326.プロローグ -トラウリヒ神国-
トラウリヒ神国は教皇が統治する絶対君主制の国である。
スターレイ王国の東に位置している国であり、北にはタミア公国そしてトラウリヒの東には魔物の生存圏である“魔界”が存在する。
トラウリヒは望んでこそいないものの、その位置関係から人間の生存圏を守る防波堤のような役割を担っており、毎年各国からの支援も多い。
他の国の発展が魔術や商いによるものの中、トラウリヒは宗教を基盤としたのは魔物との戦い隣り合わせという決して恵まれた土地ではなかったからと分析する者もいる。
「ほらほら! 見てみなさいルミナ! カナタ!」
「うわぁ……! 綺麗ですね……」
「スターレイの建物とは外見が全然違いますね……建物が真っ白で、どこか光っているようにも見える……ルミナの髪みたいに綺麗だ」
「ふわっ!?」
「違ーう! 惚気て欲しかったわけじゃなーい! 私は! 自慢したいの! 自分の国を!」
「ごめん……」
国を統治するのは教皇。宗教を象徴するのが聖女。
絶対君主制ではあるものの、国の顔が実質二つ存在するという変わった体制をとっている国でもある。
教皇は大聖堂で政治を、聖女は外遊によるデルフィ教の布教。
共に国の顔ではあるが、このように役割が分かれており、二つの地位の権限は同列として扱われる。古来の国でも二王制のような制度はあったが、その実情は似て非なるもの。
「エイミー、あの貝殻の彫刻は?」
「この町はデルフィ教の巡礼路だってマークよ。外から来る人にも安心して巡礼してもらえるようにね。デルフィ神は夢の海におわす神様だから」
「夢の海……?」
「ええ、私達が絶対に行くことができない理想であり、還るべき場所。その海で泳ぎながら懸命に生きている私達を優しく見守り、信仰する私達が教義を守り、善き行いをしていればその場所に案内してくださる……それがデルフィ神なの」
「へぇ……」
「これ学院でもちょっと話したけど!」
「う……」
「ふふ、カナタに宗教はピンと来ないかもしれませんね」
「聖女である私が布教する気も失せるってよっぽどよ! もう!」
国の顔を二つ作り、片や国内、片や国外で活動する。
その真意は失伝刻印者である教皇の血族を守ること。
失伝刻印者はまだ謎が多く、解明されていない部分が多すぎる魔術の使い手。
今でこそ少なくなったものの、それでも彼等を狙う者は多い。スターレイでは失伝刻印者を奪うために宮廷魔術師が動いたのは記憶に新しく、シャーメリアンに至っては現在進行形で静かな内戦が行われている。
魔物への対応で国力に特に余裕がない当時のトラウリヒは優先順位をつけた。
「でも町並みとか綺麗でしょ! これでもまだ首都じゃないのよ! まぁ、観光街道ではあるけど……」
「はい、スターレイとはまた違った趣がありますね」
「ああ、何か町全体が統一されてる感じがする」
「でしょでしょ! トラウリヒはめっちゃいい国なんだから!」
失われてはいけないほうと失ってもいいほう。
失われてはいけないほうを教皇に据えて、失ってもいいほうを聖女に。
聖女の外遊はすなわち、国の敵にこちらを狙ってくれという言外のメッセージ。
国内で周囲全てから守られている教皇と国外で少数の護衛に守られているだけの聖女……どちらが容易いかは明白。どちらを大切にしているかも明白である。
教皇の影法師であることが、聖女の本当の役割。
「人は優しいし! 穏やかだし! 教義に従いながらみんな頑張っているの! でも魔物と戦う時は一丸となって勇敢に!」
教皇とは違い、聖女は民と接する機会が多い。
象徴である聖女の来訪を民はありがたり、聖女の魔術が見せる奇跡のような出来事によって民はさらに信心深くなる。
そんな聖女が殺されればどうなるか。
国は悲しみ、犠牲に涙しながら民はさらに一致団結する。
教皇の影法師を聖女という象徴にすることで、政治を劇的に動かすことも可能となる。
聖女の死を利用した他国への過度な要求、国民への徴兵、多額の寄付。
聖女は政治に関わらないので過度な混乱も起きず、民の悲しみと善意によってただ余裕が作られる。
トラウリヒはただ嘆けばいい。何故聖女が死ななければなかったのか。
聖女とは、魔物に侵攻されて国力が不足しがちなトラウリヒが考えた効率のいい統治の手段だった。
「本当にとってもいい国なのよ! どうどう?」
「エイミーさん――」
「ん? んんー? ルミナさん? 何かおかしいわよね?」
「し、失礼しました。エイミーが嬉しそうだなと思いまして」
「ええ、もちろん! だって!」
ここはトラウリヒ神国。
それはデルフィ教を国教とし、教皇が統治する国。
「私は頑張ってるこの国と優しいデルフィ教が大好きなんだから!」
ここはトラウリヒ神国。
民が一丸となって日々を生き、魔物と戦い続ける神に見守られた国。
多くの犠牲に祈りを捧げ、感謝を示し、今日を生きる。
「……何か最近、魔物の襲撃がないよな」
「ああ、助かるけどな」
ここはトラウリヒ神国。
前線の兵士達は今日も自分達が信仰するデルフィ神に感謝する。
「踏ん張ってる俺らに対するデルフィ神のご褒美なのかもな!」
突如、トラウリヒへの魔物の侵攻は止まった。
まるで神が助け船を出したかのように。
……もちろんデルフィ神の褒美などではない全く別の理由で。
いつもありがとうございます。お待たせしました。
ここからは魔術漁り十三部「無尽侵攻国家トラウリヒ」となります。




