第35話 手を汚すな
後ろ手に縛られたエプリーが御者に指示を飛ばし、攫われたエルフとドワーフの元へ道案内をしている。前方の景色が見えるように、客車の手前側、御者の背後に座るエプリーが良からぬ事を働かぬ様に、エイルは縄を短く握りエプリーの隣に座っていた。
「ねえ、アンタどっかで見た事あるわよね?」
エプリーがエイルの腕に身体を預け、肩を頬で撫でながらどうでも良さ気に言った。
「さあな。離れて前だけ見ていろ」
エイルは手を縛る縄を上に引き上げた。肩の関節が極まり、エプリーは大袈裟に叫びながら元の位置へ大人しく座った。
「ああ、思い出した。あの時の······アンタ女居るの? どう? わ·た·し」
「黙って案内してろ」
「エイルさん、あの時って? その女の事ベルは知ってるんですか?」
「お! そこのお兄さん、ベルってだあれ?」
「ベルには話をしてある。アレクス、こいつと話すな、飲まれるぞ」
「暫く道なりだから、アッレクッスくん! お話ししーましょ!」
今馬車は王都を背に隣国への道を走っており、先を行くエイル達の馬車にはエプリーの相棒のフルールと、その監視役のビオンが並走しており、後に続くベル達の馬車では、ミーアとスズが頭を抱えていた。
「私の所為だよー、私がバカだから······」
「ミーア、みんな何度も言ってるよ。ミーアがアイツを殴ったからこうして助けに行けるって。だからミーアの所為じゃないの」
このまま行けば賊との戦闘は避けられず、余計な危険に首を突っ込む事になってしまう。その事にミーアは責任を感じ、ベルに慰められていた。
「どうか、どうか無事で居て······」
スズはオフィーリアの翼に包まれ、同族の安否を心配して無事を祈っていた。
「大丈夫よスズさん。『初モノ』ってことは、何もされて無いわ。あの女も言っていたけど“盗賊は信頼が命”。何もしない、手を付けていない状態で売る。その約束があるなら守っている筈よ」
「オフ······“コブツキ”の意味を教えて欲しい」
「イル······それは、子供が居るって言うことよ」
「そうか······」
イリシュは落ち着いていた。世界を旅したオフィーリアは、盗賊と戦闘をしたことは有るが、まだ殺しをした事はない。その点イリシュは、エルフの森での人との領土争いで、多くの人命をその手に掛けてきた。捕虜の奪還も何度か経験は有るのだろう。その態度は恐ろしいまでに冷静で、オフィーリアは一瞬目を合わせただけで、強力な魔物に追い詰められたときの事を思いだす程だった。
「あー、この辺りで止めて。ここから先は馬車は通れないから」
エプリーが隣国へ向かう街道の途中で馬車を停めさせ、馬車から降りて街道沿いの茂みで何かを探し始めた。エイルも一緒になって目を凝らしてよく見ると、比較的新しい人と動物の足跡が残っているのが確認できた。
「ここから入って行くのか?」
「そうよ。正規の商人に偽装出来れば堂々とこのまま国境を渡るけど、今回はモノがモノでしょ?」
「良いのか俺達に教えて、秘密の抜け道なんだろ?」
「捕物があったなんて情報が入れば、新しいとこを考えるわよ」
エプリーが言うには、こういうときは冒険者に偽装して行動するので、賊の戦力は3人か4人が妥当で、人の足代わりと荷物持ちで、角山犬が2体は居る事が想定される様だ。
この先へはエイルとイリシュとビオン、それとエプリーとフルールで行くことになった。
「アレクス、皆んなを任せたぞ」
「はい! エイルさんも気を付けて行って下さい!」
街道に残るアレクス達は、盗賊との偶発的な戦闘を回避出来るように少し移動してただの小休止を装い待機。身バレを嫌ったエプリーは、キャロルのメイド服に着替えさせ、頭巾を被せた。
森を疾走るフルールの背中には、イリシュと短剣を突き付けられたエプリーが乗り、エイルとビオンがその後を追っている。
「ウゥ───グルゥゥ」
「あー、近付いたみたいね。こっちが気付いたって事はあっちも気付いてる」
「エイル、近いそうだ。ビオン、コイツとここで待っていてくれ」
イリシュはエプリーを降ろし、エイルに縄を渡した。エイルは手頃な木に縄を結び付け、エプリーの着ているメイド服の袖をビオンに噛ませた。これはミーアが教えた合図で、エプリーが逃げるなり攻撃するなりすれば、ビオンは容赦無くエプリーを咬み殺す事になる。
袖がヨダレでベトベトになるが、洗うなり新調するなりはデュオセオスが考える事だ。
「よし、良い子だ。少しの間、私の言う事を聞いてくれ」
イリシュはフルールの首をワシワシと撫でてやる。フルールは大好きな主人の撫で方との違いに戸惑いつつも、従わなければならないという状況は理解できていた。
「じゃあ頼んだぞビオン。約束があるからな。魔物が来たら、そいつを守ってやってくれ」
エイルとイリシュはエプリーをビオンに託し、敵の元へ駆け出した。
イリシュは左手の弓付きの手甲の紐をきつく締めると、並走するエイルに話し掛けた。
「エイル、あなたは人を殺した事はあるか?」
「───無い。イリシュは、戦争······してたんだよな」
「エイルは人を殺してはいけない。私が殺す」
「······気遣いありがとう。それなら魔獣は引き受けた。───ああ、証言を取りたいから、リーダーっぽいのは生かしておいてくれ」
「分かった。───エイル見えてきたぞ!」
「ああ、確認した! 先に行く!」
エイルは近くにあった太い木の幹を蹴り、一気に距離を詰めた。
───木々の陰から雷光の如く飛び出したエイルに賊の男は驚き、急いで矢を射るが回避の必要がない程的外れなところへ飛んでいってしまった。
「クソっ! 国防軍じゃないぞ、冒険者か? 兎に角やる気だ! さっさと荷を降ろせ!」
「うるせえぞ下手くそ! 矢ァ外してんじゃねえ! ───よし行け! 食い殺せ!」
「テメェ等も降りろや!───よし! お前も行け!」
賊達は男が三人。最初に矢を射掛けた男が指示を飛ばし、あとの二人が2体の角山犬の鞍を外ずし、片方は積荷を、もう片方はボロを被ったヒトを乱暴に突き落とし、身軽になったところでエイル向けてけしかけた。
二体の角山犬がエイルに迫る。先行した方の角山犬は、“危険な武器を持たないただの人間”の顔を噛み砕かんと、大口を開けて飛び付いた。
(済まない、供養はしてやる)
エイルの右足が大地を蹴り、勢い良く振り上がる。靴底が角山犬の下顎に触れ、踵が下顎を引っ掛け強引に口を閉じさせた。
上顎の牙と下顎の牙がめちゃくちゃに噛み合い、砕け、刺さり、エイルの足が天に向かって振り上がると、角山犬の下顎も首の可動域を越えて天を仰いでいた。
潰れ、砕け、折れる。何とも表現し難い聞くに耐え無い音がして、盗賊の3人が視線を移し、目の前を走っていた仲間と、有り得ない姿勢で目が合ったもう一体の角山犬は気が動転して、腰が砕け尻尾を丸め、逃げ出そうにもその場でバタバタ藻掻くことしか出来なくなった。
「な······何がおこったんだァアア!!?」
「有り得ねえ! 有り得ねえだろう? にんげぺ───」
自分と同じ人間、それが起こした有り得ない現象に盗賊達は慌てふためき、その内の一人の頭に矢が刺さり倒れた。
「うおおおお!!!? 撃て! 矢でも魔法でも矢でも何でも良いから撃て! 殺せ!」
「うわあああ! 聞いてねえぞこんなの! 聞いてねぇ! 誰だよ密告ったっぽぉ───」
気の抜ける声にリーダーらしき男が隣を見ると、眉間に矢を受け倒れて行く仲間と目が合った。
最後に残った男は気が狂った様にイリシュに向けて矢を射つが、何故か直前で反れてしまう。
「何だよコイツ! あ、金髪? エルッッァアアア!!!!」
次の矢を番えていた男の右手から矢が入り、肘から鏃が顔を出した。
「ッくあぁアあ! っぎゃあああ!!!」
左の二の腕を矢が穿つ。
「はあぁアああ! もう! もうやめてぇえええ! ころしゃないでぇええ! ッッゃああああああ!」
男は膝に矢を受けて倒れた。その拍子に既に刺さっていた矢が肉を刳り、のた打ち回り、更に抉れてのた打ち回わる、地獄のサイクルが回り始めた。
「矢を抜いてやる。動くな。殺すぞ」
イリシュは一切の容赦無く男の胸を踏み付けて、暴れる男を押さえて黙らせ、容赦無く矢を抜き応急処置を行っていった。
エイルは人の武器による同族の死体と、一切の躊躇無くそれを実行したイリシュの姿に恐怖と嫌悪を覚え、目を背けながら保護対象の元へ歩み寄った。
「もう大丈夫ですよ。近くに仲間が待っています。立てますか?」
一番大きい人物が顔を上げるとボロのフードが脱げ、金髪に尖った耳のエルフの女が、エイルの顔を困った様に見上げた。
「ゴメンナサイ······ゴメンナサイ······」
エルフはへたり込んだまま、片言のエヴィメリア語で謝っている。
「ごめんなさい、冒険者さん。この方は両足を動かなくされていて立てないんです」
エルフの胸に抱えられていた2つの固まりの1つが、自分の足で地面に立ちエイルにそう言った。その言葉を聞くやいなや、イリシュが賊の男の顔面を殴り、大きな悲鳴が上がった。
「ドワーフだね。待っている仲間にドワーフの女の子が居るんだ。そのエルフの女性は俺が背負って行くよ」
「ぅう······あーあー」
エイルがしゃがむと、エルフの胸に抱えられたボロ布がもぞもぞ動き、まだまだ言葉にならない声が聞こえた。
「背負うよりも、抱き抱えた方が良いかな?」
エイルとイリシュは、無事にドワーフとエルフを保護し、盗賊を一人連行し帰路に着いた。




