第31話 選手選考会 決着
無駄に綺麗な鐘の音が響くと、エイルとアレクスが地面を蹴り、巻き上げた砂粒は観客の顔まで届いた。
「うおおおお!(エイルさん! 貴方が教えてくれた技術で、俺は貴方を倒します! 俺のカクトーギを見て下さい!)」
雄叫びと共にアレクスが振り下ろす剣、その握り手をエイルは左の蹴上で弾く。
剣を弾かれたアレクスは、脚をスイッチし左足を前に出すと同時に、エイルの顔面へ左手に握る盾でジャブを。エイルは蹴り足を下ろすと同時に、ストレートの照準をアレクスの顎に定めた。
動作が小さい分アレクスの初動が勝り、アレクスの盾の打突部の十数センチのリーチは、十分な余裕を持ってエイルの顔面へ到達するだろう。
エイルは攻撃からしゃがんで回避に転じ、アレクスの盾は空を切る。エイルはそこからアレクスの脚を刈りにいくが、アレクスは跳んで回避しエイルの脳天目掛け剣を振り下ろした。
避けるか刃のない部分を受けるか───エイルが答えを出そうとした瞬間、アレクスの陰からベルが放った風弾が飛び出してきた。
ベルはアレクスの背中越しにエイルを捉えている。しかし、ベルが見ていたかったのはアレクスの背中では無く、エイルの大きい背中。服の上からでも分かる分厚い筋肉。本当は腕は回るけれど、抱き着いても腕が回らないと錯覚する程の抱きつき甲斐のある逞しい背中───それの筈だった。
(なんでそっちに居るのよ······バカ!···バカ!バカ!)
エイルの真横まで到達した風弾から、新たな風弾が発射され、エイルは回避を余儀なくされた。
飛び退いた先に、更に一度、二度と風弾の追撃を合わせられ、エイルは距離を大きく開ける事になったが、何とか無傷で回避しきることが出来た。
「ベル! 邪魔をするなよ!」
そう言ったのはアレクスだった。エイルとの一騎打ちを邪魔されて、少し腹が立ってつい口から溢れてしまった様だ。
「うるさい! 元はと言えばアレクスが余計な事を言ったからでしょ!」
アレクスの余計な一言がベルの感情を刺激して、ベルもつい声を荒らげてしまった。
「え!? 何で?······ご、ごめん?」
(アレクス······なんか、スマン。いや、今のはアレクスが悪いか)
ベルに怒鳴られたアレクスは、訳が分からないながらも即答で謝った。リングの外ではミーアとイリシュ、観客に紛れてシュナとスズも、アレクスの鈍感さに頭を抱えた。
「エイルに挑戦する? そんな事何時でも出来るでしょ! 今やることじゃないのは分かるわよね!」
「はい!」
「じゃあ、さっさと構えて! 当てれば勝ちなんだから、畳み掛けるのよ!」
「はい!」
会場からどっと笑いが沸き起こる。どうやらこの後の酒の肴は決まった様だ。
アレクスが突撃し、ベルはアレクスの戦闘の邪魔をしないように、アレクスの頭上を通して魔法を放つ。
ベルが怒れてしまったのは、アレクスの無神経な発言は切っ掛けに過ぎず、度重なる高度な魔法技術の乱用による頭痛が主な原因であった。それに魔力の残量も心許無く、決着を急ぎたい気持ちが強く出てしまっていた。
アレクスは付かず離れず、切っ先がエイルに当たるか否かの間合いで闘っている。これは容易に避けられるが、エイルも容易に攻撃に転じることの出来ない間合いだ。
エイルとアレクスが初めて手合わせをしたときは、アレクスは剣を抜かせてすら貰えなかった。それから稽古で手合わせを重ねて行くうちに、アレクスは剣を装備していれば、エイルと対等に闘える程に成長していた。
お互いに決定打を打てない二人は、この状況を崩す第三者の介入───ベルの魔法を待っていた。エイルはこの試合のルール上、魔法に対しては回避以外の選択肢を持っていない。更に重畳魔法なんて高等技術もある為、上体だけや脚をちょっとずらすだけの回避では回避の内に入らない。
アレクスの頭上を越えて、ベルの放った風弾がエイルの頭上に達し、追撃の風弾が放たれると、エイルは右に重心を移した。
(左に跳ぶ! なら!)
その場から一歩でも動く回避行動は、謎の力で真横にスッ飛ぶ様に動かない限りは、必ず最後に地面を蹴る足が残る。アレクスはエイルが自分から見て左に跳ぶと判断し、エイルの左脚を斬りに掛かった。
(アレクス! それはフェイントだ!)
エイルは体勢を戻すと、右手でアレクスの剣を握る右手を掴み取り、ベルの風弾へ自分の手ごとぶち当てた。
「痛ってぇぇ!(ベル加減しろよ! これは右手が死んだって事で良いのか? エイルさんも?)」
「うっ!?(ベルもちょっと優しく······。アレクス剣放せよ? 握ったままはズルだぞ!)」
エイルは右手を下ろし、アレクスは木剣を手放し同じ様に右手を下ろした。
中断の鐘はならない───寧ろ鳴らせなかった。審判にもどう判断すれば良いか分からない状況かつ、白熱した闘いの最中なのもあり、二人の判断に丸投げされていた。
負傷扱いの右手を下ろした流れでエイルは左の拳を握り、アレクスは左手の盾のグリップをきつく握り締めた。
「魔法拳!」
「(何だそれ? 何言ってやがる······)あ!」
エイルはアレクスの、アレクスはエイルの、お互いに顔面を狙ってパンチを繰り出そうとしていた。ただ、アレクスの盾には魔力が集中しており、そんな盾で殴られて、インパクトの瞬間に魔法を打ち込まれては、死亡判定を頂戴するのは確実だ。
エイルは強引に身体を捻りパンチの軌道を変え、アレクスの盾にぶつけた。
エイルの気合の拳はアレクスの風弾と盾を粉砕し、アレクスの手には固く握られたグリップだけが残った。
「(これで両手が死んだ!)ははっ! やるなアレクス!」
「っしゃあ!」
アレクスは決着が望ましかったが、それでもエイルの両手を潰せた事に歓喜の声を上げ、残ったグリップ部分をエイルに投げ付けた。
エイルは首を傾げて投げ付けられたグリップを躱わし、それを合図に二人はぶつかった。
アレクスはエイルのミドルキックを金剛で耐え、少し足が浮きながらも、エイルの顔面へ気合いの入ったパンチを打ち抜いた。
流石のエイルも大きくグラついたがなんとか踏み止まり、お返しの渾身のローキックをアレクスの腿に叩き込んだ。
「ッッ~~~!!!」
バチーン!と肉をひっ叩く気持ちの良い音は聞こえず、ドチャと肉を潰す音を立て、エイルの脚はアレクスの両足を地面から毟り取りながら振り抜けた。
両足を先頭にして不自然な格好で5メートル程吹っ飛んだアレクスは、何度か立ち上がろうとして崩れ落ち立ち、やがて自分で赤のスカーフを千切り取り審判に言った。
「脚に力が入らないです······降参します」
アレクスが担がれて運び出され、リングにはエイルとベルだけが残り、試合再開の鐘が鳴らされると早速ベルが口を開いた。
「私のことなんて忘れて、アレクスと二人で楽しそうでしたね。───エイルさん、もう勝ったと······もう終わったと思ってます?」
ベルは続けて話し、エイルの方へ足を進めた。
「そうですね。その通りかも知れません。さっきので私の魔力も空になってしまいました。もう私も───コレ······しか有りません」
ベルは『コレ』と言って、拳を握って見せた。
「ベル······正気か?」
「正気です。私だって貴方から、カクトウギを教えて貰っています。言ってましたよね? 女の子でも男の人に勝てるようにするのがカクトウギだって」
「いや、それはそうだけど······」
ベルはパンチの間合いに入ったところで、ガードを上げて、エイルの腹へ、エイルの胸へ気合を込めたパンチを打ち込んでいった。
ベルがエイルの身体を打つ音、それを後に大工のアレクスの父は「地面を固めるために、大槌で土を叩く音」と表現した。最早人と人が出す音と認識されない音。そんな音で人を殴る女と、そんな音で殴られて顔色一つ変えない男。そんな二人の決着を、その場の全員が静かに見守っていた。
「ベル······この試合、終わりにしよう」
エイルがシュナとオルフの位置を流し目で確認し、ベルをそこへ放り込んで場外の判定を貰おうと考えたときだった。
緑色の魔力の球がエイルの胸に当たり、砕けて散った。
「え······ええ!?? あれぇ······ベル、さっき魔力切れって······?」
「う·そ!」
「「はああああああ!???」」
観客達の何とも言えない声にやや遅れて、試合終了の鐘が鳴り響き、選考会の優勝チームはアレクスのチームに決まった。




