199.pieceエイミー2
「はっ……! はっ……!」
「お疲れなら、休んだら?」
「冗談っ!」
エイミーとメレフィニスの戦闘はひたすらに続く。
相性の悪い聖女の魔術をメレフィニスは技量によって受け流し、メレフィニスの攻撃はエイミーの浮遊と鉄壁の結界に阻まれ決定打が決まらない。
二人の戦いは自然と消耗戦となり、互いの魔力を削り合っている。
「いつまで……続くの……」
「わかりません……」
二人の戦いはもうかれこれ三十分以上も続いていた。
部屋の外にいるルミナとメリーベルも、いつこの均衡が崩れるかわからないまま見届けている。
ルミナも何度か援護しようと試みたが、二人の魔術の規模が大きく補助以上の効果は出ていなかった。
去年カナタの戦いを見ているしかなかった時と似た無力感に表情を歪める。
「『治癒の祝福』!」
「また治癒魔術……」
今しがた受けた魔術の傷にエイミーは治癒を施す。
技量で勝るメレフィニスが消耗戦にせざるを得なかったのはこの治癒魔術によるところも大きい。
技量で勝るがゆえにエイミーに何度か攻撃魔術は命中したり、掠ったりしているのだが……ダメージを与えても結界を張って治癒をしてしまうのでどの魔術も決定打にならない。
一撃で落とせれば理想だが、致命的な魔術は結界と浮遊を使ってしのがれる。
「思った以上に面倒ね……」
鬱陶しそうにしながらも他への警戒は怠っていないのか、メレフィニスはルミナ達をちらちらとしきりに見ていた。
三十分も戦えば、これみよがしに魔力反応をちらつかせているルミナがブラフなのは断言できる。流石にもう警戒は必要ないが……ルミナが失伝刻印者という情報が万が一を匂わせる。メリーベルは元々警戒する相手ではないので警戒は必要ない。
もう一つ鬱陶しいものがあるとすれば、遠く離れた場所で精神干渉の術式を破壊しようと動いている誰かだった。
動いているのは三人だけと数は少なく、大して気にしなくていいものの、それでも多少の気は散る。
(第一王子が動いている……? いえ、数が合わない……。それに三人で六十人を相手取ろうだなんて馬鹿みたいなことするはずがない……どこの誰が……?)
ほんの僅かだが、イーサンの作戦はエイミーとメレフィニスの差を埋めている。
魔術とは安定した精神による技術ゆえに、集中が乱されれば多少精度が落ちる。
天才であるメレフィニスの構築速度、精密な魔力運動を直接戦っているエイミー以外の動きがほんの少しだけ足を引っ張って、この拮抗を作り出していた。
……いや、それだけではない。
「“神よ弱き者の祝福を”! 『大地隔てる聖剣』!」
「!!」
浮遊するエイミーの背後に現れる巨大な二本の腕とその腕が握る光る剣。
巨大な剣が天井ごと切り裂きながら、メレフィニスに振り下ろされる。
「エイミーさん!!」
「!!」
その瞬間、突如ルミナが部屋の中に飛び込んでくる。
間違いなくただのはったり。これみよがしにちらつかせている魔力反応も叫ぶのも全て注意を引くためだけのブラフ。
頭ではわかっている。頭ではわかっていてもメレフィニスの性格が無視させない。
ルミナのほうに視線をやってしまった隙がエイミーの魔術への対応を遅れさせる。
「『咲き誇れ夜を』!」
「合わせてルミナ!!」
「はい!」
花が咲くように展開される防御魔術は魔術滓を落とす。
先程、同一人物が唱えたとは思えないタイミングと精度。エイミーの攻撃魔術はあっけなくその防御魔術を破壊し、その衝撃でメレフィニスは初めて体勢を崩した。
初めて見せた明確な隙。このまま押し切るとエイミーはさらに魔力を加速させた。
「『影を滅せよ』! 『守護者の裁き』!」
「『星剣の閃光』!」
「っ……! ぐっ……!」
エイミーから降り注ぐ二種類、そしてルミナが放つ光線含めた三つの攻撃魔術がメレフィニスを焼くように集中する。メレフィニスは“虚無の孔”を展開しながら部屋を駆け、かろうじて直撃を防いでいるがそれでも無傷ではない。
エイミーは相手を休ませないよう、先程メレフィニスがイーサンにやったようなハイペースな魔術行使を続けている。まだエイミーの腕では相当な無理をしなければここまでの速度で魔術を連続使用することはできない。
メレフィニスはエイミーに対して無警戒だったわけではない。失伝刻印者ということでエイミーを警戒していたが、入学当初に見た時は一般的な第三域程度だったはず……だが今は明らかにそれ以上。
この少女に何が起きたのか、とメレフィニスは攻撃魔術の嵐を躱しながらエイミーに対する評価を改める。
「カナタ! 待ってなさい! 私が必ず!!」
今のエイミーを支えているのは尋常ではない精神力。
イーサンから託された思い、カナタ達との友情、そして。
「はぁっ……! はぁっ……! 待ってて夫人……!」
ここにはいないカナタの義母ロザリンドへの恩義だった。
人生が変わるきっかけはカナタと関わったからだった。
けれど、自分を自由にしてくれたのは他でもない彼女の言葉。
「どこにまだこんな魔力が……!」
「っ……! ああああああ!!」
ずっと人の生き方は与えられた役割によって決まると思っていた。
物心ついた時には聖女としての振る舞いを仕込まれて、聖女の魔術を教育された。
聖女の肩書きのまま生きていれば、民と信者にちやほやされる人生。
だからこそ真実を知った時は心が真っ黒に染まるように絶望した。
聖女の役割はトラウリヒの失伝刻印者を狙う外敵から教皇を守るための影法師……役割のまま生きてきたからこそショックも大きかった。
生きているのに、代わりに死ぬだけの役割だなんて想像するだけで辛かった。
……けど、言ってくれた。
聖女の役割とあなたの生き方は違う。
私には意思があり、望みがある。嫌になったら国と縁を切っちゃえばいいだなんて、他の誰も言えないようなことをはっきりと……優しい笑顔で言ってくれた。
私が今こうしているのは、私の努力なんだって。
その積み重ねが聖女ではなく私の生き方になるんだって。
聖女であることが全部嫌なわけじゃない。ハリボテの象徴だろうとただの身代わりだろうと、民や国のためになれることを今なら誇らしくも思える。
でも……私が私であることを肯定してくれた人のためにも戦いたい。
「カナタ……あんたが死んだら、どんだけ周りの人が悲しむと思ってるの!!」
カナタを失ったらきっと夫人は悲しむ。ルミナだって私だって、あの使用人とかも。
私はもう両親に会えないけど、他の人に、大切な人達に……誰かに会えない悲しみを味わわせるのは嫌だ。
カナタがいなくなったらルミナから恋の話をしてもらうことはないだろう。
「私初めて、友達とあんな話したの……! どれだけ嬉しかったかわかる!?」
カナタがいなくなったら夫人と再会しても、夫人は私を通じてカナタのことを思い出して……悲しそうに顔を俯かせるかもしれない。
「私初めて……! あんな風に言ってもらえたんだよ……!」
カナタがいなくなったら、初めて出来た友達がいなくなった私はどんな風になるんだろう。
「初めての友達ともうお別れなんて……絶対いやよ!!」
だから私は、カナタを取り戻す。
他国から来た失礼な女によくしてくれた、あんな優しい人達が苦しんでいいはずがない。悲しんでいいはずがない。
これはあの日救われた私がやらなきゃいけないこと。
「私だけじゃなくて! ルミナも! 夫人や他のみんなだって! とっとと起きろこのバカ! あんた寝起き悪そうなタイプじゃないでしょうに!」
これが今の私の意思。私の生き方。
聖女として過ごした私の力とカナタの友達としての私の意思……どちらも使って私は戦うことを選ぶ。
それに、いつか。いつか。
「あんたがいないと……私の将来もちょっとつまんないでしょうが!!」
こんな事もあったねって、笑顔で思い出を話せる人達がいてほしい――!
「ルミナ! 離れなさい!!」
「!! メリーベル様!!」
「え、な、なに……!?」
エイミーの声にルミナは攻撃魔術を中断し、急いで部屋を出る。そのままメリーベルを引っ張って入口からも離れた。
多くを語らずともわかる。エイミーの次の一手が最後の一手。
エイミーの持つ最大の切り札をもって、この戦いを終わらせるのだと。
「今更お友達を避難……?」
「私がただ魔力の削り合いをしてたと思う!? いくらあんたが第四域の天才でも! その残り魔力でこれが防げるかぁ!!」
「本当に使えるのあなたに? ハリボテの聖女が?」
「ハリボテじゃない! 私はエイミー・デルフィ・アインホルン! トラウリヒの聖女で、カナタの……友達だぁ!!」
叫びと共にエイミーの瞳が魔力で輝く。
使い手の心に呼応して、エイミーに残る全ての魔力が集結した。
「“開け魔の階”! “我が瞳に……翠玉の鍵あり”!!」
聖女として、カナタ達の友人として、エイミーは勝利を謳う。
唱えるは失伝刻印者たる所以。魔術世界における超常の一。
光り輝く瞳の奥で確固たる意思が今――失われた秘術の鍵を開く。




