154.猫じゃなくて豹
同時刻、アブデンドーク邸。
カナタがルイを救出し、シャトランが水賊を制圧した頃、この区域を管理しているアブデンドーク邸にはラジェストラ率いる衛兵達が押し寄せていた。
貴族の邸宅にしては慎ましく、装飾も少ないのは観光地に溶け込むデザインにしようという努力のようにも見えるが……今回の事件が発覚した今となっては、当主が目立つのを恐がっているようにしか見えなかった。
「ふんふん……なるほどな、今回のことは水賊の独断だと」
「は、はい……」
自分のものではないソファで我が物顔をしながらふんぞり返るラジェストラ。
正面には床に座らせられているアブデンドーク家当主カボラドがいた。
カボラドはラジェストラの挙動一つ一つに脅えていて、その視線が合うことはない。
「今回のことはということは、子供達の誘拐や水難事故に見せかけた住人の殺害はお前も知っていたということだな」
「そ、れは……」
「ああ、いいいい。別にお前に確認を取りたいわけではないからな」
ラジェストラの目は氷のように冷たく、カボラドを見下す。
自分の領地で好き勝手をやられていたとわかったのだから当たり前だ。
しかし、カボラドの様子を見れば大それたことを自分から計画するような器ではないことは明白。
そして何よりこの事件はカボラドに利がない。
この事件には何か裏でカボラドを突き動かした誰かがいる。勿論実行犯の水賊ではない。
「それで? 誰にそそのかされた?」
「だ、だれとは……?」
「水賊を雇い入れて潜伏させて町の住民を攫うなどお前が何の得もしないだろうこんなもの。ここまで隠し通したのはお前の手腕……なのも怪しいか。半分は獣人の気質のおかげだな。平和主義者も裏目に出ればこうなるか」
同行させたリメタがこちらを睨んでいることに気付き、ラジェストラは手をひらひらと振る。
「獣人を責めたわけではないぞ。勘違いするなよ」
リメタの視線を躱して、ラジェストラは身を乗り出す。
当然カボラドは突然のことに身を引いた。
ラジェストラの冷ややかな視線が近く、カボラドは額に冷や汗を流す。
「誰に? そそのかされた?」
「な、なんのことか……」
「ふむ……俺としては別にここで死んでもらってもいいんだぞ?」
「ひっ――!」
「とぼけられるのか、言えないのか……さて、どちらかな?」
ラジェストラが脅すように尋ねると、カボラドは目を逸らした。
逸らせば回避できると思っているのだろうか。ただの逃避でしかない。
ラジェストラが何かするわけではないものの、沈黙がカボラドをどんどん追い詰めていく。
黙っているだけで状況が好転するわけもなく、カボラドはただただ愚かな時間を過ごしてから口を開いた。
「い、言えません……」
「最初からそう言え」
ラジェストラは満足そうに頷く。
カボラドは言葉を濁したつもりだったが、ラジェストラにとってはそうではない。
言えないという事は魔術契約をされている可能性が高い。
つまり、カボラドのバックにいるのは魔術契約をできるほどの財力がありかつ魔術師であるということ。
伯爵家以上はまず間違いなく、ここは元々ベルナーズ家の管轄でもあったので侯爵家は最有力……もしくは、それ以上の誰かか。
それが確認できただけでもラジェストラとしては収穫だ。
魔術契約を無視して首謀者を言わせても、言う前にカボラドが死ぬだけなので無駄だろう。
「ならこの町で事件を起こした理由は?」
「それは、獣人が多いから、と……」
「ほうほう、それは禁止されていないのか。いいぞカボラド」
「は、はい……! 獣人は体力があって魔力量が多い個体が多いので、目的には最適だと……!」
「魔力量……?」
今回の事件の目的は魔力?
それならば、リスクを背負って攫った子供をわざわざ返したのも頷ける。
騒ぎになりにくくさせる理由の他に成長した子供から再び魔力を奪うためという理由があったのだとすれば。
「何らかの魔道具か……?」
ラジェストラがつぶやくと、カボラドは動かなかった。
頷きも、声を上げたりもしない。どうやらここは魔術契約に触れる部分らしい。
しかしここまでわかれば十分だ。沈黙は肯定に等しい。
「そうか、では一先ず俺からの質問はここまでだ」
「そ、それでは――!」
ラジェストラは笑顔で立ち上がる。
その様子にカボラドは一瞬希望を見出した。
「後はそこの恐いお姉さんに任せるとしよう」
だがすぐに知る。
断罪人が変わっただけだと。
「ばぶっ……!?」
ラジェストラがすたすたと歩く中、カボラドは顔面を床に叩きつけられた。
カボラドの鼻は折れ、歯は揺れる。
目だけ動かすと、そこには捕食者の目でこちらを見下すリメタがいた。
瞳は暗闇に怪しく光り、ぴこぴこと動く頭の上の耳すら狂気を孕んでいるように見える。
「流石、偉い貴族の方は太っ腹……自分で裁いたほうが楽だろうに、わざわざ私に任せてくれるなんてね」
「なに――べぎゃ!?」
リメタはカボラドの頭を掴み、もう一度床に顔面を叩きつける。
今度はどこかが潰れたような音がした。
口の中を切ったのか口の端から血が垂れて、鼻からは粘着質な赤い液体が噴き出した。
「喋れるものぜーんぶ喋ってもらうよ。特に被害者について洗いざらい。管理すべき土地でこんなことやってただけでも許せないのに子供までなんて……容赦なくお話を聞けそうで嬉しいよ」
「わ、たしは……こ、こうしゃ……けが……」
「ああ、権限なら安心して。ヘルメス様から色々無茶やっていいってお墨付きなの。公爵家からも許可を貰ってるからあなたの命は文字通り私のものってわけ。あなたがどこまで擦り減ろうとも、満足する答えを貰うまで聞き続けるからね」
リメタは思い出したように付け加える。
「あ、にゃあ。危ない危ない。これ言わないと恐がられちゃうからね」
掴まれたカボルタの後頭部には伸びた爪がずぶぶ、と皮膚に食い込み始める。
リメタは猫っぽく愛嬌をわざとらしく振る舞って、笑顔を見せた。
笑った口の中に見える牙は鋭く、カボラドの命に向けられていて。
「どう? 恐くないでしょ? 猫みたいってよく言われるの……あ、にゃあ」
後日カボルタがどうなったのかは、報告を受けたラジェストラしか知ることはなかった。




