻。貴族という椅子。
その三つはどれも自分を作り上げる大切なもので、気に入っているけれど――今は邪魔。
その名のごとく、光り輝く今の自分には。
「ルミナ……!」
「足の骨を折っても止まらんだとは……!」
「“変質”。『陽光目指す腕』」
高速で移動するルミナの口から唱えられる魔術の詠唱。
白く光る腕がクヴィリスに向かって力強く伸びる。
ルミナの位置はクヴィリスの斜め左。驚くことにルミナは壁を走っている。
「『穢れなき祈り』」
伸びる五本の光の腕は全てクヴィリスの魔術に防がれていく。
聖女の魔術は全て第三域以上の性能を有している。生半可な魔術では突破できない。
だが、ここにいるのはルミナだけではない。
「『我が眼前に天罰を』!」
「ぬうっ……!」
エイミーはクヴィリスにすかさず攻撃魔術を放つ。
『穢れなき祈り』は同じ聖属性の魔術を防げない。
今さっきクヴィリスにやられたことをエイミーはそのまま返してやった。
すぐに回復はするが、わざと受けられたのと隙をついて攻撃を当てたのでは戦いにおける意味が違う。
ルミナの戦い方がお手本のように直線的なものから、自分達が勝つための魔術に変わった。今まではいくら魔術が飛んできても全く恐くなかったが、明確に目的が定められている。
(狙いは我の魔道具だな……)
先程ヴンダーの杖を掴まれたことといい、今の腕の魔術といい……ルミナの狙いは魔道具の強奪。先程の泥水といい、足が折れても止まらないことといい、公女らしからぬ動きがクヴィリスの予想から外れた動きをしてくる。
先程までは小娘の戯れだとてきとうにあしらうだけだったが、もう話が違う。
エイミーもルミナを気にすることをやめ、クヴィリスに対して怒りをもう一度向け直している。
クヴィリスの防御魔術が解ける瞬間、再びルミナは高速移動でヴンダーの杖を狙う。
だが二度目は予測していたのか、クヴィリスは瞬時に右手を後ろに引いた。
「ふっ!」
「っ!」
右手を遠ざけ、体が開くその瞬間を狙ったかのようにルミナは右足で蹴り上げ、指先にクヴィリスの首飾り型の魔道具を引っかけて空中に蹴り上げる。
クヴィリスの鼻先を爪先がかすった。ダメージにはならない。ならないが……。
「エイミー! ヴンダーの杖を握れば私達の魔力も回復する! あの魔道具は使い手を選びません! 奪わなくてもある程度魔力を削れる!」
「わかったわ!」
一度握られたことでヴンダーの杖の弱点まで看破された。
ただの人質とただの傀儡だったはずの二人が魔術師として、そして自分の敵として成長していく姿にクヴィリスは、
「素晴らしいな……!」
心底からの感嘆を零した。
クヴィリスは恍惚の表情のままルミナを突風で遠ざけ、ヴンダーの杖に手を伸ばすエイミーを殴りつける。
そんなものではどちらも怯まない。
ルミナは体勢を変えて宮殿の壁を蹴り、エイミーは奥歯を一本口から噴き出しながらクヴィリスに手を向けた。
「ぜぇあ!!」
「『影を滅せよ』!」
「学生時代と修業時代は私の青春だった。友人と共に学び、共に笑い、そして片方だけが泣いた。懐かしい。本当に懐かしいな」
高速化したルミナの拳を受け止め、エイミーの魔術も体で受ける。
再生しながら、クヴィリスは過去に経験した万感の思いを口にした。
「成長とは本当に素晴らしい。君達の姿を見て柄にもなく我等の過去を重ねた。改めて確信したよ。我はやはり正しかった。それが人であれ信仰であれ、どんなものも先に進むべきなのだ。聖女がいれば盤石だの、公女がいればやりやすいだの……我としたことが大人になって臆病になりすぎたようだ。君達の姿を見て、勤勉だった頃の我を思い出せたよ」
「何言って……!?」
エイミーが唾を吐こうとするとクヴィリスはその瞳から涙を流していた。
まるで神から天啓を得たかのように。
「この国を思い通りに動かし、神の代理人と祀り上げられ……我は驕っていた。これから新しい世界を始めようという時にだ。君達という手駒を失う踏ん切りがつかなかった。そうだ、人は例え一秒前まで取るに足らない存在でも、きっかけ一つでどこまでも成長を遂げるのだと我は知っていたのにな」
「っ!!」
「我が間違っていたよ。君達が眩しいはずだ。君達を輝かせているのは無謀ではなく勇気なのだから」
ルミナは背筋に寒気が走って後ろに跳ぶ。
笑顔が全く違う。先程まではただ性格の悪い何者か、悪人という印象だったのに。
心の底から自分達に感謝しているような笑顔にルミナは悪寒が収まらない。
先程までは魔力の底は見えなくても、人の底は見えていたのに。
……魔術とは自分を示すための技術。そこに善悪は関係ない。
ルミナが魔術師であることを自覚したように、クヴィリスはその姿に自分の初心を見た。
その初心が、つけ入る隙だった驕りを捨てさせる。
「離れてエイミー!!」
「!! シグリ! 逃げなさい!!」
「我はその勇気を全霊で踏み躙り、前に進もう。手駒ではなく敵として君達の死体を跨ごう。教皇として、魔術師として」
どこかで古時計の音が鳴った。深夜0時。
騒がしい町の声も、壊れた噴水から出る水音も、古時計の音も、ルミナとエイミーの声も混じった中でその詠唱は際立って夜に響いた。
「“膨張”。『至れ、光の魔樹』」
瞬間、時間が止まるような静寂と共にクヴィリスの手の平に光が灯る。
その光は手の平でどんどんと縮小していく。明らかに何らかの予兆。
「な――」
「っ……! “開け魔の階! 我が瞳に翠玉の鍵あり”!!」
エイミーは咄嗟に失伝魔術の詠唱を始める。
……人の成長も友情から始まる大逆転劇の予兆も逆転の予感などではない。
クヴィリスはエイミーの詠唱を聞きながら、その判断を賞賛する。
「いい判断だ。使うしかないだろうな」
「【愛よここに、星の抱擁を】!」
クヴィリスが手の平を掲げた瞬間――手の平の光は弾けて、一本の樹となった。
その魔術の正体は何十年とかける木々の成長をその一瞬に再現するもの。
気の遠くなる年月をかける大樹の成長を一瞬で再現するそのエネルギーは巨大な爆発に等しい。
これこそはクヴィリスの第四域。光の樹から伸びる枝は宮殿の壁を突き破り、地面に根付きながら他の命を侵略する。
何百年もそこにそびえ立つ木は時に神威すら纏う――その一本が荘厳な空間を作りだし、声すら許さぬように。
……事実この場には一瞬の静寂が戻った。




