144.言えない
ふと、何をやってるんだろうなと思う時がある。
「あの女が来てから支援打ち切りってどういうことだよボス……」
「元々そういう契約だった、三年以上もこんな楽でおいしい仕事を続けられたんだ……魔術契約すら必要ない魔術師からの依頼は希少だぞ」
「それはわかってるけどよ……あー、もうこの町の酒をがぶ飲みってわけにはいかねえなあ」
だが、これ以外自分にはやれることなどないんだろうなとも思っている。
酒を酌み交わしながら俺はきっと浮かない顔をしているんだろう。
今まで糞みたいなことをし続けてきた癖に、自分は一度も手にかけていないという理由だけで被害者面をしている。こいつらから離れようとする勇気も度胸もない癖に。
「俺達みたいなのが三年以上も善良な市民として暮らしていけたんだ、十分な経験だったろ」
「この町の奴等はお人好しだからな」
「あっはっは! それに馬鹿だから疑わねえんだよな!」
…………酒の味がしない。
最初は美味しかったはずだ。こいつらと一緒にこの町の人間をカモだと笑っていたはずだ。
なのに、もう思い出せない。この町に来なければよかった。
糞みたいな奴等とやりあってた頃はこんな事思わなかったのに。
「で、どうするよ。もう支援はないんだろ? この町で真面目に仕事して、骨を埋める……なんてことはしねえだろ? なあ?」
「あ、ああ……そうだな……」
「なんだネットル? 顔がかてえぞ? 調子でもわりいのか?」
俺は素直に頷くことはできなかった。
これからどうするか。俺達は五人しかいない小規模な水賊だ。自由だ。
それが一番よくて、他はどうでもよかったはずなのに。
最初は酒の飲みすぎで馬鹿なことを考えてるのかと思った……日に日にその思いが大きくなっていく自分がいることに気付かなければよかった。
だが、もう引き返せるような年齢でもない。
「少ししたらこの町ともおさらばだ……契約も終わった、金ももう支援がないと来れば、こんな所に居続ける理由もないな」
「だよなぁボス! でよ! でよ!」
「なんだ?」
「元気だなぁ、お前。飲み過ぎじゃあねえの?」
「だってほら! 今までは沈めるか攫うかしかできなかったじゃんか!? しかもやっていい奴に制限あったからさ!」
隣のやつが、何を言いたいかわかってしまう自分にほんの少しだけ腹が立つ。
「女! 女攫おうぜ! めっちゃ我慢したぞ俺! 誰か褒めてくれよ!」
「ばーか! 金払ってちゃっかり娼館通いしてたじゃねえかよお前! 全然我慢できてねえよ!」
「おおい!? なんでばれてんだよ!?」
「シュミッタちゃんにずっとお熱だったじゃねえかお前! ハハハ!」
ああ、やっぱりだと樽ジョッキを握る力が無意識に強くなる。
怒る権利などない、俺はこいつと同類だ。
けど、俺達は水賊だ。社会からはみ出したどうしようもない糞だが、それでも最低限の線引きはある。
俺達は昔から仕事じゃない略奪行為は――
「ああ、どうせ出て行く町だ。ここで女を攫うなら後腐れなくていいな」
「ひゃっほう! 話がわかるぜぇ!!」
「狙うなら一応、この町に不慣れな観光客を狙ったほうがいい」
「え……!?」
「ん? どうしたネットル?」
「い、いや……」
黙って仕事をしていれば支援される生活に慣れてしまったのだろうか。
そういう事はしてこなかったじゃないか。ボスはおかしくなっちまったのか。
……いや、おかしくなっちまったのは俺か。
元々俺達は悪人だ。依頼されたら何でもやってた水賊だ。
最低限の線引きだなんて言って、俺は自分を正当化したかったのかもしれない。
「なんでも……なんでもないよ……」
「改めて乾杯しようぜ! この町との別れに! そして最後に好き勝手する夜に!」
そう、今更人生をやり直すなんてことはできないんだ。
俺みたいに馬鹿で度胸もない人間はこうして下を向ける時間があるだけ幸せなのかもしれない。
他の四人が樽ジョッキを突き付けている中、俺はどうしてもそうする気にはなれなかった。
♦
「そりゃ……問題だな……」
昼を過ぎた頃にラジェストラが起床し、リメタからの話を伝えた。
頭を押さえて吐き気を耐えるようにしながら、ソファの背もたれに自分の全てを預けている。
これが公爵家当主の姿なのか、と他の人間に見られたら幻滅されそうな二日酔い状態である。
使用人から渡された水を乾いた砂のような勢いで飲み干すと、一言シャトランに確認する。
「ここの管理はアブデンドーク家に任せてるんだったか……」
「はい」
「基本この区域からの報告に不備はなかったはずだが……」
「ええ、今回ここを避暑地に選んだのも治安が良く、問題が少ない区域だからというのもありますから」
「これだけの区域を任せておきながら税の変動が少ないのは野心がないからだと思っていたが……領地管理人より詐欺師の才能のほうがあったらしいな」
「貴族とはそういうものです」
「はは、違いない。俺を出し抜くのではなく現状維持を貫いてこそこそしている点を見ると……少なくとも、触れられたくない何かがあると見たほうがいいか」
ラジェストラは面倒臭そうに頭を掻く。
水を飲んでも吐き気はまだ引かないのか気持ち悪そうに顔を歪めた。
「だが今のところリメタという女が言っている事だけなのもあって動きにくいな……一度俺達も被害者の子供に話を聞きたいところだが……」
「では、自分が明日リメタ先生と一緒に子供達に話を聞きに行きます」
「カナタだけでか?」
「はい、駄目でしょうか?」
カナタの提案にラジェストラは少し考える素振りを見せる。
カナタとしては、子供のために動いてくれる大人ということでリメタが気に入ったので力になりたいというだけの提案だったが……悪くない、とラジェストラは何度か頷いた。
「思ったよりありだな。歳が近く、元々平民だったお前なら子供達とも価値観が近かろう。大人に対して以外の証言が出てくるかもしれん。リメタが気負い過ぎて正確に証言を得ていない可能性もあるからな……カナタの判断を聞いてから本格的に動くかどうか判断するとしよう」
「わかりました」
「子供としてじゃないぞ。公爵家の側近として、だ。意味はわかるな?」
まず驚いていたのはラジェストラが連れてきた使用人達だった。
今回の避暑に帯同を許される使用人なのもあってカナタの事情は多少なりとも把握している……しかし、公爵家当主であるラジェストラがまだ幼さが抜けていないカナタに信頼を寄せているのを実際に見ると驚きが勝ってしまう。
「はい」
「よし、お前の側仕えも連れていけ、商人という設定はギリギリまで守れ。騒ぎになるのは不本意だからな」
「だって、ルイ」
「承知致しました」
「ルイ嬉しそうだね?」
「そうですか?」
カナタの言う通りルイは嬉しそう……というよりも得意気だった。
この場にいる使用人の中では間違いなくカナタを一番理解しているがゆえに、ラジェストラからの信頼に驚いている使用人達を見て満足そうにしている。
その表情はどうだと言わんばかりだ。もっとも誰もルイを見ていないのだが。
「俺とルミナ、ロノスティコは明日の午前中はアブデンドーク家をあたる。お忍びである以上どうせこちら側から一度寄ってやらねばならんからな」
「はい、お父様」
「え……」
「何だルミナ?」
ロノスティコは承知したが、ルミナは残念そうな声を零す。
そんなルミナをじっと見るようにしならがラジェストラは問い掛けた。
「えっと……」
「言いたいことがあるのなら言うといい」
ラジェストラはルミナからの言葉を待つように腕を組む。
ルミナは何か言いたげにするも唇を一度きゅっと結んで、
「いいえ、わかりました……お父様……」
「……そうか」
ラジェストラが決めた明日の予定に頷いた。
ラジェストラは一瞬残念そうに目を伏せて、使用人に便箋を持ってくるように指示を送る。
「……はぁ」
「ルミナ様……お加減が?」
「ううん大丈夫よコーレナ」
休暇の雰囲気ではなくなって、ルミナは少し肩を落とす。
ラジェストラが一体何を求めていたのか、ルミナにはまだわからなかった。




