339.支配無き忠誠
「エメトさん、ちょっと失礼しますね……」
「うおっ!? なんだてめえ!」
重苦しい空気の中、カナタは突然エメトの服をまさぐり始めた。
途端に始まった絡み合うかのような二人の姿にキュアモは咄嗟に自分の目を両手で覆う……と見せかけて、指の間からちゃっかりばっちりと見ていた。
「急に男同士でなんてなんて! わ、わ、私は偏見ないからねらね!」
「冗談言ってる場合か! 何のつも……ひゃはは! くすぐ……てえ……」
カナタがエメトの服から探り当てたのはエメトのタバコだった。
首都に来る前、馬車の中でエメトが無造作に潰した一本だった。
その不格好な一本を、カナタはエメトに差し出す。
「まずは吸って落ち着きましょう」
「……」
エメトは静かに、カナタに差し出されたそのタバコを咥えた。
「『火花』」
カナタが第一域の魔術を唱えて、エメトが咥えたタバコに火を点ける。
エメトはタバコをゆっくり吸って、目を閉じながら煙を吐いた。
焦りと後悔に塗れた表情は少しだけ落ち着いて、いつもの表情に戻っていく。
「ご主人様に火点けさせちまったよ……こりゃ奥様にばれたらあの眼力で殺されるな」
「母上ならやりかねませんね……キュアモさんは会ったことないんでしたっけ?」
「へ? あ、う、うん……私はほら、今は貴族じゃないし……」
「じゃあ帰ったらお土産と報告も兼ねてディーラスコ家に会いにいきましょう。母上は小柄な女性を見ると世話を焼きたくなる方ですから、世話される覚悟をしてくださいね」
カナタが何を言いたいのか、エメトとキュアモは二人共理解する。
トラウリヒからの侵攻が推測される公爵領に行く約束は、無事である未来の話。
二人が絶望していても、カナタは絶望していない。
彼は何もしないでただ待つことをとっくの昔にやめている。全てに絶望するのは踏み出して、足掻いて、這いずって――何もしないのではなく、何もできなくなった後でいい。
足掻く前に絶望する道をカナタは選ばない。
「二人が必要です」
カナタは二人の目を見て言い切る。
「俺は二人のように情報を得る力に欠けてます」
カナタの頭は良くも悪くも平凡で、魔術師としては戦闘に特化している。
精神操作はカナタの“術式の解釈”に合わず、計略を巡らせるのも苦手寄り。
キュアモのように問答無用で情報を掠め取る力はなく、エメトのように得た情報から可能性を精査する能力も足りていない。
「これから先ほとんどを二人に頼ることになるかもしれません。エイミーとの合流、ルミナとルイに救出、そしてクヴィリスの計画の阻止……どう考えても俺一人でどうにかなるとは思えません。俺が容疑者なことは変わらないから町で動くことも難しい……この国を相手に十人も満たない人数で立ち回ることになります」
カナタが秀でていることは、拾い上げたものを大切にすること。
幼少より大切な傭兵団の仲間にすらからかわれても、疑うことなく魔術滓を自分にとって価値あるものと信じ続けたその精神。
貴族にこき使われて唾を吐く人生だったエメトが自ら仕えているのも、親に命を握られていたキュアモが命を預けているのも……カナタが自分達のような捨てられた人間でも頼りにしてくれているからだった。
誰かの無価値は、カナタにとっての無価値を意味しない。
「力を貸してください。幸い逆境は得意です。力尽きることはあっても、折れることだけはありませんから……失敗しても最期まで一緒です」
「……」
「……」
カナタなりの誠意と信頼を込めた言葉にエメトとキュアモは顔を見合わせて跪く。
「あんたの思うままに付き合うよ」
「あなたのためにこの眼を使います」
この少年が主人らしさなんてものを意識していないことなどわかっている。
それでも主からの言葉と感じた二人は普段のフレンドリーな態度をしまって、自ら臣下の礼を取った。
突然畏まった態度を取られて、動揺しているのはカナタだけだった。
「え、ど、どうしたんですか急に……?」
「うっせえな。臣下っぽくしてやったんだろうが」
「カナタくんって命令しないんだもんもん。私達から膝ついてあげないと主人って忘れちゃいそうになるからから」
「そういうこった。よかったな、気遣い上手の臣下がいてよ」
立ち上がって、いつもの態度に戻る二人。
エメトとキュアモの胸中が全くわからないカナタは腑に落ちない様子で反論する。
「め、命令してますよ。今したじゃないですか?」
「ばーか、ああいうのはお願いっていうんだよ」
「あいた」
カナタの額にデコピンが一つ飛ぶ。
タバコの煙の向こうでエメトは心地よさそうに笑っていた。
「そうそう、命令が下手だねだね」
「あいた! 何でです!?」
キュアモからもデコピンが飛んでくる。
先程までキュアモの顔に落ちていた影はなくなっていて、いつもの向日葵を想起するような気持ちのいい笑顔だった。。
「さて、教皇殺しを企てるわけだが……待て、こう言うとほんとに極悪人みてえだな俺ら」
「この国にとっては極悪人で間違いないんじゃないない? 奇跡を台無しにしてやろうって話するわけだしだし?」
「それなんですけど、思ったことがあって……」
「お? どうしたよご主人様?」
「ご主人様って呼ばれたかったりするする? 呼んであげよっか?」
「いえ、結構です。いつも通りカナタで」
二人は完全に余裕を取り戻したのかいつもの軽口が出てくる出てくる。
むしろカナタへの態度が一層緩くなったような気がするのは、二人なりに気恥ずかしさを隠したいのかもしれない。
小柄な年上女性にご主人様と呼ばれるチャンスを捨てて、カナタはもう一つの解決策を口にした。
「クヴィリスを殺す以外にも、もう一つ止められる手があると思ったんです。多分なんですけど、クヴィリスって魔物を戦力にできるからスターレイ王国に侵攻しようとしてますよね」
「だな」
「だね」
「でも、クヴィリスの失伝魔術はあの復活だと思いますし……魔物を操る力とは流石にかけ離れていると思うんです。だから……」
カナタがそこまで言うと二人も気付く。
「なるほどな、魔物を操ってる何かを解決すりゃ前提が崩れる」
「教皇は奇跡って言って魔物を操ってた! それを台無しにできたらトラウリヒの人達の中にも疑う人が出てくるかもかも!」
「はい、キュアモさんがさっき見た光景は魔物の姿だったんですよね?」
「多分……? でもあの鳥みたいな魔物じゃなかったよ? 何か変な目みたいな……その周りにいっぱいいた感じだねだね」
クヴィリスが復活する前にキュアモが見たのは教皇が見た過去の光景。
突然クヴィリスが見た過去の光景が見え始めた上に、周囲全てが魔物達の姿で埋め尽くされている光景まで出てきたのだから、取り乱すのも仕方がない。
「アオフ祭になる前に魔物が襲ってこなくなったって話とキュアモさんが見た光景かを合わせると、クヴィリスは死ぬ前に何らかの方法で魔物を掌握していたはず……トラウリヒの人には悪いですが、それを何とか破壊できれば……結局情報がなくて予想がつかないことではありますが」
「なら聞こうぜ。大聖堂の奴によ」
エメトがさらっと言うと、キュアモは呆れながら眉に皺を寄せる。
「何言ってんのエメトくん。教えてくれる人なんていないでしょ」
「丁度一人いるだろ。カナタ様が無実って理解してて、教皇の復活を腸掻きむしりたいぐらい面白く思ってないトラウリヒの事情に詳しいやつ」
「エイミーですか?」
「ちげえよ馬鹿。そっちとも合流はするけどよ」
カナタとキュアモにはエメトの言う条件に当てはまる人物が思い付かない。
そもそも、教皇殺害の冤罪後この国で自分達の味方をしてくれる者はフィッツ司教くらいなものだったのだから。
「新教皇になる予定だったおっさんだよ。愛国とプライドどっちを取るか……俺の予想だと後者と見たぜ?」
エメトが目を付けたのは間違いなく利用されたであろう教皇の側近アンダース。
典型的な権力を愛する男が大勢の前で道化にされた……そのプライドはきっと復讐を望んでいる。
いつもりがとうございます。
この度「このライトノベルがすごい!2026」にて新作単行本・ノベルス部門3位となりました!
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