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【書籍二巻決定】魔術漁りは選び取る  作者: らむなべ
第八部 魔術漁りは選び取る(前)

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221.少女の選択

「ろ、ろ、ローバストお兄様からの……お誘い……!」


 朝が来るのを楽しみにすることもなくなって夜は泣くことも多かった十歳の頃、メレフィニスの下に希望の光が届いた。

 全てを放棄してから空になることが多かったサルヴァの上に、一通の招待状。

 第三王子ローバストからのもので、妹達を交えて兄妹との交流を深めるべくお茶会を開くという内容だった。


「メリーベルも……妹も来るって……。やった……! やったやった!」


 母親に止められて一度も会ったことはない兄と妹。

 家族の愛に飢えていたメレフィニスは久しぶりにベッドの上で跳びはねるくらい喜んだ。


「みんな遊んでくれるかな……。あ、違う違う! メリーベルは妹なんだから私が遊んであげないとだわ! ど、どうしましょう……お、玩具とか持っていったほうがいいかしら……そうだわ、魔術滓(ラビッシュ)と宝石を混ぜて宝探しとか……! ええ、ええ、いい考えだわ! 全部ポケットに詰めて……!」


 一番のドレスを用意して、風呂はいつもの三倍長く、身だしなみはきっちりと。

 ポケットにいっぱい玩具と宝物を詰め込んで、お茶会が開かれる部屋へとメレフィニスは赴いた。


「お初にお目にかかりますローバストお兄様!!」

「来たか、我が妹よ」

「この度はお招きいただきありがとうございます!!」


 完璧な所作で挨拶をして部屋に入るとすぐ、メレフィニスは刺された。

 お付きとして連れてきた、生まれた頃から世話をしてくれた使用人に後ろから。

 母親から庇ってくれた使用人はただ他の王族に恩を売りたいがために、今日までメレフィニスに付き従っていただけだった。

 幼い頃から付き従う使用人の証言があれば、第三王子も第二王女を狙った賊の仕業だと言い張れる。このお茶会を狙って第一王子ファーミトンが刺客を送り込んできたと周囲に思わせられればなおいい。メリーベルは本当に何も知らない見物人として用意されていただけだった。


「私を差し置いて、第二……こんな! 小娘が! 第二だと!? 私だ! 私こそが第二王子だった! こんな! こんなこんなこんな! こんな小娘が第二などと!!」


 第三王子ローバストが抱くメレフィニスへの恨みは継承順位だった。

 スターレイ王国では継承順位が生まれた順ではなく、家の格や素養によって変動する。

 先に生まれたローバストよりも、侯爵家であるアニムス家が生んだ失伝刻印者(ファトゥムホルダー)であるメレフィニスの継承順位が上なのは必然。

 しかし、それに元第二王子だったローバストが納得できないのも必然だった。


 背中を刺されて倒れるメレフィニスを、ローバストは蹴り続けた。

 何度も、何度も何度も。怒りの形相で。

 自分が捨てたいもので自分が今殺されかけているのだと知った。

 この凶行を、第三王子の護衛の魔術師らしき老人も騎士も笑って見守っていた。


「殿下、メリーベル様がいらっしゃる前に片付けましょう」

「部屋を荒らしておく必要がありますね」

「そうだな、熱くなってはいかんな。だが怒りが収まらん! こんな女に第二を奪われたなどと!!」


 ……なんなのこれは。

 メレフィニスの瞳から光が落ちて、夜が訪れるようだった。

 命を奪うという時ですら、こいつらは“第二王女”しか見えていない。

 殺そうという時なのに、こいつらは“メレフィニス”を見ていない。

 同じ立場にいる兄妹なら、お互いをちゃんと見てお話できるかと思ったのに。


「この才能だけの売女が! お前なんぞが第二の冠を――」

「……気持ち悪い」


 次の蹴りが来る瞬間、メレフィニスは冷たい瞳で“虚無の孔(ポケット)”を開いた。

 メリーベルと遊ぶためにと“虚無の孔(ポケット)”いっぱいに詰め込んだ玩具と魔術滓(ラビッシュ)がじゃらじゃらと出てきて、ローバストは蹴ろうとした足をその玩具に引っ掛かけて倒れた。

 その隙だけで、彼女にとっては十分だった。



「……“開け魔の階。我が瞳に黒白(こくびゃく)の鍵あり”」



 ローバストの誤算は……彼女が天才であることだった。

 彼女には幼い頃から術式が見えていた。ゆえに自分の腹部に刻まれた術式の欠片から失伝魔術を把握して……十歳という若さですでに失伝魔術を習得していた。

 第四域に至る前から、彼女には一緒に生まれ落ちた第五域があったのだ。

 実戦から離れて腕の鈍った魔術師も、油断している騎士も彼女の前では有象無象。

 部屋の中は黒い空間で歪曲し、部屋にいた人間は空間ごと断裂して消えていく。

 テーブルも椅子も、床に散らばった玩具も消えて……破裂した何人もの血袋は壁と床を赤く染めた。


「はは……」


 部屋の中にいた人間は全て、彼女の失伝魔術によって死んだ。

 人の形をしているのは血の海に立つメレフィニスだけ

 トロフィーのように、ローバストの首だけが彼女の手の中にあった。


「ローバスト……お兄様……」


 がちゃり、と開いた扉のほうを見ればメリーベルが立ち尽くしていた。

 まだ幼い彼女には部屋の現状がよくわかっておらず、唯一形があったローバストの頭を見て無意識に声にしてしまったのだろう。


「ローバストってだあれ?」


 メレフィニスの中にもう、手に持っている(もの)の記憶などなかった。

 人間の死に方をしていない肉片に、名前などつくはずもない。

 失望と衝動で頭がぼーっとしていて、何を言えばいいのやら。

 だから、ここに来る前に心を弾ませていた少女らしい願望を口にした。


「遊びましょう可愛い妹……。おままごとにする? かくれんぼにする? それとも……宝探し?」

「きゃああああああああああああ!!」


 当たり前のことだが、メリーベルとお付きの使用人はその場を逃げ出した。

 後日、第二王女に恐怖した第三王子派閥だった人間達の証言と王城の調査でメレフィニスは第三王子の凶行を返り討ちにしたと判断されて今回の事件はメレフィニスは謹慎するだけで終わった。

 王族らしい残虐さ。

 女王らしい独善的な振る舞い。

 第二王女は恐ろしい。血塗られた存在。

 謹慎の間に噂は瞬く前に広まり、下の弟妹は継承権を放棄することとなる。


「うぶっ……」


 メレフィニスは血の海に立ち尽くしながら嘔吐した。自分が何をしたかを実感して。

 その吐瀉物は、彼女が最後に吐き出した弱音。

 この時にはもう彼女の目には、周囲の人間が記号のようにしか映らなかった。


「ああ、そうよ……こんな現実、書き換えてしまえばいいんだわ」


 初めての殺人から自分の心を守るように、少女は思いつく。

 兄だった頭を血の海に捨てて、彼女は笑顔を浮かべた。

 何故今まで思いつかなかったのだろう。何故周囲が変わることを期待していたのだろう。

 世界を変えるのなら、自分で変えればいい。

 世界をほんの少し良くするために、自分で書き換えてしまえばいい。


 これから囁かれるであろう噂などどうでもよかった。

 結局、囁かれる内容が変わるだけ。

 第二王女らしく。血染めの王族らしく。世界を変えるまで勝手に言ってろ。

 後に信奉者を増やす人間離れした雰囲気とカリスマ性は十歳の時点で完成した。

 青藍色の髪から血を垂らしながら、少女は決意する。


(わたくし)なら、できる。(わたくし)が世界を作ってしまえばいい!」


 …………作ろう。

 全ての人間が名を呼び、全ての人間が当たり前にそれを価値あるものだと思える世界を作ろう。

 宮廷魔術師から教わったことがある。

 第四域の魔術は、自分の願望を使って小さな世界を作るようなものだと。

 少女は自分を指す言葉をまた変えて、自分の決意を変化として刻んだ。


(わたくし)は、天才だものっ!」


 誰にも侵されず、誰にも邪魔をさせない、誰にも理解されなくていい。

 こんなごみのような現実なんていらない。

 “メフィ”が現実に塗り潰されたように、今度はこの現実を夢で塗り潰そう――!


「ああ、そうよ何て素敵……まるで喜劇じゃない!」


 床で血塗れになった魔術滓(ラビッシュ)に目もくれず、メレフィニスは天を仰ぐ。

 名前を呼ばれたい。

 ただそれだけの願いが、彼女にとっての高みへの階段だった。



(わたくし)の現実は、(わたくし)が選んでいいんだわ」



 この時、彼女は選び取った。

 現実ではなく、幼い頃に過ごした普通(ゆめ)を。


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― 新着の感想 ―
刺されて倒れていながら失伝魔術の詠唱ができるのに少し驚きました。 第五域を使っているときは怪我が治ったりするのでしょうか?
分かりやすい悲劇なんだけど、何か話の流れに無理矢理なものを感じる… 川の流れをせき止めるような異物感というか。 母親の例も使用人の例もにしても、良い人だったのが豹変したとか、あるいは初めから演技してた…
折角の玉を磨いて王城に送り込んだってのに お家騒動で暗殺なんて一番ありそうなところケアしてない公爵家ってどーなのよ 仮にも今まで何百年だか大貴族の看板掲げてきた名家でしょうに……
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