第28話 選手選考会 勝負は一瞬
ちょっと長いです。
選考会は進み、第3回戦準決勝まで駒を進めたのは、エイルのチームとパナテスのチーム、アレクスのチームとオリビーのチームだった。
守りのパナテスのチームと、機動力のエイルのチーム。両チーム共に作戦が決まったところで、リングの端と端に対峙して開始の鐘が鳴るのを待った。
「ビオン!」「マブロ!」「走れブレオ!」
鐘の音と同時に魔獣への指示が出された。ビオンは右から回り込み、アンナは左から回り込む。エイルは左手前へ走り、ミーアは右手前へ飛んで向かった。
それを迎え撃つのは、大きく羽撃き飛び立ったマブロ。その視線の先に居るのは、一番突破力が高いアンナだった。
マブロはアンナへ向かい滑空。アンナからの迎撃の矢と魔法を錐揉み回転で難なく回避しながら一気に間合いを詰めた。
「ブレオ躱して! え!? 止まっ───あはは、成る程ねえ······」
アンナはマブロを躱し、刺違えてもフォスを、欲を言えば剣士の何方かも一緒に落とす気でいた。しかし、マブロがアンナ達の手前で急制動をかけ翼を大きく広げると、ブレオは急に脚を止め怯えるように唸った。
アンナも巨眼鳥と戦うのは初めてで、相棒が指示に従わず怖気付き脚を止めてしまった理由を理解した。羽撃き立ち塞がるマブロ───それはまるで嵐を吹くかの様な巨大な化け物が、鼻息を荒げて待ち構えて居るように見えていた。
「ブレオ、怖いなら逃げろ! 尻尾を巻いて逃げ回れ!」
アンナの声でブレオは一目散に目の前の化け物から逃げ出した。アンナの武器の持ち込みは矢が残り18、突撃槍1と投擲槍が5、それと長剣が1───
「みんなごめん! 私は援護に回る!」
アンナは弓に矢を番え、フォスに狙いを定めた。
一方ミーアは低空を飛び、ゆっくり前進するパナテス達の集団に矢を射るタイミングを計っていた。もう少し高く飛んで射角を確保したいが、完全な空戦になってしまえば鳥人種など剣を装備しいても鳥型魔物のおやつに過ぎない。
(弓は───駄目、精度が悪いよ。短剣も私じゃあ本職の剣士とは勝負にならない······やっぱり、私が囮に───)
ミーアは悩んでいた。ミーアの弓の腕前はお世辞にも上手いとは言えず、援護どころか前衛のエイルとビオンの邪魔になってしまうのではないか、と。
一応持って来た短剣も、本職の剣士と魔獣使いの付け焼き刃とでは時間稼ぎにもならない自殺行為だ。
(決めたよ! 私もやるんだよ!)
決意を固めたミーアは、両の翼で大気を力強く撃った。
エイルの視界の左手側では、アンナがマブロに足止めを食らっている。右手側では、ミーアが飛び辛そうにしてる。パナテス達を挟んでその奥では、回り込んだビオンが攻撃に移ろうとしてる。
盲目のフォスをメンバーに加えているパナテスのチームは、当初それを理由に評価を軽く見積もられていた。しかし、蓋を開けて見れば堅実な守りと遊撃手のマブロの活躍で、その評価が180°反される事になった。
マブロと有利に闘うには、弓使いと魔法使いに偏重した構成を取る必要があり、それでマブロを倒せても、矢と魔力を消費した状態で魔法も使える剣士二人と魔獣使いを相手にすることになる。
この2枚の盾も強力で、ロックの方は気も使える事から、鍔迫り合いでは相手を圧倒してきていた。
(俺の正面はロックか。なら、金剛を使えるから多少強くぶっ叩いても大丈夫だろう。少し本気になれるかな!)
エイルは攻撃のタイミングを合わせるため、ビオンの動きを注視する。このタイミングでアンナはフォスに狙いを付け、ミーアは足に短剣を握りパナテス達に向かって羽撃いた。
「ビオン! 合わせて!」
ミーアからビオンに攻撃の指示が飛び、それはビオンのみならず、エイルとアンナにも攻撃指示として伝わった。
「ホォーッ!」
危険を察知したマブロが、フォスへ魔法使用の合図を送った。フォスとマブロの鉄爪(今は木製)は魔力糸で繋がっており、フォスはマブロの鉄爪を中継して魔法攻撃を放ち、魔法障壁を展開することも出来る。
フォスの見ている世界は、視覚以外の4つの感覚と、第六感とも言える魔力感知によって構成された世界だ。
魔力を酸素や二酸化炭素に倣って魔素と言い換えれば、この世界には酸素や二酸化炭素と共に魔素も大気中に漂っている。そこを生き物が動けば魔素の流動が起こり、おおよその大きさと場所が特定される。それを残り4つの感覚で補正、補完することでフォスの世界は構成されている。
はっきり言ってしまえば、目が見えて魔力感知が出来る者の下位互換でしかないが、フォスは確実に場の状況を把握出来ていた。
通常人の体内の魔力は胴体に沿ってふわふわと形を作っている。魔人種の様に魔力の質感までは分からないが、フォスが知る中で気と称して魔力を腹に溜めるのは数人だけだ。
目の前のロックと、その奥から自分達に向かって走ってくる魔力の塊はエイル、背後から低い重心で走って来るのはビオン、左側で空気を強く撃って魔素を乱したのはミーア。
顔の向きは、呼吸による魔素の乱れを注視すれば何とか認識出来る。パナテスはビオン、ロックはエイルの方を向いている。
パナテス達の方針は実にシンプルで、「パナテスとロックがフォスを全力で守り、フォスはマブロを使い相手を各個撃破する」ただそれだけだ。
フォスは歩行補助兼用の杖を強く握り、魔力糸に魔力を流す。
「「マギアネモスバーラ!!」」
パナテス達の頭上を取ったミーアと、フォスが同時に魔法を発動させた。
パナテスとロックはチラッ流し目で確認し、ミーアの魔力が集中している左足と自分達の間に、魔法障壁を展開。アンナはフォスに狙いを付けたままマブロには目もくれず、自分とマブロの間に大雑把に障壁を展開した。
ミーアから青の、マブロからは青っぽい色に着色された魔力弾が発射された。それぞれが人為的な魔力の壁に衝突すると、海に湿気て固まった塩を放り込んだが如く、その形を崩し溶け合い魔素へと還元された。
「今!」
マブロからの追撃の魔法を凌ぎつつ、アンナは前衛の攻撃に合わせてフォスに矢を放つ。それと同時にマブロの爪がアンナを捕らえ、ブレオから引き摺り降ろし、首から器用に赤いスカーフを剥ぎ取った。
一方のミーアは、右足で握った短剣をパナテスに向けて振っていた。
「なっ!?」
パナテスに迫るのは、首を狙うミーアの短剣と手首を狙うビオンの牙。パナテスは直ぐに冷静さを取り戻し、しゃがんでミーアの短剣を回避すると、ビオンに向け剣を切り上げた。
ビオンは地面に転がる事で剣を躱したが、パナテスは無防備なビオンを狙って追撃の剣を振り下ろ───
「な!? ミーアちゃん!」
───せなかった。パナテスの右手首はミーアの左足でしっかりと掴まれていた。
パナテスは剣を握る右手を放し、左手だけで剣を握りミーアの足を切断しにかかるが、今度はビオンが左手首に噛み付きそれを止めた。
パナテスが両腕を塞がれた瞬間、ミーアの短剣がパナテスの首を打ち、赤いスカーフがハラリと落ちた。
ロックの目の前にはエイルが迫り、守るべきフォスには矢が向かっている。隣のパナテスには、ミーアとビオンが向かっているが、そっちまで気にする余裕は無い。
エイルと矢、両方を捌くのは欲張りというもの。矢を叩き落とせばエイルにやられ、よしんばエイルを止めることが出来ても、フォスは矢を回避することは出来ない。
「フォスさんごめん!」
ロックがとった行動は、後ろへ飛び退きフォスを突き飛ばす事だった。
フォスが地面に倒れ、矢は空を切って飛んで行く。息を継ぐ間もなくロックは剣を構え、エイルを迎え討つ姿勢を取った。
エイル達の気は常人に対して過剰戦力であり、この大会のルールではエイルは闘い辛かった。しかし目の前の男は同門。漸くまともに打ち込める相手が巡って来た。
「ロック! 気合い入れろ!」
エイルは左脚を軸に身体を時計回りに回転させた。ロックは理解した。これは『後ろ蹴り』であると。そして回避は不可能なタイミングであることも。
「(相打ち狙いで斬る? 無理だ! 無理無理! 死ぬ! 防御! 防御だ! このまま脇を閉めて、腕で蹴りを受ける!)───グエッ!」
エイルの足はロックのガードを胸まで押し付け、確実にその衝撃力はロックの身体に伝わり、ロックは空を飛ぶ感覚を味わうことになった。
「うわっ! オルフこっち来た! 受け止めてあげて!」
「いや、おい! 受け止めろったって! ───なんで俺んとこぉぶしっ!」
ロックは20メートル程度放物線を描き、オルフの胸へ背中から飛び込んだ。
そこで呆気に取られていた審判が大急ぎに中断の鐘を鳴らし、今のロックの判定について審議が行われた。
「只今の観客への飛び込みは死亡判定とする!」
出された判定は死亡判定だった。それに対して観客は「続きを見たい」や「襟巻きが取れてない」等のブーイングで答えた。
しかし今のが王族の席で起こったならば、結果死亡することになっても、近衛隊は手段を選ばずロックを止めなければならない。そう説明を受けた事で、観客のブーイングは次第に収まっていった。
「さて、そうなると残りはフォス殿と、その魔獣になるのだが······続けるか?」
「フォスさん、無理はしなくても良いですよ」
「いいえ───私も、マブロも、最後まで闘います!」
フォスが続行の意志を示し、試合を中断した状態へ戻して試合が再開された。
マブロがエイルの約20メートル後方から大急ぎで飛び、フォスは地に腰を付けた状態で、魔法の事など忘れて杖を我武者羅に振りまくっている。傍から見たその光景は、まるでエイルがフォスを襲おうとする暴漢の様に見えた。
武士の情けとでも言うのか、エイルはフォスの細腕を掴んで杖を止め、渾身の手刀をフォスの首に寸止めすると赤いスカーフを毟り取り、マブロを迎え撃つ姿勢を取った。
エイルはグローブをしているとは言え素手であり、マブロは刃物を警戒すること無く両の爪を向け、エイルを掴みにかかった。
エイルは鳥型魔獣に対して無策ではない。エイルは腰を落とし、姿勢を低く構える。
対鳥型魔物兼対鳥人種用の型。死角となる頭上から攻撃を仕掛ける空の支配者を、地に引き摺り下ろす為の一連の流れ───
狙うのは腕を掴みにかかった伸び切る直前の脚。左腕を上げマブロの爪を誘い、向かってくる爪に腕を突っ込み先に爪を掴み取る。
マブロが反射的に脚を引っ込めるより先に、エイルの右手がマブロの脚をガッチリ掴み、エイルは反転すると同時に前転する勢いで腕を振り下ろし、マブロを空中から引っこ抜いた。
気合の入った物凄い力で地面に引き寄せられたマブロは、腹から地面に叩きつけられるという前代未聞の体験をし、ビオンに左翼を噛まれ、ミーアに首の赤いスカーフを取られ試合は決着した。
「フォスさん! 大丈夫ー?」
「ミーアちゃん、私は大丈夫。······マブロはちょっと苦しそうね。お腹を打ったのかしら?」
「ㇹウ···ゲホゥ!······ホゥ」
受け身をとるなんて頭にないマブロはモロに腹を打ち、まだ呼吸がままならない状態だった。
「エイルさん、手加減してあげてよー」
「そうは言ってもなあ······」
途中から場外で見学して居たアンナとパナテスとロックも、リング中央のエイル達のところへ走り寄って来た。
「ロック、良く防御してくれたな! 相討ち覚悟で来るかと思ったぞ」
「エイルさんの蹴りを腹筋で受けるなんて無理っすよ! マブロよりひでー事になりますって!」
「ミーアちゃんとビオンの連携には完敗だったよ! エイルさんとアンナさんは、流石先輩といったところですね!」
「パナテスさ〜ん。私、冒険者歴と受付嬢歴より、主婦歴の方が長いんですよ~」
マブロが飛べる様になったところで次の試合の準備が始まり、選考会は進行していくのだった。
心眼の強キャラとかどっかで書いてみたいですね。




