第30話 選手選考会 戦姫
水平に持ち上がったベルの腕、そこから手の平───即ち魔法の照準は、アンナ、エイル、ミーアのそれぞれの中間にゆっくりと向けられた。
「マギアネモスバーラ!」
ベルの手の平から2つの風弾が放たれた。そしてベルを知る者はそれが意図する状況に気付き、エイル達の健闘を祈った。
(これはわざと外してるんだよー。ベルは重畳魔法が得意、これは仕込まれてるよ!)
(ちょっと待ってよ! ここでまた選択肢を増やすの?)
(来る···俺だ······絶対来る! 右か左か、両方か? それに時間は十分あった、幾つ重ねてあるんだ!?)
当然ミーアもエイルも、話に聞いていたアンナも事態の深刻さに気付き、回避行動に移れるように身構えた。
上空では最初の矢が鏃を地面に向け始め、エイルの両側では風弾が弾けた。ベルの風弾の追撃、その標的はエイルの読み通りエイル自身だった。
「マギアネモスバーラ!」
そこにアレクスも正面から風弾の駄目押し───
『風精霊の風遊び』
イリシュの魔法は3本の矢を巻き込み上空を旋回し、「何時でも打ち出せるぞ?」とアンナとミーアの脚を竦ませた。
正面から来るアレクスの風弾を最小の動きで躱しても、両側から来るベルの追撃が処理出来ない。
(左右と正面! 跳ぶか!? いや、空中は格好の的だ! 後ろしかないか···っ!! 後ろは罠だ!)
誘うように開けられた包囲の穴にエイルが飛び込もうとしたその瞬間、魔力の収束が起こりイリシュの風魔法が放たれた。
(完全に嵌められた───!)
エイルは反射的かつ計画的に、残された安全地帯でもあり最悪の選択肢、上、を選ばされた。
イリシュがエイルに狙いを定め、アレクスが手のひらをエイルに向け、ベルの風弾の1つから追撃の風弾がエイルに向け発射された。それを合図に、アレクスが風弾を、イリシュが矢を放った。
「ミーアちゃん! 上のは陽動! エイル君だけ死なせない!」
「はっ! 騙されたよぉ! ───え? ビオン!?」
ビオンも何時どのタイミングで攻撃されるか分からない状況に尻込みしていた。しかし今、主人のミーアとアンナが気付いた様に、ビオンも上空で旋回する矢から不思議な力が薄くなって、アレはただの惰性で残っているだけのものだと気付いた。
ビオンは大きく素早く腹で息を吸い、凄い力を練り上げ、脚へ送り、全身のバネを使い弾丸の様に跳び上がった。
「(矢は落とす! 魔法は手足で受けて───ん? ビオ)ンンッ!!?」
ビオンの最高速度は魔法よりも矢よりも早く、エイルに突き刺さった。ビオンは透かさず遠慮なく後ろ脚でエイルを蹴飛ばし、お互いが弾かれる様に迫る矢と魔法を回避した。
「ミャーゴロロ!」「ガルゥオオッ!」「ホゥッホゥッ!」「キュオオーン!」
「なんだ? シュナ、ティムはどうしかしたのか?」
「ん? なんか嬉しいっぽい」
「リッキー、ビオンの活躍が嬉しいのか?」
「今のはビオン君? マブロ、貴方がそんなに興奮するなんて珍しいわね」
「そうねミヤビ、あの子格好良いわね」
ビオンと仲の良い魔獣を皮切りに、多くの魔獣達がビオンのファインプレーを賛美する合唱を始めた。
「よしよし、落ち着きなさい。お前の活躍も作ってあげるから!」
魔獣達のビオンに向けた合唱に触発された相棒のブレオに、アンナは突撃の合図を送り、鐙を踏み締め、投擲槍を構えた。
「くっ! アンナ!」
完全に決まったと油断していたイリシュは、ビオンのファインプレーも相まって、交差する矢と魔法を眺め一瞬呆けてしまっていた。そこにアンナからの投擲が繰り出され、居合いの様に抜剣からの流れでなんとか投擲槍を払い、飛び退いた。
「食らいつけ!」
アンナはイリシュを逃すまいと手綱を引いた。相棒のブレオは急旋回を見事にこなし、まだ体勢を整えていないイリシュを突撃槍の射程に捉えた。
イリシュは胸の中心に向かって突き出された突撃槍を、左の脇を通す事で回避する。真横から見ていた者には、アンナの突き出した槍がイリシュの胸から背中に貫通したように見え、判定の鐘を持っていた兵は思わず鐘を鳴らしてしまいそうになった。
しかし、それで回避してお仕舞いでは無かった。アンナは突撃槍の柄をしっかりと抱え、鐙を踏み締め、イリシュの身体を持ち上げる。脇に突撃槍を抱えさせられ、足が少し浮き力が掛からない状態のイリシュに、ブレオの牙が襲いかかった。
(クソっ! 右腕を捨ててアンナを魔法で仕留める!)
イリシュはアンナとの相討ちは選択肢から除外し、自分の戦力を落としてでも、アンナの死亡判定を取り、後は精霊魔法で味方を援護する為の行動に出た。
「突けえっ!」
アンナの叫びにブレオは口を閉じ、角をイリシュに向けた。噛み付きはフェイクで、アンナの狙いは角による刺突だった。
刺さらない様にしっかりカバーを施された角が、イリシュの腕を押しのけ胸を突き、イリシュは大きく突き飛ばされた。
魔獣達の大合唱の中、エイルとビオンが着地し、イリシュが地面に投げ出されたところで、大慌てに鐘が打ち鳴らされ、試合は一時中断された。
「君、大丈夫かね!」
駐屯兵の治療班が大慌てでイリシュのところへ駆け付け、顔を覗き込んだ。
「ゲホッ! ケホッ······私は大丈夫。それより、アンナの判定は?」
イリシュは少し咽ながら、アンナの方を指差した。
「ごめ~ん! エイル君、ミーアちゃん! 私、死んじゃったわ!」
そう言ってアンナは申し訳無さそうに、赤のスカーフの無い自分の首と、地面に落ちている赤のスカーフを交互に指差した。
審判も目撃した者としていない者がいて、審議の結果アンナも死亡判定を貰い、イリシュとアンナは拳を掲げ、お互いの健闘を称え合って退場した。
(2対2······ビオンが居るから3対2か。この位置関係だと、ミーアが危ないな)
試合の中断中は選手は動けないが、状況判断に使うことは出来る。ミーアもアレクスも、そしてベルも、試合再開の鐘がなるその時まで、状況を確認し次の行動を想定している。
審判が木槌を掲げると、ミーアが元の高度くらいまで飛び、試合再開の鐘が鳴らされた。
「うあああああー!」
(必死過ぎだけどそれで良い。これでミーアはかなり有利に立ち回れる)
開始早々、ミーアは気合いの羽撃きで一気に上昇、高度を確保し弓に矢を番えた。アレクスとベルは早々にミーアを退場させようと考えていたが、ミーアの初動で切り替え、お互いに背を預ける迎撃体勢をとった。
エイルとビオンが回避を重視した小刻みなステップで距離を詰め、それの援護でミーアが矢と魔法の射撃を行った。
アレクスとベルには絶対的に不利な状況だが、二人はまだ諦めておらず、先ずは相手の戦力を減らす手を打った。
ベルがビオンとミーアの2方向へ風弾を放ち、アレクスとベルはビオンの方の風弾を追従した。ミーアは風弾を回避、ビオンも難無く回避、そこへアレクスとベルが、「エイルが合流する前にビオンを倒す!」その勢いで攻撃を仕掛けた。
アレクスの怒涛の剣をビオンは見切り、隙を見て脚を潰しにかかるが、ベルが魔法でそれを阻止する。体勢の低いビオン向けた魔法は、地面を叩き砂埃を上げ、闘いの激しさを演出している。
それに居ても立っても居られなかったはミーアで、ビオンの正確な援護に入る為接近を試みた。そしてこれは全て、頭に血が登りやすい親友を嵌める為、ベルが仕掛けた罠だった。
「ミーア後ろだ!」
ミーアはエイルの叫びに咄嗟に振り返り、自分に迫る風弾を確認した。左の翼で強く撃ち、キリモミ回転で風弾を舐めるようにギリギリで回避───することは叶わなかった。ベルの両手から伸びる魔力糸、その一方はミーアの方の風弾、もう一方は地面へ繋がっていた。
「マギアネモスバーラ!」
ベルは勝利を確信し、大きく声に出して追撃の風弾を解き放った。ミーアの腹を優しく打った緑の球が弾け、もう一つの地面から飛び出した球は、ビオンの首に当たり赤のスカーフを宙に巻き上げた。
「エイルさん、ごめんなさいだよぅ······」
「クゥン······」
ここでミーアとビオンが死亡判定で退場。ビオンの方はまだ魔法への認識が甘かったのが原因で、ミーアの方はベルの魔法を間近で躱すという判断ミスが原因だった。
ベルの得意な重畳魔法は一度回避したくらいで安心は出来無い。背後からの追撃と着弾点に残っている事も想定しなければならなかった。
アレクスとベル、そのほんの2メートル離れた程度の場所にエイルは立っている。緊張が張り詰め、お互いに声もなく、ただ再開の瞬間を待っていた。
それは観客も同じで、いつからか固唾を飲んで闘いの行方を見守っていた。




