135.協力関係から
「ぶはははは! あーっはっはっは! こりゃ傑作だおい!!」
特級クラスの教室に朝からイングロールの笑い声がこだました。
教室にカナタが入ってきたかと思えば、カナタは側仕えであるルイに背負われながら教室に入ってきたからである。
これにはイングロールだけでなく、他のクラスメイトも何事かという視線が集まっていて……イングロールほどの馬鹿笑いではないが、笑いを零す者もいた。
「ほらほら、もう少しですよカナタ様」
「うん……ありがとうルイ……」
「ぶはははは! はははは!! げほっごほっ! あっはっは! おえ!」
「イングロール……! 笑い過ぎだぞ……」
カナタを背に乗せてルイは幸せそうだが、カナタは恥ずかしそうである。
その後ろからルミナとコーレナが続いて教室に入ってきたのを見てイングロールは話を聞くべくルミナのほうに手を振る。
「なあ公女様! あいつどうしたんです?」
「魔術の反動でああなってしまって……動くと全身が筋肉痛のように痛むんだそうです……」
「魔術の反動って! あっはっはっは!!」
腹を抱えるイングロールをカナタは恥ずかしさから睨むが、全く恐くはない。
何せ側仕えである使用人に子供のように背負われている上に背負っているルイのほうが心底幸せそうににこにこしているのがまたカナタの今の状態の子供っぽさに拍車をかけていた。
……裏決闘場で使った自己成長の魔術『未来への歩み』。
カナタはその無理な力の反動か、全身が筋肉痛のような痛みに襲われていた。
裏決闘場でのいざこざから二日経っているが、成長痛ならぬ後退痛とでもいうのだろうか。
昨日はずっとベッドに寝ていて動けず、今日はなんとか体を動かせるものの歩くだけで痛むので寮からルイに背負ってもらっていた。
ここに来るまでに他の生徒達の視線を浴びていたのは言うまでもない。その証拠にカナタの耳は赤いままだ。
「カナタ様、テーブルに到着しました。お気を付けください」
「うぐ……」
「はいはい、大丈夫ですから」
ルイがテーブルの近くでしゃがみ、カナタは意を決してルイの背から降りる。
床に着地した瞬間、びきびき、と固まったものを無理矢理動かしたかのような痛みが足から全身に駆け上がる。
「うぎぃ……!? おおお……!?」
「頑張れ! 頑張れカナタ様!」
何の苦労もなく座るルミナの横で、カナタは老人よりもゆっくりと慎重に椅子に座った。
それでもどこか痛いのか少し体をよじらせている。
「辛そうですね、カナタ……」
「いつもとんでもないことをしでかすので、こういう弱点があることに安心している私がいます」
「こらコーレナ……でも恥ずかしがるカナタは確かに……」
「そういう意味ではないですルミナ様」
横でルミナとコーレナが心配そう? にしている間もカナタは余裕がないのか痛みが一番ましな体勢を見つけたのかぴたっと止まった。
聖女の魔術がすでにとんでも魔術だというのに、それを改造してあろう事か自分に使ったのであれば……効果が切れた後に反動があるのは必然。
こういった反動含めてあの魔術なのでカナタは受け入れるしかないのである。
「おあよ……」
少しして、エイミーも教室へと姿を現した。
いつも通りふわふわと浮いているが……今日はやけに眠そうである。
「おう聖女様! 見てみろよカナタのやつ!」
「ああ……おあふみ……」
「……来た瞬間寝たぞこいつ」
エイミーは座るなり、テーブルに突っ伏してそのまま寝始めてしまった。
側仕えであるシグリが唇に人差し指を当てて、出来れば寝かせてあげてくれ、というジェスチャーをする。
「ったく、ちょっと魔術ができる側近も聖女様も……なんだかんだガキってことだなぁおい! ははははは!」
机に突っ伏して寝始めたエイミーとぎこちない動きで椅子に座るのも一苦労のカナタ。
そんな二人を見て、イングロールはここぞとばかりに指を差した。
その笑ってる顔がどこか嬉しそうだったのは見間違いではないだろう。
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「朝は悪かったわね……もう眠くて……」
「気にす……うぎ……」
「大変ねあなた……でも、あなた達のおかげよ。ありがとう」
昼になって、エイミーは改めて空き教室の一つにカナタとルミナを呼んだ。
ぺこりと頭を下げるエイミー……目の前のテーブルには今回の目的である煽動魔道具リーベが置かれている。
小さな内臓のような形をしていて刻まれている術式がなければ軽いホラーだ。
「教会のほうで忙しかったんですよね? 気にしないでください」
「ええ、自分で教会に来なさいって行った手前ね……聖女がいるって噂を聞きつけて決闘場にいなかった人達まで来ちゃって……結局、深夜まで治癒してたのよ……」
裏決闘場で聖女であることを盛大にばらしたせいか、裏決闘場にいた貴族達の話を通じて一般市民にも浸透し……エイミーは教会にほとんど軟禁状態のようになっていた。
学院に戻れば一般人は近付けないので、記念にと見に来た者も多かったようだ。
殺到した人々に治癒魔術をかけ続けた影響もあってエイミーは疲れた顔をしている。
「カナタが回収してくれたおかげでこうして役目も果たせたし……それに教会へのお布施も増えたっていうから聖女らしいことはできたかしら」
「まぁ……! おめでとうございます」
「でも何でかわからないのよね……治癒をかける前から急に貴族からお金がって……普通、治癒をかけてからだと思うんだけど……?」
デルフィ教の顔としては喜ばしいことだが、何故急に増えたのかはわからずエイミーは首を傾げる。
そんなエイミーを見てルミナはくすりと笑った。
「エイミーさんがかっこよかったからでは?」
「は? 私が? どこがよ……ずっとあなた達におんぶにだっこだったじゃない」
「ふふ、そうですか?」
「そうよ……結局あの石の竜だってカナタが倒したわけだしさ……頼まれたことをやるので精一杯だったわよ……」
二人はカナタのほうを見るが、カナタはそれどころではないようだ。
ひたすらどう動かせば痛みは小さいかを研究しながらゆっくりと体を動かして変な体勢を繰り返している。
そんなカナタを見てルミナとエイミーは顔を見合わせて笑った。
「ほんとにありがとね。あなた達に助けてもらえなかったら途方に暮れてたわ」
「しっかり公爵家の利益になると考えた上での協力関係なんですからお気になさらず」
「うん。おばさ……夫人にももっとお礼を言いたかったわ。聖女の本当の役割を教えられたのはショックだったけど……でも、あの人の言葉があったから立ち直れたのも早かった」
「エイミーさん……」
「大丈夫よ。聖女として持ち上げられるばかりの私はもうおしまい。まぁ、納得いってるかどうかは別にして……これからは国ともしっかり向き合っていこうと思うわ」
エイミーは後ろに控えている側仕えのシグリのほうをちらっと見た。
シグリは眉を下げながら微笑んでいて、エイミーも微笑み返す。
どうやら聖女の真実を知った後に関係が気まずく……という心配はないようである。
「私には私の。誰かには誰かの。国には国の事情があって……お互いにそういうのを擦り合わせたり、考えながら生きてくんだって、今回あなた達と一緒にやってきて知ることができたからさ。色々頑張っていこうと思うわ」
「……お強いですね」
「ええ、私聖女だもの!」
エイミーは吹っ切れたように笑ってみせた。
祖国であるトラウリヒに思う所がないわけではないだろうが、それでも彼女は前を向くことを選んだようである。
「えっと……これで、協力関係も、終わり……ね」
「そうですね」
「カナタも、その……夫人によろしくね」
「ああ……つたえっ、とく……!」
「それと、えっと……イーサン先輩とかにもお礼を言わなくちゃね……」
「そう、だな……。俺からも言っておく……!」
「後は、その……あーっと……こ、これからは、その……と、と……も……で……」
エイミーは手をもじもじとさせていて、何かこの場を終わらせたくないように無理に言葉を探しているかのようだった。
まるで二人との協力関係を終わらせたくないと思っているかのような。
そんなエイミーの態度を察して、ルミナは手を伸ばす。
「これからはクラスメイト……ただのお友達としてよろしくお願いしますエイミーさん」
「っ! ええ! そう! そうよね! 友達! よね!」
エイミーは表情を明るくさせてルミナの手を取る。
ぶんぶんと嬉しそうに振ったかと思うと、それを横で見ていたカナタのほうにもう片方の手を伸ばした。
「ほら、あんたも!」
催促されてカナタもルミナと同じように手を伸ばした。
ぎこちない動きのままそうするとエイミーがぱしっと手を掴み取る。
「あ、ああ……だけどあんまり動かさ――」
そしてルミナの時と同じようにぶんぶんと手を振り始めた。
カナタの手から全身に再び痛みの波が押し寄せる。
「ぅああぁああああああああああ!!」
「あ、ごめん」
「ふ、ふぐぅぅ……き、気にするな……」
遠くを見る死にかけのカナタとその様子に微笑むルミナ。
エイミーは二人を見ながら、
「友達……うん、悪くないわね……」
誰にも聞こえない小さな声。
協力関係を取り付けた時よりも嬉しそうに、エイミーは口元を緩めていた。




