第1話 訪問者
新章開始です。
仲間と共にギルドの依頼を進めて行く章になります。よろしくお願い致します。
アレクス達との仕事から3日、今日もエイルの朝はお天道様と一緒に始まる。真っ赤な朝焼けの中、山に向かって走り、休む間も無く基本の修行を始める。正しいモーションでひたすら、繰り返し繰り返し。
ウェイトトレーニングはあまり行わず、打撃のモーションのみで鍛えられた筋肉は、最速かつ確実にエイルの打撃を相手に届ける事ができる。
小休止を挟みながらの修行を、日影時計でおよそ2時間行い朝食摂る。
「コオオオオオッ!ホッ!」
ここまで修行を息吹呼吸法で閉め、朝飯の準備を始める。町のドワーフの鍛冶屋に頼み込んで作ってもらった飯盒には、家から米と刻んだ干しキノコを入れてもって来てあり、雨が降り川が荒れて濁って無ければ水は現地調達だ。ついでに魚を手掴みで捕り、塩をちょっぴり振って飯盒と一緒に火にかける。エイルが冒険者の副業を始めて良かった事のひとつは、お金に余裕ができて貴重な塩に手が届く様になったことだ。
焼いている間は瞑想の時間だ。正座をし握り拳を太腿に置いて、目を閉じひとつずつ雑念を捨てていく。残すのは魚の焼き加減と飯の炊き加減だけだ。集中し自然体で見るのは丹田の気だ。気の存在を感じ、気の流れを理解しなくては、コントロールなど夢の又夢だ。
気に関してはまだわからない事だらけだが、魚の焼き加減と飯の炊き加減は長年の経験で目を瞑っていても分かる。飯盒を火から外し蓋を開けると、湯気と共にキノコの山臭さが鼻を突く。これだけでも旨そうだが、更にこんがりほろほろに焼けた魚の身を、箸で崩して飯の上にまぶしていく。本当は鮭フレークが良いのだが、これでも川魚の淡白な風味と付け足した塩気で飯が進む。
食後の修行は、先ず腹ごなしの軽い型から始め、段々とハードな型にしていく。この間のオークナイト用の型も考えないといけないが、甲冑に身を包んだ敵を制する型だ、容易な事ではない。打撃で有効打を打てるのは、関節の内側の可動域と顔面くらいだ。前の戦いからの教訓は『一目散に逃げろ』『仲間に頼れ』だった事から、中々進展が見られていなかった。
息吹呼吸法で閉め一旦休憩を取り、次は打ち込み稽古だ。だが、これはしっかりとはやらない。重いものばかりを打つ癖が付いてしまうと、力みが入り技の鋭さを失ってしまう事になる。
素手対武器で、素手が勝つために必要なのは武器という重りを持った相手を圧倒する拳速だ。他に一対多に対応する為には、投げや関節技は足が止まってしまい袋叩きになる要因だ。なので、急所への的確な鋭い一撃で敵を行動不能にしていく事が求められる。
打ち込み稽古は程々に、これからの稽古の本命になる、気合を使う打撃の稽古に移った。これに関しては稽古の手順も無ければ、そもそも気の扱い方も明確では無い為、この稽古は全くの手繰りから始めなければならなかった。
武道の先達も始めは手探りからだ。そこに並ぶことが出来たのはエイルとしては嬉しい事だが、修行を始めて3日目になるが、気合の乗った打撃はまだ一発も打てていなかった。
(気合───気を合わせる、という理論で間違いは無いと思うんだが···あのときの様に行かないなあ)
気の稽古は余りに煮詰まっているので、連日早めに切り上げて家業の農作業に力を入れている。今日も息吹で閉めて深い瞑想で心を落ち着かせてから、エイルは我が家へと向かった。
お天道様も天辺くらいに登っており、丁度お昼時だろうか。エイルが前世の記憶を覚ました直後は、この世界のひもじい食事を受け付けなくて、今の母親を困らせたものだ。調味料は満足に揃っておらず、米は痩せていて口に合わず、野菜の品種改良も未熟で、苦味や青臭さの主張が強かった。それでも今ではここの母の料理も、第二のお袋の味として心安らぐ味になっていた。
山から抜け棚田を下っていくと、畑に囲まれた民家が、お隣さんの生活音など無縁だとばかりにぽつぽつと建っている。母屋と蔵と家畜小屋、どれも同じ様な組み合わせの景観だが、その中の一棟がエイルの家だ。
(珍しい、客か?······それにしてもデカい犬が居るな)
今日は珍しく客が訪ねてきているようで、庭でデカい犬を連れた四人組と、両親が話をしているのが見えた。
(青い体毛の犬は額に角が見えるし、サイズ的にも魔獣だろう。あとは青い鳥人の女の子と、人間が二人と、淡い色の髪に角が見えるから魔人の女の子だ······ああ、彼等は俺の客だ)
エイルに気付いたアレクス達が、一斉に駆け出した。
(犬が···ガルルが先頭を走ってくるけど、まさか飛びかかっては来ないだろうな?)
「ハッハッハッ!ワン!」
エイルの心配を他所に、ガルルはハアハア言いながらエイルに優しく体を擦りつけ、一周ぐるっと回って後続の仲間に一度吠えた。
(何が言いたいか分からないが「俺が1番乗り!」だろうか?)
「ガルルが1番だよ。速いね~、よしよし。エイルさん、何で帰っちゃったの?皆んなちゃんと御礼も言えなかったよ。」
エイルはガルルの言葉の予想が当たっていてちょっと浮かれていたが、ミーアの言葉を受けて、帰りにミーア達の方に顔を出すべきだったと反省した。
「気が利かなくて悪かった。次があったら気を付けるよ。そうだ、ガルルはしっかり躾けられているようだね」
「そうなの!ガルルは賢いんだよ。今もギルドがエイルさんの家を教えてくれなかったから、ガルルに案内してもらったんだよ」
ギルドは冒険者同士だとしても、防犯上住所を教える事はない。エイルは優秀な働きをしたガルルの喉を撫でてやると、ガルルは頭をエイルの胸に押し当てた。中々かわいい奴だなと、エイルは丸太のような首に手を回してガシガシ撫で回してやった。
「エイルさん、もうそれ出来るんすかー!?俺はつい最近出来るようになったばっかすよ」
続いてキールがやってきて一緒にガルルを撫でるが、どうにも腰が退けていて不格好だ。ミーアも「噛まないから大丈夫」とは言っているが、頭がすっぽり入ってしまいそうな口なのだから、見た目で恐がるのは分からなくもない。
「キールは、犬に追いかけ回された事があるのか?」
「犬っつーか、山犬っすね。子供の頃に山で追いかけ回されました。その時はオヤジが助けてくれたんすけど、ちょっとしたトラウマっすね」
家犬と山犬の違いは、家畜化された血統かどうかくらいの違いしかない。ガルルの様な魔物は長い歴史の中で、ダンジョン産の魔物が野生化して繁殖したものだ。角山犬はアルトレーネ領周辺に多く生息していて、犬に宜しく比較的家畜化し易い魔物で、ガルルも赤ん坊の頃ミーアの家に拾われて
ミーアと一緒に育って来た。
3人でガルルを撫で回して居ると、アレクスとベルカノールが一緒に到着した。足の遅いベルカノールにスピードを合わせてきたあたり、パーティーリーダーとしての振る舞いが身に付いてきたようだ。男子3日合わざれば刮目して見よ、とは良くできた言葉である。
「エイルさん、この間はありがとうございました。その、急に押し掛けてごめんなさい。どうしても皆で御礼を言いたくて······」
「礼の為だけにわざわざ家まで来たのか?ギルドで会ったときでも良いのに、しっかりしてるな」
エイルはアレクスとガッチリ握手を交わした。
「それより皆よく来てくれた、歓迎するよ。ベルカノールは、脚の方はもう良いのか?」
「はい。傷も綺麗に治って、もうこの通りです!」
「そうか傷痕も残らなかったか!それは良かった!(それにしても、相変わらず完治が早いな、薬が凄いのかここの人が凄いのか)」
ベルカノールがその場で軽く跳ねて、エイルに回復の程度を見せた。この世界には無くなった部位を生やしたり、使って一瞬で回復する様な薬は無いが、1日くらいかけて裂傷の様な怪我を完治させる薬は作られている。即死を避けて止血が出来れば案外何とかなってしまうのだ。
「皆んな、あんまりアンナさんの旦那に世話になるなよ?丁度昼飯時だが、昼飯は食べたのか?」
アレクス達は互いに顔を見合って、リーダーに判断を仰いだ。
「遠慮するな、俺の料理をご馳走してやろう!」
昼飯のことなど考えずに出発したアレクス達は、丁度小腹が空いてきて、遠慮無くエイルにご馳走してもらうことになった。




