155.それぞれの味方
「る、ルイ! もうちょっとゆっくり!」
「はーい」
日差し眩しいプピラ湖に浮かぶボートの上で震えるカナタ。
その様子を悪戯っぽく笑いながらルイがオールを漕いだ。
「わ!」
「きゃっ!」
揺れと共にカナタの体がぐらっと揺れて、漕ぐ勢いで跳ねた水しぶきがルミナに。
カナタとルミナは互いに体を支え、そのまま体が密着する。
ルイとコーレナはルミナがまた狼狽するかと思いきや、ルミナは困ったように笑うだけだった。
「ごめんなさいカナタ」
「いえ、自分も……お手数かけます……!」
「ふふ、気を付けないといけませんね」
ルミナは笑顔を浮かべているものの、明らかに元気がない。
ここに到着したばかりの頃はあまりの浮かれ具合が微笑ましかったように今はどこか影が落ちている。
「あ、あれ? ルミナ様……滞在できるのも今日までだっていうのに、元気がないですね……?」
「そ、そんな事はありませんよ?」
「ルイ! 元はと言えば貴様がもう少し大人しく漕げばいいだけの話だろうが!」
「ひい! じゃあ漕ぐの変わってくださいよー!」
「護衛の手が塞がっていいわけなかろう!」
ルイが救出されてから数日……被害者であるルイの事情聴取や医者の検査も終わって、カナタ達は改めて休暇を楽しんでいた。
ラジェストラやシャトランなどは休暇を返上し、この区域の管理の代理の決定やこのような事件を防げるよう自警団を結成させるよう働きかけて忙しくしているがカナタ達にはまだそこら辺の仕事は関係ない。ロノスティコは本が濡れるのが嫌だからとそちらのほうに行っているようだ。
それとは別に、事件の事後処理についてはリメタが担当することとなった。
突如として行方不明(という扱い)になったカボラドや実行犯だった水賊達の証言などから今回の事件の目的や資金の流れなどを追っていくという。
わざわざ子供達に恐怖を与えることはないので子供達には伏せ、楽観的だった町の大人達には今回の事件を周知させ、子供達がより安全に暮らせるように住民達の意識を変えていきたいと語り、カナタ達にも改めてお礼を言いに来ていた。
「あ……う……! 揺れてる……!」
「いやカナタ様……私を助ける時にシャトラン様とボートに乗ってきましたよね……?」
「あの時は必死だったからさぁ!!」
「今もある意味必死そうですけど……」
カナタは結局、湖に慣れないままだった。遠くから見れば綺麗だが、近付くと自分を飲み込む水たまりのようで恐いのだとか。
ルイはぷるぷるとバランスを取っているカナタを見て、自分を助けた時とは別人のようだなと思いながらオールを漕ぐ。動くたびに反応するカナタが愛おしくもあった。
「そろそろお昼ご飯の時間になりそうですね、戻りましょうか」
「うんうん、それがいい……!」
「カナタ様はただ戻りたいだけでは?」
ルイは器用にオールを操ってボートを反転させると、カナタは岸のほうをちらちらとみる。
目指すは最初にプピラ湖に観光しに来た時にも寄った店だ。
岸が近づくにつれて冷静になったのか、カナタはとあることを思い出す。
「そういえば、初日に会って以来サイドテール先輩見かけてないですね……」
「確かに……ここにはお仕事と言っていましたから、もしかすればお忙しいのかもしれません」
ルミナが言うと、カナタは少し寂しそうにする。
ディーナと親しくはないものの、旅先で偶然出会う顔見知りなど初めての経験なのでご飯だけではなく観光くらいは一緒にと思っていたのに。
ラクトラル魔術学院の夏季休暇の期間は一月半……カナタ達もいつまでもここに滞在できるわけではない。
「そんなに落ち込まなくても……学院でまた会えますよ」
「そうですね……ルミナ様も大丈夫ですか?」
「え……?」
「さっきルイも言ってましたけど元気がないようなので……」
カナタに問われて、ルミナは目を逸らしたくなる。
けれど、それだけはしたくなかった。
カナタがルイを助けに行った夜……ラジェストラに言われた言葉が頭の中に蘇る。
「カナタ、私……頑張りますからね」
「……? はい……?」
会話の流れそっちのけで意気込みだけが先行してしまい、変な風になってしまったことにルミナは顔を赤くする。
カナタはルミナが何を頑張りたいのかよくわかっていないようだったが、その意気込みがどういう事なのか深く追及するようなことはしなかった。
夏季休暇というにはトラブル続きだったが、カナタ達の避暑旅行はこれにて終わりを迎える。
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カナタ達のいるチェスティの町から二日程かかる街道の馬車の中……サイドテール先輩ことディーナは揺れる馬車の中で行儀の悪い座り方をしながら、杖をくるくると回して遊んでいた。
「全く、ただの予備プランではあったとはいえ腐っても違法魔道具……公爵家が色々探る前に回収しててよかったわ」
今回の事件の裏、カボラドと水賊が住民を攫っていた理由。
それこそが今ディーナがくるくると回して遊んでいる杖の魔道具だった。
……トラウリヒから盗まれた四つの違法魔道具の一つ。
他者の魔力を無尽蔵に奪い取ってストックし、別の者がその魔力を使えるようにする"増幅魔道具ヴンダーの杖"。
今回の事件は体力と魔力量が多い傾向にある獣人を目的に、ディーナの主人が四年前からひっそりと魔力の貯蔵を進めていたもの。
チェスティは公爵家という探りにくさに加えて僻地……学院長ヘルメスの目が届かないと知って選ばれた場所だったが、今年になってヘルメスが勘付いたのに気付いたディーナの主人が回収の命令を言い渡していた。
ディーナがカナタ達に言っていた仕事とは、このことである。
「姫ったら流石は勘がいいったら……それに、急にこれを使う可能性が出てきたから回収して、だなんて……何が見えているのかしら? 私みたいな凡人にはわかりませんなぁ」
ディーナは言いながらも、回収を指示した主人の手腕に心酔するように口角を上げた。
もう少し遅ければ公爵家が事件に気付き、ヘルメスが送ったリメタがいたのもあってヴンダーの杖は公爵家に渡ってしまっただろう。
カナタとルミナは聖女エイミーとの繋がりもある。この杖がなんなのかという確認も容易だったに違いない。
「ぐふふ……とりあえず帰ったら姫に褒めてもらわないと。後から見たら結構危ない仕事だったし? リメタにこれが見つかってたら私は八つ裂きだっただろうし、セーフセーフ。
それに、思いがけずカナタくんもチェックできたから私ってば有能すぎない?」
帰った後に主人に褒めてもらう事を想像していると、ふと頭の端にカナタのことが思い浮かんだ。
自分の主人が調べろと言った公爵家の側近。聖女を差し置いて自分の主人が興味を持った男の子。
女たらしという不名誉な噂を流し、それを理由に偶然を装って接近したが……正直、魔術の腕以外は普通の子供に見えた。
踏み込んでほしくない所に質問をしてきた時も、先に察して謝罪をしてきたことからむしろ常識的ないい子に見える。あまりに普通の子供だったので、宮廷魔術師を倒したという話もディーナには眉唾にしか思えない。
「姫が警戒するってことはよっぽどなはず……でもあれくらいの水賊は魔術師なら圧倒出来て当然だからまだわからないけど……。ふふ……てか、サイドテール先輩って……ふっ……あはっ……! 変なあだ名……!」
自分に付けられたあだ名がよほどおかしかったのか、ディーナはこらえきれない笑いを零す。
サイドテールの中に隠している耳も嬉しそうにぴこぴこと動いていた。
「ごめんね、カナタくん。君にとって親しみやすいサイドテール先輩でいるのも楽しいと思うけど……私は姫のものなわけ」
ごろごろと車輪を転がし、馬車はディーナの主人が待つ魔術学院へと。
ディーナを乗せた馬車はカナタのいる場所からどんどんと離れていった。




