第37話 王都エヴィメリア
エイル達は王都への道中、予定通り国防軍の救護部隊と接触し、ドワーフのクロムと、エルフのリィズとロテュシュ親子を預ける事になった。
「スズちゃん! 私は王都のドワーフ自治区に居るから! 絶対に遊びに来てね!」
「クロムちゃん! 大丈夫だよ! 私もお父さんからお遣いを頼まれてるから絶対行くよ!」
「スズちゃーん!」
「クロムちゃーん!」
「あのー、王都で直ぐに会えるんで、離れ離れみたいなのやめてもらって良いですか?」
中々離れようとしないドワーフ二人に、国防軍の兵士が憤りを感じている中、デュオセオスと別の兵士がエルフの親子の事で話しをしていた。
「このエルフの方は、過去の例に倣って引き取り手が付くまでは一旦は王の奴隷という形で預かる事になると思います」
「まあ、それが妥当だろうね。奴隷とは名ばかりの最高の身分保障と安全保障、そこに文句は無いが、子供はどうなるのかな?」
「子供は?」と聞いて、兵士は少し黙ってから恐る恐る答えた。
「子供······赤子は労働力にはなりませんので、母親と一緒に奴隷と言う訳には······孤児院で引き取ることになるかと」
「何故だ? 子供はまだ母親を必要としているぞ?」
「そうは言われましても······」
結局その場で解決はせず、デュオセオスの意見書を持ち帰り協議するということになった。デュオセオスも当然自分の言い分が通らない事は、施政の立場に有ることから重々承知の上だった。それでも問い詰めたのはイリシュの気持ちがあっての事だ。
イリシュの「これからは子供と二人で幸せだな」の言葉に、兵士から被せられたのは「親と子は別々だ」だった。それに我慢が出来なかったイリシュは、兵士に掴み掛かろうとたところをエイルに押さえられ、馬車の中で頭を冷やすことになっていた。
少し険悪な空気を孕みながらも、アルトレーネ一行の馬車は国防軍の馬車を追って走り森を抜け、エリフの集落とも、アルトレーネのサリ村とも、トルレナの町とも違う想像だにしていなかった巨大な町を一望すると、王都という言葉を理解し目も心も奪われた。
国号と同じエヴィメリアを冠する王都エヴィメリア。
近年大規模な争いが発生していないこの国では、高い城壁は重要視されておらず、森を切り開いた平地には高さ1メートル程度の柵が広大な農地を囲み、その中央に堀に囲まれ人の居住区がある。
人口増加に伴い堀の外では居住区画の拡張工事が、柵の外では農地の開拓が行われており、その労働者には国防軍の監視の下、犯罪奴隷が充てられている。
魔獣達の歓迎を受け、開拓作業をする兵士と罪人を眺め、農作業をする人と家畜の横を通り、田畑を抜けた先の深い堀には、一応形ばかりの門を構えた大きな橋があり、エイル達は橋の手前の東門で検問を受けていた。
「アルトレーネ領より、デュオセオス·アルトレーネ以下10名と魔獣1体、馬車2台と御者がそれぞれ1名ずつです」
キャロルが門番の兵に人員を報告すると、門番の兵は馬車が掲げるアルトレーネ領主家の紋を見て、取り敢えず形だけの検問を始めた。
馬車を覗いてデュオセオスに挨拶をし、人数を数えて虚偽の報告が無い事を確認し門を開ける。それだけの仕事の筈だった。
「あのぅ、申し訳ないのですが、あの角山犬はお連れの魔獣でしょうか? 一体多いかと思われますぅ」
門番が視線を向けた先には、尻尾を丸めた情け無い姿の角山犬が居た。
「アイツ、ついてきてたのか?」
「全然気が付きませんでしたね」
「ああ、彼はだね······何故かついてきてしまったんだ。国防軍で引き取って貰えないかな?」
「いやぁ、どうでしょうね。あんな気の弱そうなのじゃ務まらないんじゃないでしょうか? こちらへ危害を加えないのなら、番犬代わりに置いておきますが······番犬になるかなぁ?」
「ま、まあ、お任せするよ」
無事に検問を済ませ柵が観音開きに開かれ、外からも見えてはいたが、中心の王宮に向かって延びる石畳が敷かれた道、その両側に建ち並ぶ石造りの家が顕になった。
「凄いです。家が石で出来てますよ! 木は窓と扉と屋根くらいだ! ここじゃあ親父は食っていけませんね!」
「家の中は木が多いかも知れないぞ! でもこれは凄いな! ヨーロッパの古風な観光地に来たみたいだ!」
アルトレーネ領で最もモダンな町トルレナでも石畳なんて見る事はなく、あっても雨降りに泥濘む所に砂利を敷いているくらいだ。
建物もほぼ木造建築で、石造りの建築方式を取っているのは教会や領主の館くらいで、それでも壁の一部くらいに留まっている。
「さて、私達は宿へ荷物を降ろして王宮へ挨拶に向かうが、君達は王都を観て回るだろう? オフィーリア、皆を任せたよ」
デュオセオスは、キャロルと医者の先生を連れて馬車で宿へ向かった。荷の積み降ろしは宿の者が行なうという事で、デュオセオスの手を煩わせる心配も無い為、エイル達は気兼ねなく観光をすることにした。
「さあ、どうしましょうか? 大通りから見て回るとして、見ての通り王都は広いからとても回りきれないわ」
王都エヴィメリアはおおよそ円形で、細かい事を除けば四方へ対象な作りになっている。一応正門扱いは太陽が登る東で、王宮の正門も同じく東だ。
王宮周辺の中心区画は、東に今回の大会の会場でもあり、住民の憩いの場でもある王宮庭園が整備されている。その庭園だけでも、トルレナの町が入ってしまいそうな敷地面積を誇っている。
中心区画の他の3方は貴族の居住区になっており、立派な屋敷と庭園が並んでいる。エヴィメリア王国には王族3代という神話由来のシステムが有り、たとえ元王族でもその後ろ盾を使えるのは3代までで、国家へ貢献し王の子女と婚姻を結び直さなければ、平気で関係を切られてしまう。言い換えれば、国家貢献出来ない様な奴は要らんという事だ。
第三王子とエルミアーナの屋敷も現在建築中で、王太子が国王に即位した際には王宮から引っ越し、王族からランクを少し落とし貴族として生活をすることになる。新築も有れば、没落した貴族の屋敷が取り壊されていたりもして、貴族というものの代謝が今現在も行われているところだ。
その渦中に居るのが第三王女フリーディアで、もう後が無い貴族達はまだ嫁ぎ先の決まっていない彼女をめぐり、家業のアピールの為に連日王宮に訪れている。フリーディアがアルトレーネへ訪領したのも、それの息抜きだったのかも知れ無い。
王都エヴィメリアの東西南北に走る大通りを、45度回転させて架空の線を引き、その始角45度の90度に等分された区割りを東区、北区───と呼称している。今エイル達が居るのが東区で、もっと細かい分け方をすれば東南区、王都へ向かって大通りの左側の区画だ。
通りに面したところには飲食店やアパレル等の店舗が構えている。そのあたりの序列はトルレナと同じで、通りから奥に入るにつれ現地の一般庶民御用達になっている。
建物の見た目の序列も有り、王宮に近い程大きな家が建ち、そこは元貴族で自力で事業を回せる者が居を構える事が多い。そこから外に向かって、家の規模が小さく見すぼらしくなり、通りに面していない外縁部はバラック小屋が建ち、更に区画の堺は家も持てない者達の貧民街になっている。
エイル達が大通りに面した商店を覗き軽食を口にしながら歩く中で、目についたのは労働をする子供達の姿だった。
作業内容は大通りの清掃で、落ち葉や食べ残しを広い、吐き捨てられた痰カス等の汚れを拭き取り、通りを綺麗に保つのが仕事だった。
「あの子達は孤児院に入れなくて、誰かに引き取って貰った代わりに働いている子供達よ。王都は人が多いから······どうしてもそういうところが目立って出てきてしまうの」
オフィーリアはそう言って、少し口を付けただけのバゲットサンドを、汚れの少なそうなところへそっと捨てた。
「お腹いっぱい、食べきれないわ」
「え? オフィーリアさんどうして? 勿体ないよー」
「さあ、皆さん行きましょう? お掃除の邪魔になってしまうわ」
オフィーリアに促されて、エイル達は次の店へ進んだ。人の目が少なくなったところで、捨てられたバゲットサンドに一人の少年が駆け寄り、砂を払って大事そうに懐へ仕舞った。
大通りの商店組合が支払っているゴミ拾いの報酬など端金だ。更に頑張って働いても保護者に徴収されて全てが自分の懐には入らない。なけなしの小遣いを仲間と出し合って、パンくずを買って腹を満たす事は出来るが、それはその場しのぎでしか無かった。
仕事中の金品の受け取りは、贔屓や妬みが出てしまうので原則禁止になっている。しかし、子供達が拾ったゴミをどうしようと、最終的に通りが綺麗になっていれば誰も文句を言う事はない。
一人に手を差し伸べれば、その次そのまた次と、終わらない連鎖が始まる。
給金を上げれば、大人の労働力を必要とする仕事から人が流れ、公助の枠に入れなかった子供等の食い扶持が無くなってしまう。
いつから始まったのか、この長年掛けて築かれ浸透した人の業は、ろくな教育を受けられなかった子の次の代の貧困を約束し、大通りの景観を保っている。
それを理解した者は、その境遇を憐れみ、共助を放棄した自分の責任をパンに転嫁して路上に捨てて行くのだった。
(仲間と分けるのか独り占めか······どちらにせよ、これがもう社会のシステムになってるんだろうな)
チラッと横目で見ていたエイルは前世の世界を思い出し、文化文明の違いと、世界が変われども決して変わらぬ人の業を新ためて実感した。
ようやく王都に着いた王都編




