表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【このラノ3位!】魔術漁りは選び取る  作者: らむなべ
第十三部 ■尽■■国■トラウリヒ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

358/382

337.正体を現す時、黒幕は天を仰いでいる

 長かった。ここまでの道は長く、険しいものだった。

 だが私はやったのだ。ついにここまできた。ついに、教皇になれる時がきたのだ。

 このアンダース・ピラーコゴがついに。


「アンダース様。お時間です」

「うむ。白い祭服(アルバ)教皇冠(ミトラ)は用意できているのだろうな?」

「はい、アンダース様の就任演説が終わった後に私どもがアンダース様の御頭に乗せ、アオフ祭初日を締めくくる予定となっております」

「よし、頼んだぞ」


 用意した祭壇に向かって歩を進める足の何と軽いことか。

 司祭の修業時代を経て、司教としての毎日を過ごし、大聖堂にスカウトされ、そしてついに教皇となるべく踏み出せるこの足が何と誇らしいことか。

 私が幼い頃、私を神童と呼んでいた同僚や先達もまさかこのアンダースが教皇の器だったとは思っていなかっただろう。

 そうだ。私が教皇になれると信じたのは私自身だ。

 私こそがこの国を導くに相応しい。死んだ教皇のように穏健なだけでも、ダンティーニのように清廉なだけでも国は動かせない。


「最後は馬鹿な男だったな……全く、先代からの側近にしてはあっけない。友の死が相当だったらしい」


 今でも思い出す。ダンティーニは反吐が出るほど清廉な男だった。

 そんな清廉な男が魔を差したのは六年前、我が国の違法魔道具をあろうことかスターレイ王国に流していた。

 当時まだ側近ではなかった私に巡ってきたまたとないチャンス。だが、それだけではない。

 ダンティーニの犯行を調査した結果、僥倖(ぎょうこう)にも教皇までもが違法魔道具をどこかの貴族に流していたことが判明したのだ。

 判明した時に私は思った。神は私を選んでくれたのだと。

 十中八九、二人はグルであったのだろう。その場で教皇の座を退けるのは簡単だったが……当時側近でもない私にはまだ箔が足りていなかった。客観的に見て教皇に指名されるとは思えない。

 私には大聖堂で地位を固める時間が必要だった。だからこそこの六年、教皇を傀儡にしながら側近としての働きを周囲に見せつけた。失伝刻印者(ファトゥムホルダー)でないことなど些細なことだ。生まれ持った術式の欠片で国の運営を担う人間が決まってなるものか。


 弱みを握ってわかったことだが、教皇は何とも矮小な人間だった。

 魔道具を他国に流した理由は恐怖だという。

 度重なる実験でなすすべなく死んでいく被験者(モルモット)を見て、四つの違法魔道具が自分に使われるのを恐がったそうだ。

 私に犯行がばれた後も彼はひたすらに恐がっていた。民に失望されるのが恐い。家族に蔑まれるのが恐い。この行いが明るみになってしまえば、デルフィ神のおわす場所に行けなくなってしまうのが最も恐い。

 彼は泣いて私に縋った。教皇らしくデルフィ神への信心深さだけは本物だったが、どう見ても教皇に相応しい人間ではない。

 最後の脅迫も驚くほど簡単だった。家族の無事を保証し、六年前の醜聞の破棄を提案して最後にこう言ってやった。

 ――偉大な教皇としてデルフィ神の下へ行きたくないか?

 いい大人が瞳を潤ませて短剣を手に取る姿は滑稽だった。

 暗殺者の真似事をさせられて死んでいったのは惨めだった。あんなことをしてデルフィ神のおわすところにいけると思っているとはおめでたい人間だ。

 だが、彼の死は戦争のきっかけとしてこの上ない。利用価値はあった。


「さあ、刻もうではないか。トラウリヒの新しい1ページを……!」


 ゆっくりと祭壇の前まで私は歩を進めた。

 私の登場で当然のように、祭壇の前で悲しんでいた民達から歓声が上がる。

 国中から集まった民達が私を見て喜んでいる。

 素晴らしい……! これが教皇としての光景……!


「アンダース様!」

「アンダース様がお見えになられた!」

「アンダースさまああ!!」


 国民の視線が私に注がれている。

 これだ。これこそが私が求めていたものだ。

 私はこの歓声と視線を浴びるに相応しい人間なのだとやっと。やっとデルフィ神に証明することができた。

 手を振ってやると、民は大層喜んだ。

 振り返すようにみなもこちらに手を振っている。

 素晴らしい光景だ。この光景を私は一生忘れないだろう。民が私を求めている。

 私という教皇の誕生を祝福してくれている。

 この国の教皇としての第一歩は輝かしい光であふれて……ん?


「なあ、あれ……」

「何か今……」


 何だ? さっきまで私に集中していた民の視線がもう私に向いていない。

 先程まで祝福や歓喜に満ちた視線はどこかへ行って、あらぬ方向に胡乱な目を向けている。

 私が手を振っても、手を振り返してくれる人間はもういなかった。

 誰も、私を……見ていない。


「ど、どうしたのだ皆の者……私……私を見てくれ」


 私の声は誰にも届かなかった。拍手は一つもなくなって絶頂すらしそうだった民が私を歓迎している光景はほんの二分ほどで終わってしまった。

 そして、誰かが言った。


「今……教皇様の遺体……。動かなかったか?」


 私の声よりも、その声のほうがこの場では大きく聞こえていた。

 結論から言ってしまえば、私の時間は本当に短いものだったのだ。

 用意した演説の内容が次の瞬間、頭の中から飛んでいった。



「――奇跡は、ここに」



 ブツン。

 舞台上の主役が切り替わる。

 いいや、主役だと思い込んでいた脇役がいただけのこと。

 先程まで棺桶で死んでいた教皇……クヴィリスが声を発した。



「神は、ここに」



 死したはずの教皇クヴィリスが棺桶から起き上がる姿に悲鳴と歓呼の声が半々で上がる。すぐに悲鳴を歓呼の声が飲み込んだ。

 悲しみという蓋を割ったその歓声は、アンダースが姿を見せた時とは比べ物にならない。

 起き上がったクヴィリスは両手を広げて、天を仰ぐ。

 一瞬の静寂……この静寂の間、世界全てがクヴィリスのものであるかのような。

 新教皇の誕生と教皇の復活。信心深い彼等がどちらをより喜ぶかは明白だった。

世代交代のシナリオよりも――


「礼を言おうトラウリヒの民を。そなたらの信心が、今再び我をここに立たせてくれている」


 ――目の前で起きた奇跡の1ページのシナリオに首都中が沸く。


「トラウリヒばんざああああああああい!!」


 その声を皮切りに、空を割らんばかりの歓声が全て棺桶の中で立つクヴィリスに注がれた。

 もうアンダースを見ている者など誰もいない。

 アンダースがもうすぐ着るはずだった白い祭服(アルバ)をはためかせる度に祭壇を見つめていたトラウリヒの民達から新しい祝福が送られているかのようだった。

歓声の中、クヴィリスはアンダースに近付き、そのまま抱擁する。


「最後まで気付けなかったなアンダース。貴様が今日まで歩んできた道が、我に選ばされた舗装した道だということに」

「そんな……馬鹿な……」

「どうであった? 脅迫に恐怖する男は。うまく演じられていただろう?」


 割れるような喝采に二人の会話はかき消される。

 教皇が死んだ後に国を支えようとした側近と、奇跡を起こして起き上がった教皇の抱擁……トラウリヒの民にとって感動的な姿に国中が涙する。

 そんな民の胸中とは裏腹に、アンダースは恐怖していた。

 六年間……傀儡にしていたはずの教皇があまりに得体のしれない何かにしか見えない。

 余裕のある表情と自信ある声。

 この六年見せられてきた姿とは全く違う人間であるかのような振る舞い。

 まるで自分が踊らされていたことをわかりやすく突き付けているかのようで、アンダースの膝から力が抜ける。


「考えなかったのかアンダース。何故この国で聖女という失伝刻印者(ファトゥムホルダー)を隠れ蓑にするほど……教皇の失伝魔術が隠され続けていたのかを。考えなかったのか? 長いトラウリヒの歴史で、誰も教皇という座を簒奪しようとしなかった理由を」

「ク……クヴィリス……様……」

「建国の血統? 否。宗教の主は血統などでは決まらない。魔物への切り札? 否。他の失伝魔術でも魔物に対抗できるだろう。答えは簡単だ。トラウリヒが宗教を根幹とする国だからに他ならない」


 クヴィリスの声を聞きながら、アンダースは涙を流す。

 民の目には感涙にしか見えない……だが実際は自分が心血注いできた自分の人生への虚無感だった。


「我の持つこの失伝魔術だけが、人が神を捨てて信仰を一度失ったとしても――神の代理人として民の前に降臨することができるからだ」


 それこそがトラウリヒにおける教皇たる資格。魔術が織りなす奇跡の体現。

 教皇が持つは“生命力”を象徴とする失伝魔術。

他者の生命力を吸収し、ストックする……生命のルールから逸脱する魔術がこの奇跡を演出した。

 信仰無き世界であっても、死者蘇生という奇跡を見せることで宗教を復活させることができる唯一の失伝刻印者(ファトゥムホルダー)――それが、教皇。


 アンダースはそのまま崩れ落ちた。民には跪いたように見えた。

 ……いや、事実その精神はクヴィリスに跪いていた。

 数年前にようやく手に入れたと思ったチャンスは教皇から渡された従属の勲章。

 自分は“教皇の奇跡”というこの舞台に辿り着くための進行役に過ぎなかったと知って。

 クヴィリスはアンダースを見下ろしてから、民のほうを向く。

 ただそれだけで、また歓声が上がった。

 教皇と呼ぶ声がどんどん大きくなっていって……クヴィリスは仰々しく両手を掲げるように天に伸ばした。

 同時に、民が押し黙る。


「諸君、我はデルフィ神のおわすところから帰ってきた。君達を導く神の代理人として」


 民は喝采する。

 そしてクヴィリスの声を待つためにまた静かに。


「訪れたのは理不尽な死だった。以前の我は教皇とてただの人間……スターレイ王国の計略通りに殺され、諸君らを悲しませてしまった……不甲斐ない我をどうか許してほしい」


 民は喝采する。

 教皇の死を悲しんでいた記憶が、スターレイ王国への怒りに変わっていく。


「だが、慈悲深いデルフィ神がそのような行いを許すはずがない。デルフィ神のおわすところに辿り着いた私はあまりの心地よさと楽園のような光景に感涙した。しかし我はただの教徒ではなく教皇だ……我の意を汲んだデルフィ神は機会と、奇跡を我に授けたのだ……! 我は教皇として為すべきことをするために、諸君らの待つ祖国に帰らなければならない……!」


 民の喝采は初めて風と音に遮られた。

 羽ばたく音と共に空から突如降ってきたのは、トラウリヒが長年戦い続けている魔物(・・)だった。それも二体。

 翼を除いても二メートルを優に超える怪鳥で、一瞬だけ民は恐怖に駆られたが……その二体の魔物は教皇に寄り添うように降り立って大人しく翼をしまった。

 教皇は民を安心させるように魔物を撫でる。

 長年、魔物との戦いに苦しんでいたトラウリヒの国民にとってその光景もまた奇跡だった。

 奇跡の復活を成し遂げた歴代最高の教皇が、自分達の敵までも手懐けているその光景に涙する者もいた。


「聞け民よ。私達はついに苦難を乗り越えた。デルフィ神の奇跡によって長き敵だった魔物すらも従属となったのだ! 我等が為すべきことをするためにデルフィ神が我に力を与えて下さった! 魔物という我等の敵すら操る力を! そう! 我等が為すべきこととは当然……卑劣な隣国への裁き! 慈悲深きデルフィ神が卑劣な彼等を許すはずはない! そうであろう!? デルフィ神は善き行いを尊ぶ! 卑劣にも教皇を暗殺しようなどとする連中をデルフィ神が許すはずがない!! これは新たな聖戦だ!! 神の代理人となった我が為さねばならぬこと! みな力を貸してほしい!!」


 拳を握り締め、民に懇願するその姿は神の代理人としてあまりに相応しい。

 首都中があまりに陳腐で平易(へいい)な演説に沸き立った。

 冷静に考えることができれば、違和感を抱く者もいたかもしれない。


 ……だが、彼等は奇跡を目撃してしまっている。


 彼等は皆、本当に起きた神の奇跡に酔っている。

 自分達が信じた神を証明してくれた奇跡と元来からの信心深さが、デルフィ神のおわすところに誇り高く旅立つことができるという期待を最高潮に。

 奇跡を目撃した歓喜は熱狂に変わり、国民の心を最悪の形で熱して一つにする。

 教皇という神の代理人……奇跡を体現した者がいる限り冷めることのない至上の夢。

 その全てがクヴィリスの思惑であり、神の意思などどこにもないとも知らずに。


「民よ! 我だけではなくこの時代そのものを奇跡にしよう! この時代に生きる君達全員を聖典に刻もうではないか! トラウリヒの夜明けと共に!」


 怒号にも似た民からの祝福の中、大聖堂の司祭が持ってきた教皇冠(ミトラ)をクヴィリスは再び被る。

 教皇冠(ミトラ)だけでなく、元々はアンダースに着ける予定だった装飾品が次々とクヴィリスに着けられていき、最後には違法魔道具『ヴンダーの杖』までもがクヴィリスの手に。


 始まるは聖典に刻まれる歴史ではなくクヴィリスが描く舞台。

 奇跡を(かた)り、神を偽証した冒涜の煽動。

 騙されるトラウリヒの民達の前に、デルフィ神は現れてはくれなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
大事に囲ってるほうの切り札がそんなぽっくり殺されるものなのかなあと思っていたが、 そんなヤベーやつだったか。自力で蘇生してくるのはすげえなあ。
クヴィリスが復活したこととトラウリヒの微睡みが他国で破壊されたことによって齎されたことの関係が気になりますね… ヴンダーの杖は蘇生に必要な魔力タンクと思えば理解しやすいのですが…
コレはもう最強宗教ですわ。どんな形であれ死者蘇生をガチでやってのけるのであればそれはもう完璧としか言えない。人は死後を想像するしか出来ないが、そこから帰って来たと言う客観的な証明があるのならその人物の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ