141.観光に暗雲?
サイドテール先輩ことディーナと出会ったカナタ達は近くの店で食事をすることにした。
知り合いと出会ったことでルミナが求めていたカナタとの雰囲気作りも望めなくなったことに加えて、長旅の疲れをテンションで誤魔化すのも限界があったので丁度いいだろうと。
「はー! ごちそうさまでした!」
ディーナは注文した食事を平らげると、自分のお腹をぽんぽんと叩いていた。
湖の近くの店で、水着のまま食事ができるテラス席なのもあって人によっては目のやり場に困りそうである。
カナタとルミナも食事を終えて、ルイとコーレナが食べ始める頃だった。
まるで食事をしていなかったのかと思うくらい料理に夢中だったディーナはようやく話をする態勢になったのか、身を乗り出す。
「ありがとね、ご馳走してもらっちゃって……何か、五年生なのに一年生にご馳走してもらうの恥ずいけど……」
「五年生……イーサン先輩と同じ、ですか?」
「あー、そうそう! びっくりしたよ! 噂で怪物って呼ばれてた人が急に復帰したからさ! まぁ、私は特級クラスであの人は一級クラスだから私はあんまり顔合わせないんだけど」
五年生の特級クラスということはディーナは十七歳ということだろう。
しかしディーナは少し小柄なせいかそこまで離れている印象を抱かなかった。この親しみやすさも貴族としては珍しいがメリットなのかもしれない。
現にこうして、流れで食事を奢ってしまっている。
「あれ、カナタくんが解決したんでしょ?」
「半分は……イーサン先輩が自分で助かったみたいなものなので、自分はきっかけになったくらいですが」
「あはは、なにそれ謙遜? あ、デザートも食べていい?」
「ど、どうぞ……」
「やた! 注文おねがーい!」
先程、カナタのことを意識して一緒にやりたいことをやれなかったからか……ディーナのマイペースさをルミナは少し羨ましがっていた。
せっかくコーレナがきっかけを作ってくれたというのに、どこか水着を見せる恥ずかしさが勝ってしまって誘えない自分がもどかしくなる。
「はーい!」
ディーナの声を聞いて、エプロンを着けた獣人の子供が駆け寄ってくる。
まだカナタ達と変わらない歳に加えて、熊のような耳がぴこぴこと動いていて、店を手伝う看板娘としてこれ以上ないくらい目を惹く外見だ。
「このクロフってやつ一つお願い」
「はい……」
「ん? あ、私だけだよ」
「あ、す、すみません! すぐに!」
その店員は注文を聞いてもルミナやカナタをじっと見ていた。
ディーナに言われて、すぐにカウンターのほうへと駆け足で戻っていく。
その間ですら、ちらちらと後ろを見てこちらのほうを確認していた。
カナタが不思議そうにその店員のほうを見ていると、ルミナが切り出した。
「それで……ディーナさんは何故ここに? 観光ですか?」
「ううん、仕事仕事。あ、ちゃんと通行許可とってきたからね?」
「そこは疑っていませんが……」
「前も言ったけど、ベルナーズの派閥とも関係ないからね。むしろ嫌いだから」
「嫌い……?」
「うん、嫌い! 一度関わる機会があったんだけど……何したと思う? 仕事道具盗んで逃げたの! 最っ低! 姫は許してたけど私はかんかんよ!」
ディーナはサイドテールをぶんぶんと振り回しながら頬を膨らませている。
よほどその時のことに怒っているのだろう。
「姫とは?」
話の中に出てきた姫という言葉についてカナタが聞くと、ディーナは嬉しそうに目を輝かせる。
「私の主人! 私もね、あなたと同じでとある人の側近みたいな立場なの。誰が主人っていうのはちょっと言えないんだけど……子爵家の私にもよくしてくれるいい人よ!」
「じゃあ仕事もその人に頼まれたんですね?」
「そ! もう終わったからこうして泳いでたってわけ! それに、この町にも来てみたかったから丁度よかったわ!」
「来てみたかった……?」
観光地としてさほど有名でもないここに来たかったとはどういう意味か。
ルミナが聞き返す前に、ディーナは察して自分のことを指差した。
「あ、私も獣人だからさ」
「え?」
「耳とか角は……?」
きょろきょろとカナタがディーナを見るが、先程の店員のような耳も町で見かけた人のように角も見当たらない。
カナタの疑問に応えるように、ディーナはサイドテールを縛っていた髪紐をほどいて、髪をかき分けるようにしながら横を向いた。
すると、赤みがかった髪の中から犬のような小さな耳が現れる。
「あ……」
「髪の中に耳がある……可愛いですね」
「でしょでしょ? といっても、耳としての機能は全くないから本当に可愛いだけなんだけどね」
カナタ達に耳を見せたかと思うと、ディーナは再び髪紐でサイドテールを作った。どうやら髪型で獣人の特徴である耳を隠しているらしい。
しかしもう片側にはその耳が見当たらず、カナタはつい首を傾げる。
「あの、もう片方の耳は……?」
「え? あー……うん、ちょっとね」
先程まで言葉を濁らせることが全くなかったディーナはわかりやすく愛想笑いを浮かべた。
カナタはその様子を見て、すぐに頭を下げる。
「すみません、余計なことを言いました」
「え? いいのいいの! 気になって当然だから! あはは、なんだいなんだい君ってば意外に繊細な子だったりする?」
「いえ、ただ……よく考えれば、触れられたくないことかどうかはわかったかなと……本当にすみません……」
カナタが反省しているのを見てディーナは笑う。
「……君、姫にちょっと似てるかも」
「え?」
「姫もそういうとこ真面目だからさ。ま、カナタくんのこと気に入ったってこと」
「え……!?」
ディーナの発言に慌て始めるのはルミナ。
見るからに狼狽するルミナを見て、ディーナはおかしそうに吹き出した。
「あはは! そういうのじゃないよ!」
「そ、そうですよね……? よかった……」
「いやー、乙女だねぇ」
「……?」
ルミナの態度からディーナは瞬時に察したのかすぐさま否定してくれる。
どうやら二人の間だけで通じているようで、カナタは一瞬蚊帳の外にされてしまう。
「お、お待たせしました……クロフです……」
「きたきた!」
先程注文を聞いた熊耳の店員が皿を運んでくる。
運ばれてきたクロフという料理は揚げドーナッツだったらしく、ディーナはかぶりつく。
一口食べると、中からはジャムのようなものがとろっと出てきた。
「あ、あの……」
「はい?」
店員は料理を置いてカウンターに戻るかと思えば、ルミナに耳打ちするように声を掛ける。
ルミナの隣に座っていたコーレナの雰囲気がぴりっと変わったのをカナタは感じた。よく見ればスプーンを握るコーレナの手には妙に力が入っている。
「観光の方々ですか……?」
「はい、そうですよ」
チップが欲しいのかも、とルミナがコーレナに預けたお金を出すよう視線を送ると……コーレナが金を出す前にその店員はさらにルミナに近付いた。
がたっ、とコーレナが立ち上がるもルミナがすぐに制止した。この店員が何かを伝えようとしているのを察して。
「お姉さん達も"王様隠し"の悪者を調べに来たんですよね……?」
「え?」
「安心してください、私……誰にも言いませんから! お口は固いんです!」
「あ、あの……」
それだけ一方的に言い残して店員は再びカウンターのほうへ走っていってしまう。
店員としては内緒話のように話したつもりだろうが、同じテーブルにいたカナタ達全員にも聞こえてしまっている。
「……どういうことでしょう?」
「わかりません……ですが、もしかして何か起きているのでしょうか?」
「それに、お姉さん達もってことは……誰か他にも調べている人が……?」
カナタとルミナは揚げドーナッツにかぶりついているディーナを見る。
ディーナはすぐにふるふると首を横に振った。口の端にはジャムがついている。
「とりあえず……コーレナは座ったら?」
「……はい」
カナタ達にとって店員の言葉は何のことやら。
そんな中、立ち上がったままだったコーレナはルミナの一言で再び座り直して食事を再開した。




