142.旅行先は気が緩む
「調査が何かは知らないですが……"王様隠し"はスターレイ王国の建国説話が大衆向けになった物語に出てくる悪役ですね……」
食事を終えてディーナと別れた後、カナタ達は宿へと戻った。
熊耳の店員から言われたことが気になり、ラジェストラかシャトランに話を聞こうと思ったのだが……二人もまた使用人を連れて観光に行っているらしい。
宿に残っていたのはのんびりと本を読んでいたロノスティコだけだった。
当然のようにカナタのベッドに寝そべりながら、カナタ達が聞いた話についての心当たりを話してくれる。
「建国説話……?」
「言葉の通り、スターレイ王国が出来た際のお話ですね。ある意味タミア公国が出来たきっかけにもなるお話で……ルミナお姉様は元のお話は知っていても、童話などは読まないからわからないかもしれませんね……」
「はい……スターレイの建国記はもちろん知っていますが、お話のほうは……」
ルミナは自分の不勉強を恥じるようにしゅんと俯く。
しかしロノスティコは二人の役に立てるのが嬉しいのか少し得意気だ。
「少し長くなりますが、話しても……?」
「お願いしていいか?」
「わかりました……こほん」
カナタは勉強があまり得意でないと知っていたからか、ロノスティコは端的に説明をしてくれた。
かつてスターレイ王国を建国したのは魔術を一番最初に作り出した"魔術王"と呼ばれる人物であり、スターレイ王国が昔から魔術研究が盛んなのもそれが理由だという。
本来なら魔術王なるその人物が王位に就くはずだったのだが……魔術王は突如として表舞台から姿を消した。指導者を欠いたスターレイ王国は空席となったその王位を巡って争いが絶えなかったが、今の王家一族の先祖が度重なる争いでがたがたになっていたスターレイ王国を平定したのだという。
「タミア公国はその姿を消した魔術王を信奉する一部の人達によって作られた国で……今の王家一族がスターレイ王国の王を名乗るのとは別に、自分達はかの王が帰れる国を作る、と建国されました……。
これはタミア公国が公国である理由でもあります……。彼らにとって王の地位は魔術王のものなので、その空席を仰ぎながら少数の貴族で国を回しているんですよ……」
「なるほど……?」
「物語版では、魔術王の失踪は悪い魔術師である"王様隠し"が別の世界に閉じ込めたせいとされています……。今の王家一族がその王様隠しを倒したことで魔術王は解放され、魔術王は自らが生み出した魔術によって自分が閉じ込められたことで未熟さを痛感し……魔術をよりよいものに変えるべく今の王家一族に王位を譲って修行の旅に出た、というお話になっています……。昔から詩人に歌われていたそうなので、色々あって今のこの形にお話しも落ち着いたんだと思います……」
「おー……」
ロノスティコが喋り終わると何故か拍手をするカナタ。
「わかりやすかった……と思います」
「流石はロノスティコですね」
「や、やめてください……」
その拍手に釣られてかルイやルミナも拍手をし始めたせいか、ロノスティコは妙に恥ずかしくなって本で顔を隠してしまう。
「あれ……? てことは、あの店員さんの言葉のまま受け取ると、この町で誰かがいなくなってるってことですか……?」
「それでしたらもう少し騒ぎになっているはずですし、町もぴりぴりしていると思いますが……」
今日、町を観光している限りそんな様子は感じられなかった。
それに本当に人が消えているのならあの店員ももっと深刻そうに助けを求めていただろう。湖にだって警備の人間がいてもいいはずだ。
「ラジェストラ様が帰ってきたら聞いてみますか」
「横から失礼しますカナタ様。恐らく、ラジェストラ様も知らないのでは……? 人が失踪するような土地にルミナ様を連れてくるでしょうか……?」
コーレナの言う通り、ラジェストラは学院入学まで公爵家の失伝刻印者であるルミナを極力外に出さず、そればかりか身代わりとしてカナタを連れてきたくらいだ。
カナタの活躍によってルミナを狙う人物が激減したとはいえ、人の失踪や誘拐の噂が子供の店員にまで伝わっているような土地を旅行先に選ぶとは考えにくい。
頭の中で考えて、こんがらがってきたカナタは首を傾げる。
「何か聞いた話と、町の様子と状況がちぐはぐなような?」
「いたずらか何かの遊びだったということでしょうか……?」
「それにしては他に調べている人がいるとか妙に現実味がある話し方だったような……」
情報が足りていないからか、頭を捻らせてもわからない。
いくら考えてもこれという推測すら出ないせいかカナタはベッドにそのまま倒れ込んだ。
その際に服が少しはだけ、ちらりとお腹が見えたからかルミナは顔を少し赤らめて目を逸らす。ロノスティコは一緒になって寝転び始めた。
「せめて……他に調査してる人がいたら……。情報を……聞けるんですけどね……」
「カナタさん……? 眠いですか……?」
「カナタ?」
「眠くない……です……ふわぁ……」
馬車を乗り継いできた疲労とそして湖を前にした緊張。
その二つとベッドの心地よさが重ねって、カナタの瞼を落とさせる。
カナタのあくびが移ったのか、ロノスティコもあくびをしながら本を閉じてベッドに身を任せてしまう。
そしてすぐに、二人の目は完全に閉じてしまった。
一つのベッドで眠り始める二人の様子を見て、コーレナは唇に人差し指をあてる。
「お二人ともお疲れだったようですね……意外に、カナタ様も旅行でテンションが上がっていたということでしょうか」
「ですね……お邪魔にならないよう、部屋を出ますか……。ふふ、可愛い……」
ルイは二人に薄手のブランケットをかけると、起こさないよう忍び足でベッドから離れる。
「さて……私はどうしようかなぁ。このままだとカナタ様の寝顔で騒いじゃいそうだし……」
「どうせ夕飯には起こすしかない、お前は私達の部屋にしばらくいるといい」
「わは、コーレナさんってば優しい」
「部屋にいる間、使用人らしくこき使ってやる。さ、ルミナ様も行きましょう」
コーレナはルミナを呼ぶが、ルミナは寝息を立て始めた二人に視線を向けたまま。
「……」
「……ルミナ様?」
ルミナは何を思ったのかカナタ達が寝ている隣のベッド……本来ルイが寝る用のベッドに静かに座った。そしてそのままゆっくりと、横になる。
「私も、こてん……なんちゃって……」
「……」
「……」
恐らくはルミナにとって精一杯の部屋を出たくないアピールだったのだろう。
言った後で恥ずかしくなっているのか顔も赤い。
珍しい自己主張ではあったが、いくらなんでもその主張を通すわけにはいかない。
まだ十二とはいえ、婚約前の淑女が異性と同室で一緒に寝るなど貴族の常識が許してはくれないのだ。コーレナどころかルイでさえ、それくらいはわかる。
「ルミナ様、流石に親族でもない異性と同じ部屋で眠るのは……」
「はいはい、ルミナ様も一緒に出ましょうねぇ」
「うう……今だけ同性のロノスティコが羨ましいです……」
離れがたいカナタの寝顔を目に焼き付けながら、ルミナは二人に手を引かれながら静かに部屋を後にした。




