147.夕暮れから夜へ
「カナタの推測通り、遊泳エリアや釣りエリアと分けられたのはここ三年ほどの事らしい。観光客の酔っ払いやら、慣れた土地だからと夜釣りに出掛ける地元民やらが事故で湖に落ちて死亡した事件が増えてきたためとのことだが……」
「真相はリメタ殿が調査を任された事件の被害者だったというわけですな」
カナタが持ち帰ってきた証言と推測にラジェストラはため息をつく。
いくら僻地とはいえ、公爵領……こんな事件が三年以上前から続いていることに肩を落としているようだった。
「だから魔術領域の高い魔術師に極端にでかい領地を与えるのは反対なんだ! こうやって管理できない場所でやらかす連中がいる!!」
「知る人ぞ知るといえば聞こえはいいですが、ようは田舎なだけですからな。田舎ゆえに警戒心や危機感も首都周辺に比べると低い……そこを欠点のように言いたくはありませんが」
「そこは平和な証拠としてむしろいい部分ではあるが、度が過ぎるとこうなってしまうな」
ラジェストラとシャトランの話し合いを聞いて気になったのか、二人とは違うテーブルで紅茶を飲んでいたカナタは正面に座るルミナに問う。
「もしかして、魔術師じゃないと領地を貰えないんですか?」
「ある程度の大きさ、重要度の高い領地は魔術師に限定されてしまいますね……領地を守るにはどうしても魔術師でなければ難しいですから。魔剣士の方もいますが、極一部です」
ふと、ダンレスのような貴族が幅を利かせていたのはそういう理由なのかとカナタは思い至る。
自分の義母であるロザリンドのような貴族が夫人に収まり、ダンレスのような貴族が大きめの領地を持っていることが釈然としていなかったのだが……魔術師かどうかが問題だったのかもしれない。
そうなると、ラジェストラの息子であるセルドラが魔術をさぼっていたことにラジェストラが激怒していたのもようやく実感として理解できたような気がした。
「ここを管理している貴族の方は?」
「魔術師ではありませんね」
「魔術師にこんな僻地を任せるわけないだろ! タミア公国が壁になっていて攻めてくるような連中もいないからな!」
遠くのソファからラジェストラの声がカナタ達のところまで届く。
領主の言葉なので説得力……というよりも納得せざるを得ない。
「どちらにしろ三年以上、この状態を放置しているというだけでもう任せられんな……町の住民が獣人でなければ暴動が起きてもおかしくない」
「スターレイ王国にいる獣人は真っ直ぐな者達が多いですからな」
「そこを狙われたわけだ。流石にタミア公国ではこんな事はできまい」
獣人は自分が信じるものに一途で、疑いにくい者が多い。
タミア公国の住民は自国の伝承を神聖視しているのもあってスターレイ王国の人間に警戒が強いが、スターレイ王国に住む獣人は逆にスターレイ王国の貴族を信じて安心してしまっている傾向が強い。
事実、平穏に暮らせているのもあって当然、悪いことではないが……今回はその性質がよくない方向に働いてしまって、ここまでの事態にまで発展してしまったのだろう。
「なんにせよ、でかしたぞカナタ。今日アブデンドーク家に行ってやったが……ふっ、当たり前の話だが、それはもう媚びられ誤魔化されだったからな。これで少し踏み込めるようになった」
カナタが子供達に証言を聞きに行っている間、ラジェストラ達はこの土地を管理しているアブデンドーク家に訪れたのだが……あまりに典型的な対応を取られて辟易したのか鼻で笑っている。
基本的に嫌な顔を見せないルミナでさえ、少し困り顔だった。
カナタがちらりとロノスティコを見ると、眉間にしわが寄っている。よほど嫌だったのだろう。
「それにしてもリメタ殿の精神状態が心配ですな。あれだけ張り切っていたというのに、初歩的なミスで自分の調査を遅らせてしまっていたというのは」
「魔術師として優秀であることと調査員として優秀かは別だからな、話を聞くだけでやる気が空回っていたのが伝わるくらいだ……よほど視野が狭くなっていたんだろうさ」
「リメタ先生は宮廷魔術師になるのが目標だそうです」
ほう、とラジェストラは初めてリメタに興味を示したように起き上がる。
「なるほど、それだけの目標を抱いていたのならあの空回りも頷ける。獣人の宮廷魔術師は歴代でも一人……タミア公国出身の魔術師にいたっては一人もいないからな」
「そうなんですか?」
「そもそも宮廷魔術師の数が少ない上に、わざわざ他国出身の魔術師を王城に常駐させる宮廷魔術師にするのはリスクが高いからな。もし宮廷魔術師になれたのなら、それこそ無視できない実力になったという証明だろうよ。
学院長の使いということは少なくとも宮廷魔術師候補……魔術師としての実力は少なからず認められているはずだ」
「へぇ、宮廷魔術師になるのって難しいんですね……」
「おい誰かこいつに宮廷魔術師に勝つほうが難しいって教えてやれ」
他人事のようにつぶやくカナタにラジェストラがそう言うと、部屋中が笑い声に包まれる。
公爵家の使用人からシャトランまで笑顔を見せ、ルミナもカナタのあまりに無関係そうな様子がつぼったのかくすくすと楽しそうに笑っている。
その様子にカナタは安心を覚えていた。もうすぐあの事件から一年……ルミナの中でも少しはただの思い出に変わってきているのかもしれない。
「さて、どうするか……」
ラジェストラは窓の外をちらりと見る。
外は橙色の日差しが美しい夕方だ。この時間に見るプピラ湖はさぞ美しいことだろう。
しかし、ラジェストラの頭の中には当然観光地の美しさのことなど微塵もない。
貴族らしく、どうこの事態に踏み込んでいくか。
休暇中なので面倒なことは極力避けたいが、ここは公爵領なのでそうもいかない。
ラジェストラは使用人達を順番に見たかと思うと、一人一人に指示を出していく。
「お前は町長のところに言伝を。俺達が公爵家であることはばらしていい」
「承知致しました」
「お前はアブデンドーク家への使いとして、明日もう一度訪問する旨を伝えろ」
「はい」
「お前は町の住民達に水難事故について聞き込みをしに行ってくれ。観光客がたまたま聞いてしまった体でいけ」
「そのように」
連れてきた三人の使用人達が行動を起こし始めると、次はカナタの後ろの立っていたルイを手招きする。
「ルイ、お前はリメタという女のところに行け。公爵家として本格的に動くことを伝えれば塞ぎ込んでもいられんだろ」
「ラジェストラ様、ルイは――」
自分の使用人です、と言おうとしたカナタをルイは制止した。
「いいですよカナタ様。承知しましたラジェストラ様、お伝えする文面を頂いても?」
「ああ、それは勿論だ。よろしく頼む。悪いなカナタ、使用人を借りる」
「わかりました……」
カナタは少し釈然としなかったが、ルイも同意しているので頷くしかない。
この時はまだ、少しして宿を出た四人の中でルイだけが帰ってこないなど思いもしていなかった。




