143.猫じゃない教師
カナタ達が聞いた話は夜にべろべろに酔っ払って帰ってきたラジェストラ……には話を聞けなかったのでシャトランに尋ねても知らない様子で、結局なにもわからずじまいで一日が終わった。
しかし翌日、その話の情報源は息を切らしながら飛び込んでくる。
「はぁっ……! はぁっ……! あ、朝早くから、失礼……しますにゃ……!」
「……」
白と黄の混じった髪の上にぴこぴこと動く猫のような耳。そして少し垂れた目の奥に覗く翡翠色の瞳。
ぴっちりとした服の上からでもわかる豊満な胸を呼吸と一緒に揺らし煽情的にすら見えるが……それよりもカナタは忙しなく動く耳のほうに気を取られて少し無言になった。
「……猫?」
「猫違う! 豹っ!」
「だってにゃって!」
カナタはつい頭によぎった動物の名前がそのまま口に出てしまう。
しかし、それが女性の怒りに触れたのか女性は荒い呼吸のままカナタに向けて爪を見せた。
確かに爪は鋭く刃物のようだが、猫の爪も鋭さはあるので違いはよく分からない。
「それにしても、あなたがいるってことはやっぱり公爵家……!」
「え?」
「あら? リメタ先生……?」
様子を見に来たルミナが下りてくると、女性の顔を見るなり名前を呼ぶ。
そう、彼女はラクトラル魔術学院の三年生担当リメタだった。
何故ここにいるのかはわからないが、リメタは一瞬喜びながらも難しい複雑な表情を浮かべた。
「ああ……だから私にはこういうの向いてないって言ったのに……あ、にゃあ」
「何か事情がおありのご様子……一先ず上でお話を聞きましょうか?」
「にゃあってわざと付けてるんだ……」
肩を落とすリメタの様子にただならぬ事情を感じたのかルミナは三階へと案内する。
カナタはリメタの猫……ではなく豹の部分が気になるのか、リメタの腰のあたりから伸びる尻尾を見つけて、おお、と一人で盛り上がりながらそれについていった。
「朝からお招き頂き感謝致します。私、ラクトラル魔術学院の三年教師を担当しているリメタと申します」
「ラジェストラ様の代理、シャトラン・ディーラスコだ」
カナタがシャトランを呼んでくるとリメタはソファから立ち上がり、すぐさま膝をつく。
挨拶が形式ばっているところを見ると真面目な話だということだろう。
「ラジェストラ様は少しご気分が優れないようでな……必ず話は通すゆえ許せ」
「突然訪問した私に非がございます、こちらこそお許しを」
(二日酔いだろうなぁ……)
(二日酔いでしょうね……)
心の中でラジェストラの体調の原因を思い浮かべるカナタとルミナ。
同じことを考えていたのか、二人は顔を見合わせておかしそうに笑った。
「……」
「え?」
リメタはシャトランへの挨拶を終えたかと思うと、今度はカナタのほうを向いて膝をついた。
何故こんなことをされているのかわけもわからずカナタは困惑する。
「リメタ殿。うちのカナタはまだ爵位を持っていないゆえ、そのような挨拶は必要ない」
「え……!?」
シャトランにそう言われて、リメタは声を上げてカナタを見た。
驚愕が表情にも出ていて、むしろカナタのほうが申し訳なさそうに頭を下げる。
「その実力で……まだ独立貴族じゃない、の……?」
「えっと……?」
「この場で爵位を持っているのは私だけだリメタ殿、座るといい」
リメタがどれだけ驚いていたかはカナタにはわからないが、リメタは目を見開きながらしばらくカナタのほうに視線をやりながらソファに座った。
すかさず、ルイが横から紅茶の注がれたカップを音を立てずに置く。
「さてリメタ殿……三年の担当ということはうちのエイダンが世話になっているようだ。まずは礼を言わせてくれ」
「エイダン生徒はとても優秀です。主人を気に掛けながら、一級クラスではとくに実力も秀でているので他の生徒を世話していることもあるくらいですから」
「そうかそうか、昔はやる気が見えなかったように感じていたが……どうやらいい方向に育ってくれているらしい」
兄であるエイダンを褒められているからか、シャトランの隣に座るカナタもうんうんと頷く。
ルミナとルイもそんなカナタを見て静かに微笑んだ。
「それで、ラジェストラ様に通したいお話とは何かね?」
「まずは……他言無用でお願い致します」
リメタは懐から魔道具を取り出す。貴族の間ではメジャーな盗み聞き防止の魔道具だ。
術式に魔力を込めると、部屋全体を魔力が走った。
「私はヘルメス学院長の命を受けて、この町で起きる事件を調査に来ました」
「調査……なるほど、名字がないのは法服貴族の類の人間だったのですな」
シャトランは納得したような様子だが、カナタはわからずルミナのほうに体を寄せる。
「……なんです? ほうふく……?」
「え、えっと……ふぅ……。落ち着きなさいルミナ……。こほん。
領地や家名を持たず、職業の都合で貴族とほぼ同じ権限を持つことができる平民出身の方々をそう呼ぶんです。法服貴族という呼び方は、かつて司法に関わる方がこの立場になることが多かった名残ですね」
「へぇ……!」
リメタが同じ平民出身と聞いたからかシンパシーを感じるカナタ。
わかりやすく見てくる目が変わったからか、リメタはカナタからの視線に少し困惑しながらも話を続ける。
「その事件というのが……度重なって起こる、子供の誘拐です」
「なに……?」
「――っ」
シャトランの眉間にしわが寄る。
カナタも、まるで自分のことのように息を呑んだ。
「この土地でそんな事態が起きているとは初耳だな……何人の子供がいなくなった?」
「いえ、子供はいなくなっていないんです……」
「ん? どういう事だ?」
「攫われたと思われる子供は何人もいるんですが、全員戻ってきているんです」
リメタが説明してもよくわからないカナタは首を傾げた。
シャトランもどう判断していいかわからず、リメタに続けるよう促す。
「私はタミア公国の出身で……知り合いづてにこの町で起きている子供が一度消えて戻ってくる今回の事件について聞いたのですが、それをヘルメス学院長に相談したところ調査するよう命令されてこちらに到着しました。
ですが、ほとんどの大人は子供がはしゃぎすぎただけだと思っていて深刻に捉えている人が少なく……地道に子供達に聞いて回るくらいしかできず……」
「この町で本格的に調査に動いていないから情報も少なく、進展がないというわけか」
「はい、この町は元々治安がよく、住民が楽観的なのもあって本格的な調査に乗り出していないようです」
「なるほど、ラジェストラ様の耳に入っていなかったのも頷ける。この区域に住んでいる貴族も被害がないのなら報告しなくていいと思うだろうな」
貴族の中には自身の管理能力を疑われないよう、何らかの被害があったとしても隠す者は少なくない。実質的な被害がないのならそんな事件が起きていることをわざわざ報告する理由もない。
「あの店員さんが王様隠しがなんだと言っていたのはこの事ですね」
「ええ、昨日ロノスティコに聞いた話と状況が似ています。一度隠されて、戻ってくる……。子供達が物語の悪役がやっていると勘違いしてもおかしくありませんね」
「あっと……それは……」
カナタとルミナが昨日言われたことについて納得していると、リメタは気まずそうに目を逸らした。
なんだろう、とカナタとルミナが視線を送ると、それを追究されていると勘違いしたのか、自分の爪をいじりながらリメタはぼそぼそと喋り始める。
「その、旅の人間だと偽ってこの町に来たんですけど……子供達と遊びながら聞き込みしてる内に……勢いで魔術使ったらその……旅の人間じゃないってばれちゃって……。色々誤魔化すために、王様隠しがこの町にいるってことにしちゃって……にゃはは……」
「人選ミス……?」
「商人に扮してると言い張る私達が言うのもどうかと思いますが、隠す気が足りていないですね……」
「子供だから誤魔化せるかなって思ったんだけど……でも子供って思ったより鋭いから、そういうエンタメ方向で誤魔化すしかなくて……! こんな遠征初めてだからしっかりしなきゃって思ってたのにぃ……こんなはずじゃなかったのにぃ……!」
リメタは自分のミスを思い出したからか、涙目になりながら自己嫌悪に陥り始める。
つまりは、そういうのもあって調査がしにくくなってこちらを頼ってきたということだろう。
「そしたら、お話聞いてる子供の一人からお仲間の人が来てたよって話を昨日聞いて……宿屋を片っ端から調べながら今日ここにつきました……」
「熊の耳の?」
「そう、その子」
ようやく、昨日全く繋がらなかった話と状況がカナタの中でも繋がった。
昨日聞いた話から推測できる状況と町の様子がちぐはぐなのも納得がいく。
町で起きている事件はリメタの存在もあって子供達にとっては深刻気味に映っているが、町の大人は子供の遊び過ぎだと捉えている者が多いため町の様子は普通だったのだ。
「それで、リメタ殿はラジェストラ様に何を望む? あの御方は休暇中だが……それでもお伝えしたい要望があるのだろう?」
「……っ!」
シャトランが改めて聞くと、リメタが緊張から生唾を飲み込む音がした。
そしてリメタは深呼吸したかと思うと勢いよく頭を下げる。
「お願い致します! どうか今回の事件調査のためにお力を! 私が持つ権限だけでは限界がありまして……どうか、どうか公爵家の協力をと!」
「落ち着いて、具体的な話をしなさい。何も罰を与えようと思っているわけではない」
「子供達からの話だけでは情報が足りません……! 恐らく今回の事件について把握しているであろうこの区域を管理している貴族から話を聞く機会を設けてもらえませんでしょうか……! お願い致します!」
「り、リメタ殿、そこまでかしこまる必要はない。本当なら公爵領の問題でもある……いくら休暇中とはいえラジェストラ様も無下にはしないだろう」
頭を下げ続けるリメタに声色を少し優しくしながらシャトランが語り掛ける。
シャトランに言われて頭を上げるリメタはどこか必死に見えて、カナタは少し嬉しくなっていた。




