133.影法師の誇り
「『障壁』!!」
巨大な石の竜が暴れると同時に、観客席にいたルミナは防御魔術を唱える。
ロザリンドを庇うようにして前に出て壁を貼る中、観客席は大騒ぎになっていた。
出資して支えていた興行の出場者が、脈絡もなくこちらに牙を剥いてきたのだ。
いくら血と暴力を楽しむような趣味があっても理解できるはずがない。
「ふざけるな! どういうつもりだこれはぁ!!」
「誰か! 誰か助けなさい!!」
「どけ!」
暴れる巨大な石の竜を前に、観客席は混乱に陥っている。
普段案内されるだけの出口に我先にと殺到していて、これでは避難も遅れるだろう。
次の瞬間襲われる可能性がある中、落ち着いて行動できる人間は少ない。
「夫人! シグリさん! 私達も!」
「ええ、お二人ともこちらに」
「落ち着いてくださいませルミナ様、シグリさん」
二人が急かす中ロザリンドは立ち上がる。
「ルミナ様、あなたは自分がカナタに好かれていると思っていますか?」
「ええ!?」
突然の質問にルミナは顔を赤らめ、集中が切れかけて防御魔術が一瞬揺らいだ。
「い、いえ、全然そんな……意識して貰う段階にいないといいますか……もにょもにょ……」
「わたくしはカナタに愛されています。何せ手紙にも愛しの母上と書かれるくらいには」
それはルイの入れ知恵……と言い掛ける二人。
だが自信満々なロザリンドに水を差そうとは思えない。
それにカナタが母であるロザリンドを慕っているのは間違いないはずだ。
「ルミナ様も今は友人として主人としてカナタに大切に思われているでしょう」
「そう、ですね。それはそう思います……」
「そんなカナタがわたくし達のことを任せたのです。あのような者の思い付きの暴挙に慌てる必要はございません……そうでしょう? シグリさん?」
「え……?」
何故自分に、と言いたげにシグリは驚く。
護衛騎士に過ぎないシグリにはあの石の竜を倒す術はない。
しかし次の瞬間にロザリンドが何を言っているのか理解して頷いた。
「彼女はわたくし達を守ってくれるのでしょう?」
「はい……!」
どこかから、白いドレスをたなびかせた少女がふわりと浮き上がる。
恐怖に苛まれ、出口しか見ていない観客の中――その少女を見ていたのはルミナとロザリンド、そしてシグリの三人だけだった。
逃げ出したのではなく、任されたがゆえに決闘場から離れた少女の姿。
それは混乱渦巻く群衆の中、純真を抱いて立ち向かう。
「『穢れなき祈り』!!」
人が詰まって思うように出て行けない観客席に振り下ろされる石の爪。
数人を引き裂くような一撃は少女の周囲に展開された透明な壁に弾かれて石の竜は体勢を崩す。
惨劇を防いだのは空中に浮遊する聖女。
カナタがいる決闘場から観客席のほうまで駆け付けたエイミーだった。
「エイミーさん!」
「よかったわ、間に合って!」
ルミナ達の無事を確認してエイミーは屈託なく笑う。
ルミナとロザリンドに手を振られると、嬉しそうに手を振り返す。
そして注目されるように高く浮き上がって、大きく息を吸った。
石の竜が体勢を崩し、混乱がほんの一瞬収まった今しかない。
「全員聞きなさい! 我が名はエイミー・デルフィ・アインホルン! トラウリヒから訪れた聖女の名を冠する者!」
隣国トラウリヒの文化は貴族であれば嫌でも耳に入る。
聖女。それはトラウリヒのトップ教皇と並び立つ称号を持つ者。
スターレイ王国とは別の形ではあるが、国の顔となる高貴な地位そのもの。
「聖女……」
「トラウリヒの……?」
巨大な石の竜が体勢を立て直すも、注目はエイミーへと集まった。
聖女の名があるからといってこの国の貴族達に命令などできないし、協力だって容易に断れる。他国の重鎮として最低限の敬われ方をするだけで特権のような力はない。
だがその肩書きがエイミーの言葉に説得力を持たせることは出来る。
地位とは、特別な力を持つか成した人間に与えられるものだと貴族達は思いたいから。
「この石の竜は聖女の魔術で抑え込む! 見苦しい真似はよしなさい! この国の貴族は我先にと自分が助かりたいがために押しのける人ばかり!? 違うでしょう! 落ち着きさえすれば、こんなトラブルなんでもない魔術の国なんだから!」
……馬車の中での話はエイミーにとって衝撃だった。
他国から見える聖女の本当の役割。それを否定しない味方だと思っていた護衛騎士。
本当に大切なのは教皇の力であり、聖女はいわゆる狙わせるための撒き餌。
教皇の代わりに表舞台で道化のように踊り続ける影法師。
トラウリヒで聖女として過ごした日々が崩れるかのようだった。
国からは偽りの期待。
ハリボテへと捧げる民衆の信仰。
祖国が望むシステムを割り切れているわけではない。
どちらもぐちゃぐちゃな心では受け止めきれていないだけ。エイミーは何の整理もついていない。
「傷付いた者は教会に訪れなさい! そんでもって今からあなた達は傷付かない! このわたし……聖女の祈りがあなた達への全ての攻撃を受け止める!」
でも。それでも。エイミーを見てくる人達はいる。
協力を取り付けようと駆けずり回った自分を認めて協力してくれた人達が、努力と言ってくれる人達が少なくともここにはいる。
エイミーは観客全員を守りたいなんて思っていない。血と暴力が見たい輩なんて正直理解できていない。
彼女が守りたいのは数少ないその人達、そして何気ない一言。
"任せたぞエイミー"
聖女ではなくエイミーとして託されたルミナやロザリンドの無事。
期待も信仰もまだ受け止められないけれど、ここで出来た友人からの信頼だけには応えたいとエイミーは決意した。
それが、今選べるエイミーの生き方であり誇り。
「この聖女が味方についているのよ!? どう? 悪くないでしょ!?」
今こそエイミーは群衆を導く聖女となってその肩書きを振りかざす。
石の竜がエイミーに襲い掛かるが、エイミーが張った防御魔術はびくともしない。
観客達に向かうはずだった爪も尾も全てエイミーが受け止めて、民衆の混乱は次第に希望を見たかのような安堵へと変わっていった。
パニックは収まって観客の避難は嘘のようにスムーズに進んでいく。
誰かが押しのけようとすれば冷たい目で見られるようになり、血と暴力が見たかったはずの観客達はまるで貴族としての誇りを取り戻したかのように落ち着き始めていた。
ルミナとロザリンドも無事にその流れに乗って、出口へと進んでいく。
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「馬鹿な……いくら聖女の魔術とはいえ、俺の……改造魔術まで……。この……どこまで俺を……!」
バウアーの狙いはエイミーによってうまくいかなかった。
目の前のカナタは恐らく無関係な人間は傷つけたくないという甘ちゃんだ。
観客が狙われ始めればカナタは庇いに行くと踏んでの魔術だったというのに。
「……紛いなりにも世話になった人達を足蹴にするような真似がよくできるな」
「あ……?」
「ここで世話になってたんだろ。そのお前が、観客席の人間を攻撃するのか」
「何を、わかったような口を……うぶ……」
バウアーは吐き気を表情に出しながら、無表情のカナタを睨みつける。
カナタはそんな視線に臆さない。それどころかバウアーを見る目はさっきよりも冷たくなっていた。
「ここの客なんて悪趣味な、やつらさ……死んで何が悪い……?」
「ああ、悪趣味ってとこは同感だよ。でも、その悪趣味な客のおかげでここで暮らせてたんじゃないのかお前は」
「だからどうした? 俺はベルナーズだ! この国の侯爵家の人間だ! かつてアンドレイスに領地を奪われる前は最も偉大な貴族だった! 俺はその血を引いている!!
そこらの雑魚貴族のことだ、むしろ俺のためになるなんて光栄だろう!」
「……そうか」
カナタは失望したように目を伏せる。
「お前には……義理も誇りも、無いんだな」
「偉そうな口を……!」
「俺には理解できないな、世話になった人達を裏切るなんて……世話になった人達には、でかくなった自分を見せたいから」
「お前のような下の人間は媚びへつらえばいい、だが俺のような高貴な人間は思うがままに振舞うことこそ!」
「だからお前の未来はなくなるんだ」
「ガキが、いつまでも……!」
「ガキだと不満か?」
カナタの魔力が湧き上がる。
全身を包むような白い魔力は、エイミーが使う魔術の光と同じだった。
「なら見せてやる――『未来への歩み』」
閃光が辺りを包む。
光が収まって、バウアーがカナタのほうを見れば――
「は? あ? な、えあ!?」
それは第三域に達しているバウアーをもってしても理解不能だった。
小柄だったカナタはどこかへ消え、自分の目の前にいるのはカナタに似た……十六、十七くらいの少年が目の前にいる。
一瞬シャーメリアンの転移かと疑うが、そんなはずはない。
「馬鹿な……ま、まさか……」
「これで満足か? あんま長くはもたないんだ、大人ってほどでもない」
「おい、まさか……! 今の光……聖女の魔術……!? 成長……自己成長を……!?」
バウアーは現実から目を逸らすように首を振る。
その瞬間、カナタの姿が目の前まで迫ってきた。
子供の時とは桁違いの速度にバウアーは反応できない。
カナタはそのまま魔力で強化された拳をバウアーの腹部に叩き込む。
「ご、ぶっ……おえ……!」
「で……だ」
苦悶に満ちた表情でバウアーは体を丸めて、痛みに耐えながらカナタを見上げる。
「お前、どこ狙ってんだよ?」
成長したカナタの表情はどこまでも冷たくバウアーを見下ろしていた。
……バウアーは短絡的な思考のまま選択を間違えた。
ルミナとロザリンドがいる観客席を狙わなければ、もう少し甘くいてくれたかもしれないのに。




