193.pieceイーサン
「うぐっ!?」
「おごっ!!」
「どけぇ! 怪物が通るぞ!!」
上級生の階層に上がったイーサンは下級生の階層の時とは打って変わって、残っている生徒達を先手必勝で吹き飛ばすように突っ込んでいく。
二メートルを超えるイーサンに準備も心構えもしていない中突っ込まれるのは中々に恐怖であり、メレフィニスの信奉者でもなければ立ち向かえない。
「予想通りだ。さっきルミナ殿のお兄さん達を見て確信したけど……まだ認識を改変させられているだけで完全に洗脳されてる生徒はほとんどいない!」
「じゃあ危険なのは最初からあの女に心酔してた人達くらいってことね!」
「ああ! 普通の生徒達はただ王族と学院長の認識を変えられているだけ! 命懸けで止めようなんて思ってないのが大半だ!」
それでも襲い掛かってくる生徒達は中にはいる。メレフィニスの信奉者だろう。
しかし、それでも勢いのあるイーサンに分がある。
「『炎蛇の狩猟』!」
「『黒犬の鎖』!」
走るイーサンの影から鎖が伸び、襲い掛かってくる生徒達をその場に拘束する。
蛇を模した炎がイーサンに向かうが、イーサンは知ったことかと言うかのように黒い鎖を巻いた拳で炎の蛇を叩き潰した。
その勢いのまま生徒の顔目掛けて拳を叩きこむ。その拳は襲ってきた生徒の顔にめり込み、粘ついた血がイーサンの拳に付いた。
「悪いが、手加減してる余裕はない」
「うっわ……。ねぇルミナ……本当にカナタってこの人に勝ったわけ?」
「み、みたいですね……」
「こわい……」
あまりに戦闘慣れしているイーサンを見てエイミーは苦笑いを浮かべた。
後ろに隠れるメリーベルも先程までとは人が変わったかのような戦法に恐怖している。
そもそもイーサンは違法魔道具の暴走で怪物と呼ばれるようになる前はこの学院のエリート生徒だった人物。魔物の襲撃が起きるトラウリヒへの留学経験もあって戦闘には慣れている。カナタ救出の名目もあって、戦いを躊躇う理由もない。
そんな人物が先陣を切ってくれているのは頼もしいのだが、あまりに躊躇いのない戦い方が先程までの温厚な人物とのギャップを生んでいる。
「相手がどれぐらいやれるかは佇まいでわかる。すでに魔力強化している僕が突っ込んできているのに、ただ披露したいだけみたいな雑な攻撃魔術を唱えるような輩は敵じゃない。
突っ込んできている時点で僕が先手を取っているんだから、まずは初撃を躱すか防御するか……よほどの実力差がないと第二域で牽制なんてする暇はないのさ」
「な、なるほど……」
「カナタくらいの実力者であれば咄嗟にすぐ判断する。それができないってことは大した経験がないってことだ」
イーサンからカナタへの評価を聞いて、エイミーは改めて疑問を口にする。
「……何で第二王女はカナタに『トラウリヒの微睡み』を使ったのかしら?」
「え?」
「第二王女の目的は何となくわかるの。この学院の生徒や教師の認識を入れ替えて自分の国か都市か作るってとこでしょ……? 魔術を学んでいる生徒は兵士にもなるし、盾にもなるわ。外から容易に手出しができなくなる。効率がよくて自分のことを王として認識させてるのも納得よ。このままいけば都市国家くらいの規模にはできそうだから結構いい線いってると自分でも思うの」
「僕も概ね同意見だね」
また一人止めようとしてきた生徒をイーサンは躊躇いなく殴り飛ばしながら会話を続ける。
ここは上級生の階層なので、それなりに魔術に秀でた者が多いのだが……冷静でいられない中、この狭い廊下でその魔術の実力を発揮できるわけもない。
その勢いに怖気づいてか、もう他の生徒は止めようともしていなかった。
「カナタにもこの魔術をかけたらよかったじゃない? あいつ強いんだし、人質としても兵士としてもめっちゃ欲しいはずでしょ。それとも……さっきのルミナの家族みたいになるのを最初から警戒していたのかしら」
「確かに……何であの男だけ……? お姉様がそれだけ警戒していたってことよね」
あえてカナタに『トラウリヒの微睡み』を使った理由がわからない。
カナタは失伝刻印者ではない。精神干渉の魔術も普通に通用する。この仮想領域に巻き込めば、他の生徒と同じように洗脳されて学院生活を過ごしていただろう。
では何故カナタがわざわざ違法魔道具を使ってまで排除に動いたのか?
「彼女曰く、カナタだけが本気で自分のことを見ようとしていて……それが危険だったと言っていたよ」
「カナタがお姉様を……?」
「ああ、嬉しいとも言っていた。よくわからないけど、印象的だったから覚えてる。勢いとかではなく、第二王女なりの考えがあって魔道具を使ったように見えた」
それを聞き、カナタがメレフィニスを“普通の人”と言っていたのをルミナは思い出す。
あれは結局どういう意味だったのか。
このような事態になって、なおさらメレフィニスを普通と思うことなどできないが……今だからこそ妙に引っ掛かる。
「何をしているイーサン」
「……っ! カロスロットか!」
ほとんどの生徒が腰を引かせている中、真正面で仁王立ちをする生徒が一人。
イーサンはその男の顔を見て舌打ちする。上級生の間で知らない者はいない。
騎士のような性格からか第二王女に忠誠を誓っている、上級生の間では有名な第二王女の信奉者の一人だ。特級クラスなのもあって魔術の腕も先程までの連中とは比べ物にはならない。
「誰!?」
「第二王女の信奉者だ! 特級クラスの四年でかなりの腕前だ!」
イーサンが答えたのはあくまでカロスロットのこと。
しかしそのイーサンの声を聞いた周囲の生徒達はぴくりと反応する。
「第二? 第二!?」
「もしや今メレフィニス様を第二扱いしたのか?」
「不敬だ。不敬だ。不敬だ不敬だ不敬だ不敬だ」
「なんだ? 急に……!?」
腰が引けていた生徒達がまるで人が変わったかのように襲い掛かってくる。
だが魔術を効果的に使って食い止めようとするのではなく、不敬だと責め立てながら襲い掛かってくるその姿は魔術師というよりも獣に近い。
第二王女というワードがまるでスイッチを入れたかのようだった。
「メレフィニス様こそ我らが王だというのに!! 今何を言った!?」
「おい……お前……」
そしてそうなったのはカロスロットも同じだった。
イーサンの表情には驚愕よりも落胆があった。
上級貴族に生まれたゆえに学んだであろう知識や普段の知恵、そして四年の間に磨いた魔術の腕を無駄にして怒りのまま突っ込んでくる……普段の積み重ねを無駄にするその行いに。
「全員後ろに」
「はい!」
ルミナ達は言われた通り、イーサンの背中の後ろに隠れる。
人質と兵士を兼ねた生徒達の突撃は普通なら恐ろしさと躊躇いを生むだろうが、イーサンはむしろ四年間、怪物として学院を歩くだけだった自分と重ねて……その生徒達を憐れにすら思った。
「『駆ける嵐狼の狩牙』っ!!」
魔術の名を咆哮のように唱えながら、イーサンは拳を突き出した。
その拳から放たれたのは廊下全てを埋め尽くす規模の風属性魔術。
襲い掛かってくる生徒達を空間ごと嚙み砕くかのような激しい嵐が廊下を破壊しつくしていく。
ガラスを割り、扉を砕け、天井を削りながらその嵐は道を切り開く。
襲い掛かってきた生徒達はイーサンの魔術をまともに受けて、ボロボロになった床に投げ出された。
「すっご……」
「これ第三域よね……?」
「わたくしのフォローなんて……いらないじゃない……」
目の前に見える廊下全てを破壊する規模の魔術に、後ろのルミナ達から声が上がる。
けれど、そんな声が届く前にイーサンはカロスロットのほうに視線を向けていた。
「……それでよかったのか、君は」
倒れているカロスロットに向けて問う。
確かにメレフィニスの信奉者ではあった。仲が良かったわけではない。
けれど少なくとも、自分の腕を無駄にするようなことをする男ではなかった。
「こんな形で君の忠誠は使われてよかったのか……?」
答えは返ってこない。
無防備にあの規模の魔術を食らえば、当然ただですむわけもなく。
メレフィニスの魔術に飲まれた結果、専属の護衛としても扱われずにただ他の生徒と同じように操られたカロスロットが不憫に思えた。
イーサンが抱く少しの怒りは、少し前までの自分と重ねたゆえの感情。
四人はそのまま最上階へ駆け上がった。
最上階には生徒がいない。
ヘルメスが学院長だった時に見張りが不要だったように誰もいなかった。
イーサンは駆け上がった勢いで最上階のとある場所を目指す。
それは一か所にずっと留まっているあまりに巨大な魔力反応。
その反応を頼りに辿り着いた見知らぬ扉をイーサンはぶち破った。
「失礼、第二王女に面会希望だ」
「はぁ……元学院長といい、この学院ってばノックを知らない殿方ばかりなのかしら」
広大な部屋の真ん中に座るのは元凶メレフィニス。
イーサンは険しい表情を浮かべ、そのまま学院長室へと踏み入った。
入室の許可など、誰も求めてはいない。
お読みいただきありがとうございます。
読者さんに教えてもらって気付きましたが、一昨日の更新で200話を超えていたようです。
パチパチパチ。これからも更新頑張ります!




