335.聖女のやり方
「それでは、教会からのお達しは……?」
「あれは大聖堂を陥れようとする連中の工作よ。だって、カナタは私が連れてきたんだもの。私の友達がそんなことするためにこの国に来るわけないでしょ?」
「聖女様! それでは誰が!」
「ええ、教皇様は他の誰かに……でもそっちは調査中で……ちょっと待ってねみんな! 不安にさせてごめん!」
カナタ達と別行動をしているエイミーは、一人別のルートから首都に向かいながら大聖堂側の発表を信じないようそれぞれの町に働きかけていた。
元から住民達に人気があるのもあって、半数くらいは信じてくれている。
しかし大聖堂はデルフィ教の聖地……そこからの発表を信じたい者が多いのも事実。
何よりエイミーのやり方はあまりに地道過ぎて、このようなやり方では今まさにアオフ祭での発表に動いているだろう大聖堂側の動きに後れをとるのは間違いない。
(非効率なのはわかってる……! でも、大聖堂じゃ子供扱いのお飾りな私に情報を共有してくれるまともな人を見つける時間なんてない!)
それはエイミーも理解していた。だがこれはやけくそではなく、エイミーがエイミー自身で自分のできることを考えた結果だ。
エイミーは聖女ゆえに政治から外されていて、立ち回る力がない。ルミナのように会話で主導権を握り、情報を引き出す駆け引きもできない。
大聖堂はエイミーにとって後ろ盾そのもので、後ろ盾に逆らおうと思ったら自分の得意分野しかない。大聖堂でふんぞり返っていた連中はやってこなかった町中の視察……聖女として国民中に顔が知られているがゆえの信頼を活かそうと考えた。
地道過ぎるのはわかっている。アオフ祭までに回れる町は後一つが限界だろう。祭りの日程もあるので、トラウリヒ中を回るなんてできるはずがない。
(どんな地道なことでも何かに繋がるって信じるしかないじゃない……!)
それでも、これがエイミーにとってのできる限りの抵抗だった。
トラウリヒを滅茶苦茶にしようとしている黒幕が大聖堂にいるのは間違いない。
聖女という役割に裏があったとはいえ、親代わりだった教皇には情もある。
思い通りにやらせるものかとエイミーは一人一人に説明して回り続けた。
「ふー……急いで次の町に行かないと……」
「お疲れ様でしたエイミー様」
「急に押しかけて騒ぎにして悪かったわね、コルネリア」
「いいえ、むしろ教皇様の死で民が悲観していた時に現れて下さったおかげで活気が戻りました。心より感謝いたします。馬車はあちらに用意しております、どうぞこちらへ」
「喉ががらがらする……」
この町で司教をするコルネリアは、エイミーを支持している中年の女性だった。
エイミーが急いでいるのを汲み取ってか、すでに馬車を用意してくれているらしい。
コルネリアの案内で教会の裏手に行くと、そこには確かに馬車が用意されていた。
普段エイミーが乗っている国用の馬車と比べればみすぼらしいと言わざるを得ないが、今のエイミーにとってはどんな馬車よりもありがたく見える。
「ありがとうコルネリア!」
「御者は大聖堂からいらしたエイミー様の護衛が務めて下さるそうです」
「え?」
エイミーは馬車に駆け寄ろうとする足を止める。
案内してくれたコルネリアの腕を引っ張って止めて、そのまま警戒して馬車を睨んだ。
エイミーはルミナが拘束された後すぐに、大聖堂から飛び出してきた。協力者と言える人間は一人だけ。当然護衛なんてついていない。
一体誰が、そこにいるのか。
エイミーがコルネリアを下がらせると、エイミーがいることに気付いた御者が降りてきた。
「エイミー様! お待たせしました!!」
「シグリ!」
エイミーは唯一の味方……大聖堂から飛び出す時にも足を用意してくれた留学中の護衛騎士シグリの姿を見て表情を明るくする。
安心したのか、ふわりと浮いてそのままシグリに飛び付いた。
上半身に思い切り抱き着いてきたエイミーをシグリもしっかりと支える。
「……」
「エイミー様……」
ほんの少しだけ、エイミーは黙ってシグリの顔をぎゅっと抱き締めた。
それは幼い子供のような甘え方だったが、シグリは申し訳なさそうにしながら受け入れる。
少しして、「よし!」とエイミーはシグリを抱きしめる手を緩めた。
「迎えに来てくれてありがと! 大丈夫だった!?」
「はい! 数は少ないですがエイミー様を支持する方々と協力してばらばらに出立しました! 自分は時間差でエイミー様が使われるルートを逆から辿ってきて……合流できてよかったです」
「味方……? 私に味方なんているの?」
エイミーは大聖堂に味方がいるという期待は全くなかった。
全てを知っている黒幕か、知らされていないだけで大聖堂の意向には従う人達か。
一人、外国の友人は無実だと騒ぐ面倒な聖女に味方する者など、ずっと護衛騎士をしてくれたシグリくらいしかいないものと。
「はい。十数人しかいないものの司祭や騎士の中には今回の事件を不審に思う者もおりました。しかし、上層の人間には私などではコンタクトがとれるわけもなく……申し訳ありません」
「孤立無援から十数人なんて最高じゃない! 流石シグリ! 仕事できるわね!」
「いえ……これくらいしなければ……」
エイミーに笑顔を向けられたにも関わらず、気まずそうに目を逸らすシグリ。
その表情には後ろめたさが滲み出ている。
「私は、アンダース様に言われるがまま……カナタ殿を追い立てたのですから……」
カナタが大聖堂から逃亡したあの日、シグリはアンダースの命令であの場にいた。
教皇が危険な可能性がある、とアンダースが騎士を招集した理由は曖昧だったが、扉が開いて飛び込んでくるのは背中に傷を負ったカナタと倒れている教皇。
頭は混乱し、アンダースの口ぶりからカナタが罠にかけられたことだけを知って……口パクで、逃げて、と言うしかなかった。
当然あの場でカナタを擁護することなどできるはずもない。そうすれば追われる人間が増えるだけだ。
あまりに無力な自分をシグリは改めて恥じ、俯いた。
その顔をエイミーは顎を両手で掴んで無理矢理上げる。
「シグリのせいじゃないでしょ。しょうがないわ、教皇の側近なんて実質この国のナンバー2みたいなもんなんだから命令に逆らえるわけないじゃない。私なんて、聖女なのに蚊帳の外よ? 一応私がナンバー2のはずなのにさ!」
にっ、と気持ちよく笑うエイミーが無理をしているのはシグリにもわかった。
自分を励ますためにやせ我慢して笑顔を作るエイミーを愛しく思いながら、シグリは滲んだ涙を袖で拭う。
「私はカナタ殿に謝罪をしないといけません……カナタ殿は無事ですか?」
「大丈夫、無事よ! 背中の傷も治癒しておいたから!」
「よかった……」
シグリは胸を撫で下ろし、ようやく後悔以外の顔をエイミーに見せた。
「シグリは大聖堂が……というかアンダースが何をやろうとしているか知ってる?」
「私は末端なので詳しくは……ですが、アオフ祭の場で教皇様を弔った後、アンダース様が新教皇として選出されたことを発表する場が用意されると耳にしています」
エイミーは大聖堂の様子を聞いて舌打ちする。
「自分でどかして自分で座るって……あのゲス野郎……!」
「エ、エイミー様……もう少し言葉を……」
「トイレのうんこに顔押しつけてやりたいわ!」
「エイミー様! それはちょっと!」
「んなのどうでもいいのよ! ほら行くわよシグリ!」
「わ、わかりました!」
シグリと無事合流したエイミーは首都へ向かって馬車を走らせる。
トラウリヒで三年に一度行われるアオフ祭。それは今日までにデルフィ神のいるところへ旅立った人々に祈りを捧げ、同時に新しい出会いを祝う祭り。
エイミーが今回この国に二人を招待したのは、照れ臭くもカナタとルミナに出会えたことを祝うため。
そんなエイミーの思いを踏み躙るように、策謀は止まらない。




