196.夢に浸かる子3
「もうすぐカナタがこの村に来て一年だ! お祝いの一つでもしてやろうぜ!」
「ふーん、頑固なあんたにしちゃあまともな提案するじゃないのさ。何か悪いものでも食ったのかい?」
「うるせえなばばあ!」
「あはは」
カナタは引き取られた村で平和に過ごしていた。
馬車に乗っていつの間にか着いたその村は小さくて平凡で、普通の人が住む村だった。
口減らしで馬車に乗せられたんだろう、と村人達はカナタに同情してカナタを村ぐるみで世話をすることにした。
代わりに、カナタは村の仕事を手伝うことにした。
まだ八歳程度の働きは大した働きにはならなかったが、それでも自分に優しくしてくれる村の人達に少しでもお返しがしたいのだとカナタは色々な仕事を手伝った。
「ねぇねぇカナター! これ食べていーよー」
「いいの? ありがとう」
「私達が拾ってきたんだよ! カナタのお祝いのために!」
「ほんと? 嬉しいな」
大人だけでなく、村の子供達もカナタと仲が良い。
よく拾った木の実をカナタにくれる子達もいた。
村の広場のような場所によく集まって、休憩中は子供達と年相応に遊びもした。
今日は特に木の実の数が多かった。
カナタは二人の子供に手渡された木の実の入った袋を大切そうに受け取る。
ここで生まれたわけでもないのに、よそ者である自分と仲良くしてくれるこの村の人達がカナタは好きだった。
カナタには住む場所も用意されていたが、そこにはカナタ一人だけなので家に帰る時間が一番寂しかったかもしれない。
「なあ村長! せっかくの祝いだ、村の備蓄もがっつり使おうぜ!」
「お祝いにかこつけてお前がたらふく食いたいだけじゃろ! 駄目じゃ駄目じゃ!」
「いいよ、お兄さん。僕この子達から貰った木の実だけでも嬉しいんだ」
カナタは村のお兄さんにそう言うが、村のお兄さんは首を横に振った。
「いいや! こういうのはしっかりやらねえといけねえ! 後、騒ぎてえ」
「このバカ息子は……最後に本音が出ちゃってるじゃないかい。かっこがつかないねえ……ごめんねカナタ、うちのバカ息子がバカで……」
「どんな理由でもお祝いしようとしてくれて嬉しいです」
本音だった。
もう行く場所のない自分を置いてくれる……それだけでカナタは嬉しい。
だというのに、邪魔ものであるはずの自分が来たことを祝ってくれるというのだから嬉しさを飛び越えて感謝にもなる。
村のお兄さんは広場のテーブルに乗っかって、まるで世論を変える演説のように語り始める。
「お祝いなんてそんなもんだろ! 騒ぎてえ酒飲みてえ! 馬鹿みたいに普段の退屈さを吹き飛ばしてよお! 祭りなんて騒ぎてえから用意するんじゃねえの!?」
「お前だけじゃ! いいか!? こんな村でも先祖から代々じゃな……祭りというのはその先祖の想いを……」
「やべっ! 村長の説教だ! 俺は仕事にもどらあ! お祝いの件は何か考えとけよ!」
「こらあ! 待たんか! テーブルを拭いていけこの!」
広場のそこら中から、そんなやり取りを見て笑い声が上がっている。
いい村だ。よそ者だったはずの自分を受け入れてくれている素敵な村だ。
この村に世話になって本当に良かったとカナタは思った。
「カナタあそぼー!」
「今日はその木の実とってるところ教えてあげるー」
「本当? 秘密の場所じゃないの?」
「カナタは秘密守ってくれるでしょ?」
村の子供が唇に指を立てて秘密のジェスチャーをする。
「うん、守る守る」
「じゃあ大丈夫! いこ!」
「いこーカナター!」
「暗くなる前には戻ってくるんだよー!」
「「はーい!」」
カナタは村の子供達に引っ張られて遊ぶことになった。
村から少し離れた場所まで歩いて行って、小さな森に入る。
カナタは少し心配になったが、しっかりと村が見える場所だった。
「おなかすいたー」
「ねー」
村の子供達が生えていた赤い木の実を食べた。木苺の仲間だろうか。
甘酸っぱいのか唇をしょぼしょぼさせながら、一つ二つと口に放り込んでいく。
「じゃあせっかくだから僕は二人に貰ったやつを食べようかな」
「うん、食べて食べてー!」
「いっぱいとってきたよ!」
貰った袋を開けると、どこからか動物の鳴き声が聞こえてきた。
遠吠えのようなその声に村の子供達はカナタにしがみつく。
「や、野犬かな……? こわい……」
「カナタ……秘密の場所はこ、今度にしよ……?」
「え、こわい……かな……?」
村の子供達は恐がっているが、カナタはその遠吠えに恐怖を感じることはなかった。
「何だろう、野犬じゃなくて狼みたいな……誰かを呼んでるような声じゃない?」
「えー! 狼なんてここにはいないよー!」
「そうそう!」
「そう……? そうなのかな……?」
聞こえてきたその鳴き声は何か引っかかる。
けれど、村の子供達がこう言っている以上、長居するわけにはいかないとカナタ達は踵を返す。
カナタは村の子供達を慰めるために、貰った袋から木の実を取り出そうとした。
「あれ?」
袋の中に、何か硬い感触があってついそれを掴む。
「これは木の実? 宝物?」
「どれー?」
「これ」
カナタは村の子供達に、袋に入っていた緑の小石を見せた。
子供達はそんなもの知らないと首を横に振る。
「間違って入れちゃったのかな。食べられないから捨てちゃおう」
「そうだよ、捨てちゃおう。さっきの鳴き声がそれを狙ってくるかも」
「……」
村の子供達にそう言われても何故かカナタはそれを捨てたくなかった。
「綺麗だなぁ……! なんだろうこれ……宝石じゃないよね……」
カナタは緑の小石を捨てるのではなく、ポケットにしまった。
「あれ?」
ポケットの中で妙な感触がして、カナタはポケットから中の物を取り出す。
今入れた緑の小石と赤い小石の二つがあった。
「いつの間に……拾ってたんだろ……?」
カナタは何故か立ち止まる。
村に帰れば、幸福な日々が待っているのに。
「さっきの鳴き声……」
カナタは振り返る。
聞こえてきた遠吠えのほうに歩かなければいけないような気がした。
「カナタはやっぱり家族に会いたい?」
「え……?」
唐突に村の子供が質問してくる。
「お父さん? お母さん?」
「お父さんは顔を知らないからそうでもないけど……うん……でも、お母さんには会いたいかな……死んじゃったけど……死んじゃった時に、傍に行ってあげることもしなかったから……。薄情な息子かもしれないけど、それでも……もう一度会いたいよ……」
「やっぱり会いたい?」
「そりゃね。会えるものなら会いたいけど」
「そっか……そうだよね!」
それを最後に視界が歪む。記憶が歪む。
瞬きをするごとにカナタの意識は遠くなり、そのまま眠りに落ちる。
そのことに違和感を抱くこともなくカナタはまた目を覚ます。
次に目を開けた時に広がっていたのは、どこか見覚えのある天井だった。
「おはようカナタ、よく眠れた?」
頭上から降ってきた声にカナタは勢いよくベッドから起き上がる。
木箱を並べて、布を何枚も敷いただけの固くて冷たいベッド。
それでも、隣にある温もりを感じるだけでよく眠れた。
「まったくいつまでもお寝坊さんが治らないんだから。ほら、早く起きて顔洗ってきて。そしたら一緒に朝ごはん食べましょ」
起き上がって、その声の主を見たカナタの瞳に……涙が滲んだ。
「母……さん……」
「なあにカナタ? あ、言っておくけどお肉はないわよ?」




