137.プロローグ -特に攫われる理由のない女の目覚め-
「ん……ふ……」
暗がりの中、カナタの側仕えルイは目を覚ました。
埃っぽさと少しのかび臭さが鼻につくのか、不快そうなしかめっ面を浮かべていた。
少し思考がぼやけながら、ゆっくりと瞼が開いていく。
何故自分が埃っぽく、かび臭さが残る場所にいるのか気にすることはできないまま。
「ん……? ……ぁ。………? ……ん? んん!?」
寝ぼけた頭を起こすようにぱちぱちと何度か目を瞬かせて、ルイはようやく自分の置かれている状況を認識した。
手首と足首はどちらも縛られていて痛く、口も布のようなものを嚙まされていて満足に声を出せず、息苦しさにも今気付いた。
(なにこれ!? どういう状況!?)
周囲を見回そうと首を動かすも、部屋の中が薄暗いのかよくわからない。
わかるのは掃除が行き届いていない部屋に放り投げられているということ。
恐らくは自分がよい状況にいないことくらいだった。
(誘拐……? 攫われちゃったの私……?)
口を塞がれているので声を出せない。
そうでなくても助けを呼んだら助けの代わりに犯人が飛んできそうでルイはむしろ声を出そうとせず黙りこくった。
頭の中はぐるぐると混乱しているので、冷静になるよう自分に言い聞かせる。
(落ち着け……落ち着くのよルイ……。私はカナタ様の側仕えルイ……こんな状況であっても冷静に状況を把握してカナタ様にご報告できるように情報を……うぇへへ、カナタ様の側仕えって肩書き最高……違う違う、改めて喜んでる場合じゃない)
ルイは小さく首を振って、現実逃避なのかいつも通りなのかわからない自分の思考を引き戻す。
薄暗く埃っぽいものの、放棄されたボロ小屋のような場所ではないようだ。
というのも、ルイが寝かされているのはベッドのようで、沈むほど柔らかいとまではいかないが放置されるような代物ではない。
平民でこういったベッドを使えるのは精々、商人くらいなものだろう。
つまりこの場所は貴族が関わっている可能性が高い。
何の繋がりもない野盗やゴロツキの仕業ならもっと寝心地も悪かったはずだ。
そんな熟睡の言い訳めいた分析をしながらルイは目を凝らす。
闇に慣れて何か見えてこないかどうか。人の気配が今のところないのが幸いか。
(カナタ様やルミナ様は……!)
その可能性をようやく考えてルイの顔は青ざめた。
ごそごそとベッドを転がって、自分以外の誰かが捕まってないかも確認する。
ぎっ、ぎっ、とベッドが揺れる音が今のルイには心臓に悪かった。
(よかった、カナタ様もルミナ様も捕まってない……いや、そっか……。私じゃあるまいし、カナタ様なら捕まえたやつ返り討ちにしちゃうか)
ルイはそこまで考えて思い出す。
ぼんやりとしている頭で自分がこうなる前の記憶を何とか思い出せないか。
そう、あれは確か……。
買い物を頼まれて……。
(ちょっと待って? ていうか、その前に……)
そこまで思い出して、この状況における最大の疑問がルイの頭に浮かぶ。
そう、自分がどこにいるか、どうやってここまで攫われたのか。
そんな事が当事者であるルイですらどうでもよくなるような謎。
(何で誘拐されるのが大して価値のない私!!??)
いつも周囲にいる面子を知るルイからすれば当然の疑問と心の声。
ルイはディーラスコ家のカナタ付き使用人。本当にただそれだけ。
バックに他貴族との繋がりがあるわけでもなく、重要な秘密など握っていない。
攫ったところで国どころか家同士の情勢すら変わらないし、家族もいないので身代金を要求できる相手もいない。
アンドレイス公爵家どころかディーラスコ家からも切り捨てようと思えば切り捨てられる人間だとルイは自分で理解している。
だからか、状況を把握してなお恐怖よりも困惑が勝ってしまった。
(ど、どうなってるの……?)
こうなったのはルイにとってあまりに不運なすれ違い。
魔術学院が夏季休暇に差し掛かり、カナタと共に公爵家の避暑に同行したのが発端であった。
――時は数日前まで遡る。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ここからは第六部「二人の距離」になります。
夏季休暇のお話なので、比較的箸休めのようなお話になります。
更新の際には是非気軽に立ち寄ってください。




