第36話 愛憎
何故かこの作品のエルフは待遇が悪い。きっと私は前世でエルフに酷いことをされたのでしょう。そうでしょう。
エイルは両腕でエルフの母を抱えている。そのエルフの母リィズは奴隷の首輪を着けられておらず、エプリーの事前情報では行方不明扱いではない。それが意味するところは、非公認で取り引きされて来たということだろう。
その母の胸には、少し色のくすんだ金髪に少し尖った耳が特徴の、ハーフエルフの赤ん坊ロティシュが抱かれている。その事はリィズもイリシュに多く語らず、イリシュもエイルに「父親はこの国の誰かだ」と、その一言だけ言った。
今リィズはエイルの目など気にも止めず、エイルの腕の中で堂々としているが、エイルの方は少し目のやり場に困ってしまっていた。
(母は強しって言葉があるけど、こういう事なのかな?)
やっぱり気になって、エイルが授乳という慈愛に満ちた生命のメカニズムに目をやっていると、エルフの母から優しい笑顔を送られ、エイルの目は再び泳ぎ始めた。
「エイル、じっくり見てたってベルに言うぞ? クスクス───」
イリシュはドワーフの少女クロムを背負って、エイルの隣から授乳中の親子を見守っている。クロムもイリシュの背中から同じ様にエルフの親子を優しく見守っていた。
その後にはフルールが凄く嫌そうな顔で、背中に目隠しと耳栓をされた満身創痍の賊の男を乗せてトボトボと歩いている。
更にその後ろには、腰が引けてびっこを引く様に歩いている角山犬がいた。あのままあの場所に居ては、血の匂いに誘われた魔物や獣の糧になるだけなので、そんな所には居られず、尻尾を巻いて服従し最後尾に付いてきていた。
「フルール! 無事で良かった! ───あ! 赤ちゃん!!」
エイル達がビオンの所へ戻ると、エプリーはフルールの無事に喜び、エルフの赤ん坊を見つけるやいなや、顔を近付けあやし始めた。
後ろ手に縛られたメイド服姿の猫型獣人が、変顔で赤ん坊をあやし始めた事に、リィズとクロムは困惑しロティシュはキャッキャと喜んだ。
イリシュとリィズはエルフ語で少し話をして、イリシュがエプリーにリィズの言葉を伝えた。
「助けてくれてありがとう、と言っているぞ」
「······フン!」
「貴女が助けてくださったのですか?······あれ? 何で縛られて?」
「いやぁ、それは何ていうか······アンタ話しなさいよ!」
「俺がか!? そうだな、皆んなのところに着くまでに経緯を話しておくか」
───エイルがここに至るまでの経緯を話し終わる頃には丁度森から抜ける事が出来、イリシュの背中に同い年くらいのドワーフの姿を確認すると、スズがイリシュに駆け寄り、イリシュはクロムを降ろした。
「私はスズです。スズ·アーロイです! お怪我は有りませんか? 怖かったですよね」
「私はクロム·コートです。怪我は大丈夫です。皆さんに助け···て······ぅう、うう! うわああああん!」
「クロムちゃん!? 泣かないで···うう、うわあああん!」
スズとクロムは抱き合い、二人のドワーフによる涙の合唱が始まった。
他の待機組のメンバーは、ドワーフより少し小さい身体の命を見つけるとエイルの周りに寄り、ベルとミーアとオフィーリアはエイルには目もくれず、赤ん坊の手を握ったり、手を振ったり、「可愛いと可愛い!」と代わる代わる構っていった。
デュオセオスと医者の先生、それとキャロルは赤ん坊に後ろ髪を引かれながら、イリシュに呼ばれて賊の男の周りへ集まっていた。
「コイツが多分リーダーだ。後の二人は殺した。それと角山犬を一体殺した。荷は捨てて来て、そこの角山犬は何故か付いてきた。それと医者の先生、彼女の脚を見て欲しい。脚を傷付けられて動かない様なんだ」
イリシュに言われて医者の先生がエルフの脚を診るが、申し訳無さそうに首を横に振った。
「この傷はだいぶ古い傷だ。昨日今日で付けられたものじゃない。もっと前に······それこそ捕まったときに逃げられないようにされたのかも知れ無い」
医者の先生の言葉が終わると、イリシュは賊の男をフルールの背中から地面に叩き落とし、まだ無事な方の膝を踏み潰した。いよいよ全ての四肢の自由を失った男は、絶望の絶叫を森に響き渡らせた。
「イリシュ、気持ちは分かるが、これでも大事な証人だ。洗いざらい証言するまでは生きていて貰わなければならないからね」
デュオセオスがイリシュを窘めると、イリシュは深く深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせた。
取り敢えず王都に行こうかと話を進めていると、エプリーが何かに気付き、そわそわし始めた。
「ヤバイヤバイ! アレ、アレ見て! アレ国防軍でしょ? ちょっと話が違う! どうしてくれんのよ!」
巡回中の国防軍だろう。角山犬に跨った4騎編成の分隊がエイル達の方へ走って向かって来ているところだった。
「エプリー、君は僕の侍女だ。良いね? キャロルの隣にしれっと立っていれば良い。ついでに名前もエリーにしておくかな?」
そう言ってデュオセオスは、こっそりとエプリーの縄を切って手渡した。それは傍から見れば、賊を縛り上げた縄の残りをエプリーが持っている様だった。
「え? ああ···あ、はい。畏まりました」
「よろしい。エリー、キャロルの隣に着きなさい」
エプリーは一礼すると、キャロルの隣にそそくさと移動して、デュオセオスが騎士達の方へ進むと、キャロルと共にその後を追った。
分隊長の男は、侍女を二人引き連れた男をアルトレーネの紋を掲げた一行の長と判断し、角山犬を進めた。
「これはアルトレーネ家の御子息様でしょうか?」
ズバリ名を当ててず確認をするところを見るに、この兵はあまり位も教養も高くないのが窺える。それでも家紋の識別は出来て、現領主の年齢と息子の年齢くらいは知っているようだ。
「私はデュオセオス·アルトレーネだ。兄友共宜しく頼む」
素性が知れたところで、騎士達は慌てて角山犬から飛び降りた。
「大変な御無礼を失礼致しました! ところで、大きな悲鳴が聞こえましたが、これは······いったい?」
「我がアルトレーネが誇る魔獣、ビオンがドワーフの匂いを感じ取ってね」
「ああ! あれですね! あの鉄と油の匂いですね!」
((ガーン!!))
「アレクス、黙ってろ······」
アレクスが余計な口を挟んだが、心当たりがあるのか騎士達の中に頷いている者も居た。
「ま、まあね。それで、その匂いが藪を越えて森の中へ続いていたから気になって、精鋭に追跡をさせたところ、そこのエルフの母子とドワーフを保護したのさ。それと、そこの彼が賊の生き残りだ」
それからデュオセオスと騎士が話を進め、三人の騎士が現場を確認しに森へ入り、一人が王都へ救護を要請しに向かった。
そして、エイル達はゆっくりと王都へ向かい、王都からの増援部隊と合流した際に、ドワーフとエルフの母子を引き渡す運びになった。
「さて、私はもう逃げちゃっても良いの?」
国防軍の目が無くなったところで、エプリーが切り出した。
「そうだね。今の内に行くと良い。皆も良いかい? 私達は盗賊エプリーの事は知らないよ」
もし国防軍から聴取を受けた際に嘘をつく、そこに後ろめたさは有るが「盗賊は信頼が命」───その言葉にエイル達は首を縦に振った。
「助けて頂きありがとうございました。あの······エプリーさんは、本当に盗賊なんですか?」
「本当よ。王都ではスリと泥棒やってるから宜しくね! じゃあねぇ~ロテュシュ〜」
エプリーはクロムからの感謝と疑問の言葉に答えると、エルフの赤ん坊に手を振ってから、フルールの背に乗った。
「そんじゃ! これ貰ってくわ!」
「あ、私の着替······」
「それと、これ返すわ」
メイド服姿のエプリーは、亜麻の巾着袋と緑の布地の巾着袋をエイルとイリシュに投げ、勝ち誇った顔で銀貨をチャラチャラとジャグリングすると、森の中へ颯爽と走り去って行った。
「······あの時か?」
「気を抜いたつもりは無かったのだが······憎たらしい奴、銅貨だけ残してある」
イリシュが巾着の中身を確認すると、銅製の10リィンと100リィン硬貨だけが入っていた。
「情報料だと思えば安いもんだな」
エイルはスズと手を繋いで笑顔を見せているドワーフのクロムと、エルフの母子リィズとロティシュを見て、盗賊のエプリーにひっそりと感謝をした。
(それにしても、俺の財布やけにデカいな? 何が───)
エイルは自分の巾着袋から布の塊を取り出し、広げてみた。
「············うわぁ」
隣のイリシュが一歩引いた。
「エイルさん、それってベルの······? 持ち歩いてるんですか?」
「ベルはこんな変態チックなの履いてないぞ! それに、ベルのだったとしても持ち歩かんぞ!」
巾着袋の中に詰め込まれていたのは、王都の夜の街で流行り出したヒップの布が細い縦一本だけで、腰紐を結んで履く所謂Tバック紐パンの、使用感漂うくたびれたやつだった。
過激なパンツに絡めて名前を出されたベルは耳まで真っ赤にして顔を隠し、実は履いてるキャロルは自分には関係無いとそっぽを向き、オフィーリアは何故か勝負に出るべきだと確信し購入を決意した。
「ワウ! ワンワン!」
「え? ビオンがそれはアイツの······だって」
「きゃああああ! エイルさん! それ捨てて! 早く、それ捨てて下さい! 巾着も新しいの縫いますから!」
「汚ったねぇな、あの変態泥棒! 次会ったら国防軍に突き出してやる!」
殉職した巾着袋と変態女のパンツを炎魔法でお焚き上げして、エイル達は王都へ向かうのだった。
・ビオンとエプリー
「ねえちょっと、えーと、ビオン。おしっこしたいんだけど、袖放してくれない?」
「グルル───」
「逃げないわよ! やべーんだって!───ありがとう賢い子ね。あー、紐で良かった······あっ! げえぇ、落としちゃった······もう履きたくないな······」
「ガルゥ!」
「急かさないでよ! 直ぐしますー」




