352.泥塗れに輝く
「『白狼の牢獄』!」
「『守護者の裁き』!」
ルミナの魔術がクヴィリスを拘束し、そこにエイミーの魔術が降り注ぐ。
生き物だけを焼く光を、クヴィリスは無抵抗のままその魔術を受け入れた。
「よいよい。我もいい歳をした男だ。女子供の戯れくらい受け入れてやらねばと思うこともある」
「くっ……!」
クヴィリスは決して無傷ではなく、しっかりと体の表面を火傷していた。
その魔力の余波でルミナの拘束も砕け、霧散する魔力の中から魔術滓まで落ちた。
だがすぐにその火傷跡も戻っていく。聖女の魔術を使おうが関係ない。
クヴィリスの失伝魔術は常時発動型で、魔力を糧にいつでも自身を再生させることができる。
下手な魔術であれば、相殺するのと再生するのとでは魔力消費が変わらない。
「致死性の高い魔術以外は最悪受けるだけでもいいということですね……」
「だからって普通もろに受ける……!? 痛みとかはあるでしょうよ!」
「痛みがあるからこそ実感できるのだよ。治る喜びというものを。痛みのない傷つかない体では、人間らしさも希薄になってしまう」
クヴィリスは足下に転がる魔術滓に気付く。
笑みを浮かべながら、その魔術滓を拾い上げた。
「普段なら放置しているが、念には念を入れるべきだな」
「なんだかんだカナタにはびびってるのね」
エイミーは挑発のつもりで馬鹿にしたように鼻で笑う。
クヴィリスの表情からは余裕の笑みが消え、真剣な眼差しがそこにはあった。
「当然だ。この国の影響力でいえばエイミー……貴様の存在を脅威と見ているがな、直接の戦闘という面において最大限警戒するのは当然あの男以外にあるまいよ。だからこそアンダースに使われているような演技をしている時も、あの男にだけは本気で息を潜めて不意打ちをしたのである。匂いでバレる可能性を考えなければ毒を使いたかったくらいにはな」
クヴィリスはそのままルミナに向けて剣を振るう。
もう突風の軌道は読めているのか、ルミナは横に跳ぶ。
戦闘における魔道具の弱点は性能が均一化されているところ。
魔術と違ってその性能をコントロールしたりすることができあにがゆえにすぐばれる。魔術師にとってはあくまで補助的な武装の域を出ない。
「これらの魔道具ですらあの男の前ではただ存在を知らせるだけの邪魔な道具だ。だから原始的な短剣に頼り、失伝魔術の術式への魔力すらカットしてその背中に突き立ててやったのだ。まさかアンダースがとどめを刺していないとは思わなかった。誤算だ。我の周りは無能過ぎた、わかってはいたことだったがね」
「その結果が奇跡を使った煽動ってわけ!?」
「相手を非難する時には聞こえの悪い言葉を使いたがるものだなエイミー。扇動ではなく政治だよ。この国の政治とは信仰を進めなくては次の段階には進めない!」
クヴィリスの声と共に首飾りが魔力で灯る。
同時にクヴィリスを中心に炎が広がった。
「ルミナこっちに!」
「はい!」
「『穢れなき祈り』!」
ルミナがエイミーの駆け寄り、エイミーの周囲に魔力の壁が展開される。
いくらトラウリヒの魔道具が強力でも、聖女の魔術は破れない。
「先程も言ったが、聖女の魔術を教えたのは我だぞエイミー」
「だから!?」
「つまりだ」
クヴィリスの顔に笑みが戻る。
「教えていないものもあるということだ」
クヴィリスは杖を持った手を二人に向けた。
「『水葬の聖骨箱』」
「なっ!?」
「っ!?」
がこん、という音と共に二人は突然何かに閉じ込められる。
一つの箱に二人を無理矢理押し込んだかのような圧迫感が動きと精神を蝕む。
二人が閉じ込められているのは、頭だけが見える骸骨を模した金色の鎧だった。
その鎧が中の人間の思い通りに動いてくれるわけはない。
「まさか、拘束魔術が我に使えないと思ったわけじゃないであろう?」
トラウリヒの教皇と聖女のみが習得を許される聖属性の魔術。
その門外不出の魔術は教皇のみが管理し、聖女に教えるのが通例。
だが……聖女らしくない魔術は全て教皇が秘匿する。
この国にとって聖女とはどこまでも、トラウリヒのために存在する傀儡。
聖女が骸骨の鎧を出す魔術など、聖女らしくない。
(今の炎は私達を一か所に誘導するための……!)
「これが魔術における隙の作り方というやつだ――“最果てに浮かぶ極光の海”。 “平和を泳ぐ審判者”。 “救いの瞳は悪を射抜く”」
「!!」
クヴィリスが唱えるのは信仰心を魔術に変える聖典の加筆詠唱。
トラウリヒ特有のものだが、今のクヴィリスがこの加筆詠唱を使うことに、エイミーは腸が煮えくり返るような怒りが沸き上がる。
「『我が眼前に天罰を』」
「う、ぎっ……っあああああああ!!」
「きゃああああああああ!!」
降り注ぐ巨大な雷のような魔力が、拘束魔術ごと二人を焼く。
エイミーの『穢れなき祈り』は、まだ展開されているが……この魔術は同じ聖属性の魔術を防げない。
何より、エイミーがこの魔術を使った時よりも強力だった。
雷は拘束魔術を破壊しながら二人と中庭の地面を焼き、その魔術が消えると二人はその場に倒れた。
「ぐ……『治癒の祝福』……!」
「そういえばあったなそんな魔術が。我には必要ない魔術だから忘れていたよ。流石の腕前であると褒めておこう」
「だ、まれ……」
エイミーは治癒魔術で自分とルミナの傷を治す間、クヴィリスも見せつけるように持っているヴンダーの杖で魔力を回復させる。一体後何人分の魔力があそこに蓄えられているのか。
エイミーは今の治癒で魔力をかなり持ってかれてしまっている。
「そちらの魔術とは威力が違うだろう? 我は第四域だ。その分、魔術の威力が高いのは必然だと思わないかね」
同じ失伝刻印者という条件。しかし絶対な差は魔術領域。
エイミーは実践込みの英才教育を受けたといっても第三域、ルミナに至っては経験も少ない。
対して、クヴィリスは第四域。同じ魔術であってもその差は大きく出る。
「ルミナ……ルミナ……!」
「……」
「起きて……お願い……」
治癒が終わってルミナを揺するが、ルミナは起き上がらない。
噴水の水で緩くなった土に突っ伏す様に倒れたままだ。
「魔力が高くても、今の一撃で気絶してしまうようなお荷物ではな……初めて貴様に同乗したよエイミー」
「うっさいわね……違法魔道具に頼り切りのあなたに言われたくないわ……」
「これがそんなに羨ましいか?」
クヴィリスはヴンダーの杖を見せつけるように前に出す。
違法魔道具の中でもヴンダーの杖は魔力ストックという単純にして、強い魔術師を相手する時には最も厄介な力を持つ。
魔術師は同格の敵を相手にした時、ほとんど連戦ができない。魔力というエネルギーには限界がある。
だからこそ国の戦力としては第四域を超えた魔術師達が最強の戦力であっても、一般的な魔術師の存在は数は数で必要になってくるのだ。
ヴンダーの杖は理論上、それら全てを無視してしまう。その力は単純ではあるものの国の戦力の構造を魔道具一つで塗り変えてしまう可能性を持っている。
現にエイミーはクヴィリスの底が全く見えていない。
戦っているというよりも、弄ばれているような。
その理由は単純で……。
「我とヴンダーの杖の組み合わせはある種反則と言ってもいい。落ち込むことはない。だがこの戦いが無駄だということはもうわかっただろうエイミー……我と来い。私の奇跡と聖女としての君がいればこの国は……」
「まだ言ってんの。糞だって言ってんでしょ」
「ふむ……」
まだ聖女という傀儡を諦めてはいなかったからだった。
クヴィリスはエイミーに手を振り払われた怒りよりも、エイミーが聖女として自分と共に国を扇動してくれる未来のほうが諦めきれないのか。
そんな事を思えるのは、圧倒的な差があるからこそ。
メレフィニス相手では魔術の相性によって善戦できたが……クヴィリスとは相性が悪すぎる。失伝魔術以外は完全な上位互換。さらには第四域まで温存してある始末。
「やはり、大切なお友達を人質にしなければ首を縦には降らないか」
「させると思う!?」
エイミーは咄嗟に倒れているルミナの前に出る。
「がっかりな行動だエイミー。国と友人どちらを助けたいのか。ただでさえ敵わない相手に足手纏いを守りながら勝てると?」
「どちらもって選択肢を用意しない時点であんたはペテン師だわ」
「どちらもか。子供らしい我が儘であるな」
クヴィリスが嘲りながら杖を向けた瞬間――クヴィリスは見た。
エイミーの後ろで何かが輝く瞬間を。
「“変質”——『光翼は彼方へと』」
クヴィリスは反射的にその光を目で追う。
反応する頃にはその光は目の前にあって――
「何――!?」
「っ――!」
――泥だらけのルミナが揺らめく燐光を纏ってヴンダーの杖を握っていた。
一体何が起きた。
そんな困惑すら遅い魔道具の綱引きにクヴィリスは無意識に杖を握る力を強めた。
あけましておめでとうございます。
少しドタバタしておりまして更新が大幅に遅れました……申し訳ないです。
本年もどうぞよろしくお願いします。




