223.これから
「スターレイ王国第一王子、ファーミトンがここに謝意を表する。よくぞ妹の凶行を止めてくれた」
「スターレイ王国第四王女、メリーベルも同じくここに謝意を」
メレフィニスとの面会の翌日、カナタは臨時の学院長室に呼び出された。
そこにいたのは第一王子ファーミトンと第四王女メリーベル。
二人共、この国の王族を代表してカナタに感謝を示している。
「メリーベルの馬鹿げた失態に続き今回の件……どうか私から褒美を取らせてくれ。何を望むカナタ。このメリーベルでも嫁がせようか」
「え、それはちょっと……」
「俺もちょっと……」
「ちょっと! どういう意味よあんた!? 不敬よ不敬!!」
カナタ達にやったことを考えれば当たり前の反応ではあるのだが、それはそれで釈然としないメリーベルが地団駄を踏む。
それはそれとして、そういう事も言える関係に落ち着いたということだろうか。
「では何か望むものは?」
「メレフィニスを処刑しないでください」
「カナタ……」
メリーベルは驚き、ファーミトンはぴくっと眉を動かす。
そして机のほうで書類を見ていた学院長ヘルメスを睨んだ。
若干険しくなった表情は何を吹き込んだ、と言いたげだ。
「わしは何も言っておらんよ」
「なら何故だカナタ」
ファーミトンが問うと、カナタはさらっと言い切った
「友達だからです」
「……全く、あの女は幸せ者だな」
あまりにもカナタが堂々としているからか、ファーミトンは呆れたようにため息をつく。
「まずは、あの女のこれからの処遇を教えておかねばなならんな。貴様が褒美として願うまでもなく、あの女は処刑されない。これだけのことをやらかしたとはいえ、あの女は王族であり失伝刻印者だ。
ノーヴァヤ王家の失伝刻印者は長年生まれていなかったからな、処刑してはあまりに国益を損ねる。あの女はこれから王都に運ばれ、継承権を剥奪されて王族用の幽閉塔に一生閉じ込められることになる」
「国益……?」
ファーミトンが何故そこで引っ掛かる、と思っていると部屋の中の空気がぴりつき始める。
カナタは今にもこの場全員に食らいつきそうなほど、怒りをその瞳に宿していた。
「デナイアルはルミナ様の体を、失伝刻印者の研究に使おうとしていましたが……国益とは、そういう意味ですか?」
「ひっ……」
「待て待て待て! あんな非人道的な魔術師と一緒にするな!」
トラウマを思い出し、悲鳴を上げるメリーベル。
カナタのことはよく知らずともまずい空気を感じ取ったファーミトンは慌てて制止した。
「国益というのはそういう意味ではない。失伝刻印者は今スターレイには四人、トラウリヒは二人と表向きには公表しているが、実際には三人。シャーメリアンには二人……この数は国の魔術的価値を高める。外交にも関わってくる問題であって、そういう意味で国益と言っているだけだ」
「それではメレフィニスを利用などは……」
「私が約束する! 腐ってもあの女は王族だ! ノーヴァヤ家の権威のためにも弄ぶようなことは私が許さん!」
「わかりました、取り乱して申し訳ありません」
カナタがぺこりと頭を下げて、部屋の空気は落ち着いた。
ファーミトンとメリーベルは安堵する。メリーベルはちょっとだけ漏らした。
そんな二人にヘルメスからのんきな忠告が飛んでくる。
「殿下、まだわしは魔力運動が五割程度しか回復しとらん。カナタを止められるかわからんから迂闊なことは言わないほうが賢明じゃぞ。それにわしもどちらかというと、カナタ寄りじゃ」
「ああ、わかっている。メレフィニスは安全に幽閉する。王族同伴であれば、面会できる機会も何とか作れるようにしてやる」
ファーミトンはわざとらしく咳払いをして話を続けた。
「それで、望む褒美は?」
「思いつきません」
「それなら最低限あるであろう褒美の話をするぞ。まず叙爵についてだ」
じょしゃく? どこかで聞いた事があるようなとカナタは思い出す。
確か爵位を貰うことだったと勉強した覚えがあった。
「爵位が貰えるということですか?」
「そうだ。国家転覆を防いだとあれば一気に伯爵くらいはやりたいんだが……お前は養子な上に、ディーラスコ家のエイダンはまだ爵位がないからな。他の貴族の反発も考えると、子爵で落ち着くことになるだろう。領地もやりたいが、それはもう少し後になるな」
「自分が領地運営とかできる気がしませんもんね」
「そういうわけではない。ここからはヘルメスに話を変わろう」
ファーミトンから話を振られて、ヘルメスは立ち上がる。
そして一枚の紙をカナタに差し出した。
「推薦書……? “アプレンティス”……?」
「王都へ行くんじゃカナタ」
ヘルメスは片膝を突き、ソファに座るカナタに視線を合わせながら言う。
「君の潜在能力はすでに第四域に到達している。これからラクトラル魔術学院で過ごす数年で第四域は伸ばせん。君自身が第四域の輪郭を掴むために王都の魔術機関アプレンティス……そこで宮廷魔術師の弟子となって学ぶんじゃ」
「宮廷魔術師の弟子……シャンクティ先生やリメタ先生のような、でしょうか?」
「そうじゃ。シャンクティの部屋を見たことはないか? 毛皮だらけじゃったろう?」
「はい、たまに鞭でその毛皮を叩いたりしてて……」
「あれは趣味ではなく第四域を掴むために試行錯誤しているんじゃよ。第四域は一人一人、術式の解釈についてのアプローチが変わってくる……それを知るためには第四域に到達している宮廷魔術師から直接教えを受けるのが一番よい」
果たして理由はそれだけだろうか?
カナタはヘルメスとファーミトンを順番に見る。
「正直に言おう。これから君は国に危険視される。デナイアルを倒した時はまだ半信半疑の連中ばかりじゃったろうが、今回の一件でメレフィニスを真正面から打倒したとあれば信じざるを得ない。
君が入学した時わしが見定めようとしたように、突然現れた第四域に届く危険分子として君をどの派閥に取り込むか、どう扱うかを君の意思を抜きにして考え始める糞が必ず出てくる」
「なるほど……」
「じゃから先手を打つ。わしの推薦で宮廷魔術師序列五位オルフェ・トリスティスの弟子にする。奴は信用できる男じゃ。宮廷魔術師の弟子になってアプレンティスに所属すればそれは王家直属……君がスターレイのために動くことを示せると同時に、師であるオルフェがそのまま君の後ろ盾になる。
公爵家と宮廷魔術師、二つを後ろ盾にしながら……君は新しい場所で自分がどういう存在かを示してこい。善良な連中にとっては味方であり、あくどい連中には厄介な敵であると。君自身が糞に利用されないように、君が自分の意思を貫けるように味方を作れればなおいい」
カナタはディーラスコ家の養子になる際、義父シャトランに出された課題のことを思い出す。
人柄や働き、そして実力によって周囲に自分を認めさせる。
それは自分の身を守るため、そして自分が正しく力を振るうために大切なことなのだとあの時から教えてもらっていた。侮られるな、とは広い意味で自分や周囲を守るための手段なのだ。
「ですが、自分はルミナ様の側近なので……」
「わしが説得する。それに、宮廷魔術師の弟子とあれば側近としても箔がつく。公爵家にとっても悪い話ではない」
「……」
「ルミナくんが在学中はわしが守れるしの。わしはトップ……流石にメレフィニスのようにわしを対策できる者はそう現れんじゃろうからな」
カナタは少し悩んだ。
頭に浮かぶのは傭兵団を離れてから出会った人々の姿。
また、傭兵団の時のようにみんなと離れるのかと。
……せっかく、この学院は寂しくない場所だったのに。
「行きます。公爵家の方々に許されるのなら」
それでも、今度は断ることはしなかった。
自分はここで甘えるためにいるわけではない。
今回のように自分を助けに来てくれた人達のためにも、でかい男になる。
その成長の場所を用意してくれたヘルメスの善意を疑わなかった。
カナタが了承すると、ヘルメスはすぐにファーミトンへ視線をやる。
「殿下」
「すぐに捻じ込む。メリーベルもサインしろ」
「お兄様、王都にはアクィラがいます。アクィラは去年わ、わ、わたくしが起こした……ごにょごにょ……る、ルミナを狙った事件で……その……カナタへの信頼がありますから、協力してくれるかと……」
自分が起こした事件を説明する部分の声を小さくしながらメリーベルが提案すると、ファーミトンは驚いたように目を剥いた。
「第七王子か。悪くないな……お前、本当にメリーベルか? まだあの女の仮想領域の中じゃないだろうな?」
「さっきから失礼な! わたくしだって王族だってのにい!!」
「ああ、この淑女らしくない地団駄はメリーベルだな」
「うにゃー!」
地団駄を踏むメリーベルを見て、カナタはつい笑いを零す。
「ははは」
「こいつ今わたくしを笑った! 今度こそ不敬では!?」
「恩がでかすぎる。しばらくはチャラだ」




