第29話 選手選考会 決勝戦
アレクスのチームとオリビーのチームの準決勝の闘いは、熾烈な弓と魔法の撃ち合いを繰り広げ、最終的には気を使えるアレクスとイリシュが接近戦を制して勝利を収めた。そして今、エイル達とアレクス達はリングで向かい合っている。
「取り敢えず、あっちで一番厄介なのはイリシュちゃんね。放たれた矢は百発百中、叩き落とすしか回避手段が無いって───盾用意しておけばよかった!」
「上に射っても減速どころか風の魔法で加速するし······オリビーもそうだったけど、エルフは強過ぎだよー」
「それはもう叩き落して接近するしか無いな。後はイリシュとベルの魔力がどれくらい残っているかだ」
「イリシュちゃんはさっきの闘いで相当消費した筈よ。ベルちゃんは殆ど障壁での援護に徹してたからまだ半分以上は残ってるとして、この闘いは決勝だから使い切るつもりで来るでしょうね」
「マジか······あいつ等余裕か?」
「きっとエイルさんを倒すために取っておいたんだよー」
この選考会は本戦と違い選手交代が無い。したがって魔力の管理も一つの課題になっていた。エイル達の魔力の残量は、エイルは論外として、アンナもミーアも魔法や障壁数回分だ。
エルフやハーフエルフは、人類の魔法使いの魔力量を平均100とした場合、平均20と種族として魔力量が低い傾向にある。しかし、魔法として働くのはその辺を漂っている魔力で、個人から発する魔力は信号を送る程度の僅かなものだ。その為人類の100とエルフの20はほぼ同量と考えられている。
「「おかーさん! 頑張れー!!!」」
「応援ありがとう! お母さん優勝するからね!」
声の主はアンナの三人の子供で、長男はマルコの前に立ち、長女はマルコの背中によじ登って、次女はマルコに抱えられて、アンナに声援を送っていた。
「「アンナさーん! 頑張ってくださーい!」」
「みんなありがとう!」
ギルドの面々も、アンナと親しい女性職員が音頭をとり、声を上げたり手を振ったりしてアンナを激励した。
「「ミーアちゃん! ビオンちゃん! 頑張って!」」
「先輩! ありがとうございます! 絶対優勝するよー!」
ミーアもいつの間にか集っていた領主家のメイド仲間から激励を受け───
「キュオン」
「ウオォン」
ミヤビの声にビオンが応え、他の魔獣達も次々に声を上げ、ビオンを応援する立場のようだ。
「ようエイル。まさか素手のお前が勝ち残るとは思っても見なかったぞ。苦戦している感じだったが、単に全力で戦えないだけだったか? 彼等にはさっきの様な蹴りができるのか?」
「ようヘリオ。来てたのなら顔を見せてくれれば良かったのに。───ああ、そうだ。アレクス達には悪いが、彼等は俺が加減をしなくていい相手だ。勝たせてもらうさ」
「嬉しそうだな······。良かったな、お前のカクトーギの仲間が出来て。手加減しなくて良いからって気を抜くなよ?」
「ああ、ありがとう。気をつけるよ」
領主家の面々が休憩から戻り、席に着いたところで決勝戦開始の鐘が打ち鳴らされた。
今まで開始と同時に動いていたエイル達は、今回は行動を開始せず、先ずは相手の出方を窺っていた。
そんな待ちの姿勢を取っているのには、イリシュの存在が大きく、初戦からは無難にアレクスの援護で立ち回っていたが、準決勝でオリビーと対峙してその戦力を顕にした。
エルフとハーフエルフのみが扱える精霊魔法。人が扱う魔法は、精霊魔法を模倣したもので、最大の違いは遠隔発動にある。
魔法を花火とするならば、人の魔法はマッチやライターで短長様々な導火線に火を点ける様なもので、エルフの精霊魔法はリモコンの点火プラグで着火する様なものだ。そしてイリシュの魔法の射程距離は、リングを完全に抑えており、背後から魔法による奇襲を仕掛けるのも可能であった。
ただ人の魔法と同じで、魔法の発動には魔力の集中が起こり、発動時には場所の特定ができる(される)のが、せめてもの救い(唯一の欠点)だった。
そして、イリシュの挨拶代わりの魔法が、静かに発動されようとしていた。
「来たか!」
魔力の集中が起こったのはエイルの背後で、それに気付いたアンナとミーアが障壁をぶつけ魔法を相殺。エイルも魔力を感知し、回避行動を取っていた。
「大丈夫だ、俺でも反応できる!」
「じゃあ、作戦Bね!」
「ビオン! 私から離れちゃ駄目だよー!」
「それじゃあ、エイル君、ミーアちゃん······突撃ぃ!」
エイル達のプランBは、アンナはブレオを、ミーアはビオンを魔法から守り、エイルは自力で回避をする作戦。因みにAは、一冬越す間に魔力を感じられる様になったエイルの拙い魔力感知が追い付かない場合、アンナとミーアでエイルもついでに守る作戦だった。
エイル達の最大の武器は機動力だ。中々相手が悪くアンナは悉く潰されて来たが、決勝で漸く縦横無尽に走り回れる相手が巡ってきた。アンナは相棒を走らせ、弓矢を手にアレクス達の左手側から回り込んでいく。
左に回り込むするアンナ、右に回り込むミーア、正面から迫るエイル。その状況を確認し、イリシュは二本の矢を器用に指で挟み、一本を番え、アンナに的を絞った。
「イリシュちゃん······勝負!」
アンナが矢を放ち、続けてイリシュも矢を放った。
『風精霊······』
風の精霊の悪戯で二つの矢は正面衝突し、デュエットを踊りながら地に落ちた。アンナは次の矢に手を伸ばしたところで、魔力の高まりと、既に弦を引き絞り今まさに矢を放とうとするイリシュの姿を見つけ、矢から剣に持ち替えた。
「跳べ!」
アンナはイリシュの指が離れ、弦が矢を弾くタイミングで、相棒にジャンプをする様に指示を出した。アンナは矢の軌道から外れる事が出来たが、イリシュは至って冷静にその状況を目で追っていた。
『風砲』
エヴィメリア王国の言葉で言えば風弾。それと同系統の魔法が、矢を吹き上げ押し上げ、軌道を変え加速させた。
軌道修正後の着弾点はブレオの後ろ脚。実戦では体毛で弾かれるかも知れないが、競技のルール上命中すればブレオはただのお荷物になる。
「とどけぇ!」
アンナの渾身の一振り。その切っ先が、鏃を叩いて弾き、ブレオは無事着地することが出来た。
「離れていてはジリ貧ね! 突っ込むわよブレオ!」
アンナに射った矢の軌道修正をしたイリシュは、直ぐに矢筒に手を伸ばし、小指と薬指、薬指と中指、そして人差し指と親指で3本の矢を摘み、上空に向け弓を構えていた。
「残心なんて概念は持ってないのか、戦いの場では不純物なのか······何をする気か知らないが、ほっとくわけにはいかないな!」
エイルは脚に適度に気を送り、咄嗟の回避が出来る程度に加速をした。
しかし当然相手はイリシュ一人ではない、エイルとイリシュの間に、剣と盾を装備したアレクスが立ち塞がった。
「通しませんよ! アネモスバーラ!」
アレクスは魔法技術の拙さから、青と黄色が混じり無駄にグラデーションを作った風弾を放ち、エイルはそれを左へ一歩跳んで躱した。アレクスの方も当然風弾が当たるとは思っておらず、エイルの回避方向に合わせて跳び、エイルの左脚が地面に着くか着かないかの避けるに避けられないタイミングで脚を斬りにいった。
「っらせるかよおお!」
エイルは強引に後ろへ倒れながら右脚を蹴り上げ、アレクスの剣の唾を叩き剣の軌道を反らした。
「ははっ! エイルさん今焦ってましたね!」
「当たり前だ! 良い動きだったぞ」
エイルに一泡吹かせた事に喜ぶアレクスに、エイルは地面から飛び起きると強がって見せる。そのエイルに見せつける様に、アレクスは指で空を指した。
「へへへ! じゃあこの後、もっと焦って下さい!」
「ん? まさか!」
エイルがイリシュの右手に視線を移すと、イリシュの手は矢筒に掛かり、一本の矢を取っているところだった。
エイル以外の者は、先の三本の矢の行方を知っている。今、地上の動きを見ている観客は大体半数で、残りの半数は空を仰ぎ、打ち上げられた矢の行方を追っていた。
「アンドレ、貴方はどう避ける?」
「上空の矢を追っていると、地上の攻撃に注意が疎かになる。その逆も然り······か。取り敢えず、止まっていることはただの的、悪手だね」
アンドレとキネカは、起き上がったばかりのエイルを見て話していた。
『リヒャルト、イリシュさんは誰を狙うと思う?』
『それは上空の矢でかい? それとも今番えた矢か、魔法か、全部か······それが誰を狙うかなんて分からないな、これは困った』
『俺は先ず、あのビオンっていう子フェンリルを狙うとおもぅおおお!? 重い! 痛い! ミヤビなんで踏むんだよお!』
冒険者が相手取るのは力任せな攻撃が主体の魔物であり、それらには見られない搦め手は、リヒャルト達Aランクパーティーにとっても斬新かつ脅威的だった。
「オルフ! そろそろ矢が落ちそう!」
「お! エイルのヤツも走り出したぞ!」
「エイル達、頭の上の矢が気になって動きが鈍いな」
「はい、ファルさん。注意が上に行っている今なら魔法を当てやすいですね」
フェザの言葉を聞いたファル達は、一人の少女へ視線を移した。
「「······魔法? ベル!!!」」
矢が落下に転じ、いよいよイリシュが何かしらの行動を起こすと皆が意識を向ける中、ベルは静かに両腕を持ち上げた。
中身スカスカの見てくれだけの魔法は、いつもよりも多く撃てています。




