343.聖女ちゃんのアフターケア
夜が明けてアオフ祭二日目。
カナタ達は仮想領域を解除した後、巡礼者と偽って首都のとある宿に宿泊することにした。流石に朝方ともなれば町で騒ぐ者も少なく、宿屋の店主も上機嫌で特に怪しまれることはなかった。
今この国は完全に教皇の起こした奇跡に酔っている。
他のことは些末なことで、今日も奇跡を肴に乾杯するだろう。
朝から首都の上空を飛んでいる魔物すら気にしていない。
教皇という奇跡の存在があらゆる感覚を鈍らせている。
「貴様、女なのにウサギの肉を食うのか? 見かけによらず淫蕩な女だな」
「アンダ……アンさんセクハラ? 結構ピュアなつもりだけどけど?」
「この国は女が兎食うとビッチって偏見あるらしいぜ」
「どういう……?」
宿屋の一室で食事を囲んでいるのは教皇殺しの容疑者とその臣下二人、その容疑者をはめた教皇の側近というあまりにも異質な面子。
特にカナタは一番若いのと魔力消費が激しかったのもあって、食欲がいつもより激しい。
カナタだけでなく貴族の静かな食事ではなく、欲のまま食事を掻き込んでいる。
まさか他国の貴族と大聖堂の偉い人がこんな食べ方をしているとは思うまい。
チップさえ払えば部屋に食事を持ってきてくれる融通の利く宿屋でよかったと言えよう。
「他国の女が淫蕩であるくらいどうでもよいが明日の話だ。君の第四域で騎士達をまず倒すのは無理なのかね。第四域相手に中途半端な数は意味をなさない。これは魔術領域の真理だ。業腹だが、スターレイ王国が強国の理由でもある」
「師匠の仮想領域を借りればできるでしょうが……俺の第四域はあれしかないので、結局課題はクヴィリスと戦う時の魔力消費の話に戻っちゃいますね」
「そうか……ちなみに師とは?」
「知っているかどうかわからないですが、オルフェ師匠です。宮廷魔術師の」
アンダースは肉を嚙み切りながら、知っているに決まってるだろ、という呆れた視線をカナタに突き刺す。
アプレンティスに所属する研究狂いの宮廷魔術師であり、序列は第五位。
カナタが第四域であることにようやく納得できるような情報だった。
「だから教皇と戦うにしろ魔物を操る手段を見つけるにしろ、エイミーとの合流は必須なんですよ。教皇を止めるのと大聖堂の戦力に戦いを邪魔されないようにする、を同時にやらなきゃいけませんから」
「幸い、国全体が浮かれてる。大聖堂に常駐してる騎士団だって今は麦酒五十杯を飲みほしたみてえな頭だろうよ。奇襲かけりゃ混乱する……どっちにそろ聖女の嬢ちゃんが必要だろうけどな……」
「全くお飾りが……いつもいつも役に立たん小娘だ」
アンダースがふん、鼻を鳴らすと部屋の扉が勢いよく開く。
そこには頭からすっぽりと頭から外套を被った二人組。大聖堂に場所を勘付かれたのかとエメトとキュアモはすぐさまカナタを庇うように臨戦態勢になるが、
「アンダース……ずいぶんと好き勝手言ってるじゃない……?」
「エイミー」
外套を脱いで出てきたのは額に青筋を立てているこの国の聖女エイミーだった。
後ろのもう一人はアンダースを汚物を見るよう視線を送る護衛騎士シグリ。
アンダース曰くお飾りの聖女と二日目でようやく合流した。
「げぇっ!?」
「シグリ、扉閉めて」
「はい。防音も起動します」
「気が利くわね」
シグリは持ち出した防音の魔道具も起動する。
流石は魔道具大国といったところか。騒ぎに乗じて防音の魔道具をかっぱらっても誰も気づかない量があるようだ。
「わ、私は教皇の側近だぞ! 控えたまえ!」
「あらご立派ね? 私の前で役に立つかは知らないけど」
「た、助けろお!」
怒りが漏れ出ているエイミーの笑顔にアンダースは椅子から転げ落ちる。
その迫力に助けを求めてカナタ達三人に手を伸ばした。
「悪いなおっさん。俺が命令聞くのはカナタ様だけなんでな」
「同じく」
「エイミーの怒りを止める理由もないので……俺の拳を受け止めたように受け止めてください」
「そ、そんな……!」
当然ながら誰もアンダースを助けようとはしない。アンダース自身も教皇に利用されていたとはいえ、エイミーが招待したカナタとルミナをあのような目に合わせたのは紛れもない事実なのだから。
カナタからの仕返しは終わったが、エイミーからの仕返しは終わっていない。
甘んじて受けるべきである。自業自得だ。
「カナタは何したの?」
「一発殴った」
「じゃあ私も殴ろ。『落涙の聖槌』」
エイミーの両手が白い光に包まれたかと思うと、魔力で作られたグローブのようなものが現れた。
まるで人を殴るために作られたかのような魔法……言うまでもなく、聖女の魔術ではないだろう。
「貴様……そんな対人用の攻撃魔術を使う気か!? ひ、卑怯者! こんな初老で弱々しい私に本気で!?」
「あらだってあなたが言ったのよ? こうしないとあなたを殴る時、お飾りの両手が傷ついてしまうかもしれないでしょう?」
「う、うぎゃああああああああああ!」
エイミーは転げ落ちたアンダースに馬乗りになり、容赦なく拳を振り下ろす。
カナタの分、ルミナの分、自分の分、ついでにルイの分と順番に殴りつける。
怪我をしても聖女の魔術があるのでアフターケアも万全だ。
「カナタ様あの時は申し訳ございません……」
「逃げろって言ってくれたじゃないですか。気にしてないですよ。ほらシグリさんも座って。丁度椅子が空きましたし、食べましょ」
「い、いいのですか? それでは失礼致します」
テーブルにシグリを迎えて食事を続けるカナタ達。
一方、床ではアンダースがずっと殴られ続けている。
まるで同じ部屋とは思えないほど差のある光景だ。
「た、たすけろおおお!」
「まだ余裕あるみたいね」
「や、やめろ! もうよいだろう!」
「安心しなさい、味方って言葉は信じてあげるわ。私の気がすんだら治してあげる」
「ほぐおあ! た、たひゅけ……ひいい!」
カナタの分二回目、ルミナの分二回目、とエイミーの拳は一周してもまだ続く。
本来なら殺したいところを殴るだけで済ませる分、もしかすれば甘くはあるのかもしれない。
「ほら、ちゃんと言いなさいよ。あなたはお飾りじゃありません聖女様って」
「ああはは……おはあいやあいあへん……へーひょひゃま……」
顔中が腫れあがるほど殴られ、ようやくエイミーの仕返しは終わった。
アンダースは殴られた後、今度は部屋に入る前に聞こえてきたお飾りの言葉を撤回させるよう復唱させられている。
頬が腫れているせいか、呂律が回り切っていない。
「ごめんなさい、は?」
「ほへんあはい……」
「よし、治してあげようじゃないの」
顔がどれだけ腫れあがっても聖女の魔術ならあら不思議。
アンダースの顔はエイミー達が部屋に入ってきた時と同じ……元通りの顔になって、じんじんと響くような痛みも綺麗さっぱり消えた。
「老人虐待だ! 聖女がそんなことしてもいいと思っているのか!」
「へぇ……もう一回アンダースからアンダースっぽいものに変えてあげないと私の怒りがわからないのかしら?」
懲りないアンダースにエイミーはぎゅっと拳を作る。
流石に二回目は、とカナタは二人の間に入った。
「エイミー、話が進まないからこの辺で」
「ちっ……」
「せ、聖女が舌打ちなどするではない! 粗暴な文化を覚えおって!」
「どう考えても他国の貴族を犯人に仕立て上げるほうが粗暴でしょうよ! ねえカナタ! こいつ本気で味方に引き入れたわけぇ!?」
「うん、ちゃんと色々情報くれたし……アンダースさんも教皇に利用されていたわけだから利害は一致してる」
「そうだ私の情報は有用だったろうカナタ……いやカナタ殿! 頼むからあの女の手綱を握っておいてくれたまえ」
「あんたも信仰するデルフィ教の聖女なんですけど?」
エイミーとアンダースは殴ったところでやはり和解とまではいかなかった。
基本的に全てアンダースのせいなので仕方ないが。
「というか、よくわかったな?」
「大聖堂近くの宿を聞いて回ったのよ。私達みたいな巡礼者が泊ってないかって……首都に向かってる途中ではぐれたって言ったらすぐ部屋を教えてくれたわ。カナタは指名手配だから私達みたいに顔を隠してるだろうと思ってね」
「なるほど……状況は?」
カナタが短く問うと、エイミーは顔を伏せる。
「知ってる……。教皇が復活して町中がお祭り騒ぎ……私とシグリも別の宿から騒ぎは見てたから」
「二人は教皇の奇跡を信じないのか?」
「私達は教皇が失伝刻印者じゃないかって話を聞かされてるからね……奇跡だって町はお祭り騒ぎだけど、デルフィ教の聖典にそんな話出てくるわけでもないし」
「私は幸い、皆さんを通じて教皇宮殿のやり方に疑問を持てた人間ですから……ですが、事前に協力を約束してくれた十数人の聖女派の方々は期待できそうにはありません。聖典には書かれていなくても教皇様が起こしたのは奇跡にしか見えませんから」
結局、教皇に反旗を翻す戦力はここに集まった人間と隔離されているルミナ達だけということになるだろう。
この少人数で教皇を殺すか、魔物を操る手段を破壊するしかない。
「戦うにしろ壊すにしろ、やっぱりまずはルミナ達を助け出さないとな。心配なのもあるけど、人質としての効果が強すぎる。安全を確保するか、せめて逃げられる状態を作らないと」
「うん! うん! 私もそれは賛成!」
「まずは騎士と空の魔物の目をかいくぐってどうやって教皇宮殿に入るかだわな」
「カナタくんは顔が割れてるし、顔が割れてない私達も正攻法で入れるわけないっていうか……ん?」
キュアモはエイミーとアンダース、そしてシグリの顔を見て、
「何よ?」
「どうした、人の顔をじっと見て……」
「どうされました……?」
にやり、と似合っていない悪だくみを思い付いた笑顔を浮かべていた。
キュアモはにやにやしながら隣に座るエメトの肩をつつく。
「エメトく~ん……どう思う?」
「ん? どういうこ……あー、なるほどな。お前結構悪いな。単品じゃ無理でもデルフィ教セットなら確かにいけっかもな」
「でしょでしょ」
「どちらにせよ仕掛けるなら夜だな。祭りの二日目だ。夜にはまた酒……もとい聖水で出来上がるに決まってる。俺達は裏から入ってルート確保とバックアップだな」




