307.カナタの秘密
「こんな小領地の割には、中々な屋敷ね」
「王族のメレフィニスには物足りないのではないですか?」
「あなたこそ公爵家の城に比べたら犬小屋とか思っているんじゃなくって?」
「そんな事思っていませんよ!」
屋敷に到着したカナタ達は屋敷を見て回った後、応接間でくつろいでいた。
カナタが褒美として貰ったのは小領地。特筆する産業があるわけではないが、隣に公爵領があるおかげで人の行き来は多く、安定している立地だ。
カナタは成人後、宮廷魔術師に任命される予定の有望株。国王としては報酬として領地を与えたもののカナタは領地に縛り付ける気は全くないからだった。
カナタが運営の難しい領地を与えられて忙殺されるなど誰も望んでいない。カナタの活躍の場が領主でない事は誰の目から見ても明らかだ。
領地の褒賞は国王に認められている事をわかりやすく他の貴族にアピールし、貴族としての箔付けになるからに過ぎない。
「本格的に何か決めるのは明日からにしようよ。今日は旅の疲れを癒すためにゆっくりしよう」
カナタは目の前に置かれた紅茶を口にする。
三人は今日領地に到着したばかり。長い移動時間に慣れない土地、今日は何もせ瑞体を休めるべきだろう。
「ええ、カナタの言う通り少し疲れたわ。使用人候補が到着するのは明日よね?」
「はい、お父様が選んでくれた方々がいらっしゃるそうです」
「そうよね……そのはずよね……」
今度はルミナとメレフィニスの前に、ことっ、と自然に紅茶が置かれる。
「お二人共どうぞ」
「ありがとうルイ」
「じゃあ何でルイは当然のようにいるわけ?」
三人に仕える使用人の到着は明日……だが、ルイだけは何故かすでにいる。
それどころか三人を当然のように出迎えたのもルイであり、すでにキッチンの場所も把握していて、三人に紅茶を振る舞っていた。
「到着した時に何か自然に出迎えられたから指摘しそびれたけど、やっぱりあなたがすでにいるのはおかしいわよね?」
「何を仰っているのですかメレフィニス様。これくらい当たり前です。私はカナタ様の、専! 属! 使用人ですから!」
「説明になっているのかしらこれは……」
ルイは誇らしげに胸を張る。
使用人用の服にはしわ一つなく気合いもばっちりだ。
「でもルイがいてくれたほうがありがたいですよ。私達の好みや嗜好もしっかり把握してくれている人ですから」
「ですよねルミナ様!」
「ルイなら信頼できるしね」
「ですよねカナタ様!!」
カナタは新しく家名を掲げた事で、本格的に独立貴族となる。
その際に今までの側近や護衛の立場なども一旦解消して、独立したカナタに新しく仕える使用人などを改めて雇うのだが……ルイにはまるでそんなもの関係ないようだった。
何故かこの不可解を受け入れ、ありがたいとすら思っているカナタとルミナにメレフィニスは微妙についていけていない。こればかりは一緒にいた時間の賜物というやつだろうか。
「あなたはカナタの専属使用人だったけど、雇い主はディーラスコ家でしょう? 大丈夫なの?」
「あ、もう辞めましたよ。円満退職です。一応推薦状も書いてもらって今はカレジャス家の使用人です」
「判断が早いわね……ん? それなら、ディーラスコ家からこの領地まで送迎なんて事もしてくれるはずもないわよね? どうやって私達より先にここへ?」
ルイは何を当たり前の事を、と言いたげに首を傾げた。
「自腹で前入りしただけですよ?」
「狂ってる……」
メレフィニスは久しぶりに恐怖を抱く。
貴族ならまだしも、平民にとっては馬車を乗り継ぐ交通費は馬鹿にならない。
本来なら明日に到着するラジェストラが手配した馬車で、当然費用をかけずに到着できるというのに、ルイは一日でも早くカナタに仕えるために自腹で到着していたのだ。
給金を貰うために使用人をやっているのではなく、使用人をやるために金を払っているルイにメレフィニスはつい体を引いた。
「ちゃんとロザリンド様には許可貰いましたよ?」
「何て言ってた?」
「あなた面白い事考えるのね、って」
「それ許可じゃなくてジョークだと思われてるよ」
「まじですか!?」
とはいえ、メレフィニスも別に不満なわけではない。
新しく独立した貴族に使用人が言うまでもなくついてきているというのは、得難い人望の証でもある。
カナタとルイの様子を見て、メレフィニスは羨ましそうに微笑んだ。
「そうだ、ルミナ様」
「……」
ルミナは返事ではなく、期待したような目でカナタを見つめる。
何を求められているのかは言うまでもない。
「……ルミナ」
「はい! なんですかカナタ!」
「すみません、まだ慣れてなくて……頑張ります」
「よろしくお願いしますね?」
にこにこと笑うルミナを見て、早く慣れようと決意するカナタ。
呼び方はほんの少しの差でしかないが、そのほんの少しの差が二人の距離の間では大きいのだ。
「えっと、明日にはラジェストラ様が直接きてくださるんですよね」
「はい、大袈裟なお祝いは用意しないようにとお願いしてありますよ」
「なら……」
カナタはメレフィニスのほうをちらっと見る。
「ラジェストラ様に頼んで魔術契約の内容を変更しましょう。流石にメフィに俺の事を隠したままっていうのは無理だと思うんです」
「あ、確かにそうですね……」
「ん? なあに?」
突然自分の話になるが、メレフィニスには心当たりがなかった。
魔術契約とは一体何の事だろうか、と目をぱちぱちさせる。
「カナタには少し秘密がありまして、お父様と魔術契約を結んでいるんです」
「カナタの秘密……? 魔術契約をするほどの?」
「はい、明日になったらメレフィニス含めてその時に内容を書き換えようと思います。開示していいかお父様の許可も必要なので今日は何も言えませんが」
「わかったわ、どんな秘密なのかしら……はっ!」
メレフィニスは何かに気付いたように体を乗り出す。
「も、もしかしてカナタってば……実は他国の王子様の末裔だとか?」
「……」
きらきらとした目でカナタを見るメレフィニス。
それは決して熱い恋慕の視線ではなく、物語の憧れを見る幼女のものだった。
「ねぇルミナ! 正解でしょ!?」
「え、えっと……」
「あ、言っちゃ駄目よ! 明日の答え合わせを楽しみにしておくんだから! くふふ! クイズみたいで楽しいわね! シャーメリアンが連合国になる前の貴き血筋……? いいえ、大穴で南にある海賊国家の亡命者とか!?」
……ごめんなさい、むしろ逆です。
カナタもすぐにそう言ってメレフィニスの誤解を解いてあげたかったが、魔術契約がそうさせてはくれなかった。
いつもありがとうございます、らむなべです。
夏休みの宿題を片付ける予定のごとく今後の執筆計画を建てたので一先ず更新再開となります。ちなみに私は小学生の六年間、中学生の三年間合わせて九年間、夏休みの宿題を予定通りに終わらせた事はありません。後になって後悔するタイプでした。
始めてしまえば守るしかあるまいと退路を断っただけです。
お待たせしている感想なども順次返信していきます。
引き続き、変わらぬ応援をよろしくお願いします。




