第26話 仲間を探して
選考会当日までまだ時間はあるが、エイルはメンバー集めに苦慮していた。「一人でも良いか?」と駐屯兵に訊ねてみたが、「審判の練習にならないから3人で」と言われてしまい、周りに聞いて回っても「もう決まった」か「出ない」のどちらかだった。
(······もう、最後の手段だ)
エイルは現在ギルドの正面に来ていた。緑青で貫禄が出ているギルドの銅の看板の下、無駄に重厚そうで実は軽い扉が、今日はひどく重く感じられた。
「いらっしゃいませ」
雑用をしていた新人受付嬢がエイルに挨拶をした。エイルの目的の人物はここに居る。ここの受付カウンターの向こうに居る。
「いらっしゃいませ、エイルさん。今日はどうされました?」
エイルの目的の人物、アンナがエイルに挨拶をした。
「アンナさん、まだ冒険者証を持ってるんですよね?」
「そう······ですが? それが何か?」
「アンナさん! 俺と一緒に選考会に出場してください!」
「良いわよ」
「へ? ······え!? 軽過ぎませんか?」
「だってその選考会のせいでちょっと暇······オホン! 向こう暫く冒険者の方が別件で忙しくなる見立てがあり、依頼の受注量の減少に伴い、私もお暇をいただけるかと思いますので───エイルさん、奥でお話を」
アンナは新人と受付を交代し、エイルを応接室へ案内した。
「エイル君も苦労してるのね! あははは! エイル君、ベルちゃんにフラレたって噂になってるわよ?」
「いやいやいや、フラレて無いし! 誰ですか、そんな事言って回ってるのは!?」
「誰かしらね? まあ噂だし、今の時期ならエイル君やベルちゃんへの精神攻撃かも知れないわよ?」
「······シュナか?」
エイルは取り敢えず思い浮かんだ名前を言ってみた。真っ先に名が上がってしまうのは、彼女の普段の言動からだろうか。
「犯人探しなんて止めときなさいよ。さてさて、私も出るにあたって負けたくは無いわ。そうなると流石に最初の頃みたいに牛って訳にはいかないから······エイル君、駐屯兵さんと仲いいでしょ? 角山犬、借りられないかな?」
「角山犬で良いんですか? レオニダスが出場しないって言ってたので、リッキーで良いんじゃないですか?」
エイルは元Aランクの三人にも話を持って行ったが、レオニダスは燃え尽き症候群から、オフィーリアとヘリオは既に冒険者証を返している為参加資格が無かった。
「エイル君、角山犬を舐めちゃ駄目よ? あの子達が一番素直に言う事を聞くんだから!」
エヴィメリア王国周辺に多く見られる角山犬は、力は王山猫に劣り、柔軟性は双尾猫に劣り、幻覚のような特殊な力も持たない。だが持久力と忠誠心の高さが他より頭一つ飛び抜けており、エヴィメリア王国の軍用魔獣としても多く採用されている。
「角山犬ですか······分かりました。何とか借りられる様に話をしてみます。───ガルルが居ればな······ああ、その場合はミーアとセットか」
それを聞いてアンナはピンと閃いた。
「エイル君、もう一人は決まってるの?」
「まだなんですよ」
「ミーアちゃんにはもう声掛けた? あの子も冒険者証返して無いわよ?」
「行ってきます!」
エイルは領主家の館に着き、警備の駐屯兵にミーアを呼び出して貰うよう交渉した。ミーアが中に居ることが分かるとエイルは客室まで通され、やがて黒のワンピースに白のエプロンの領主家のメイド正装をしたミーアがやってきた。
「エイルさんどうしたのー? 訪ねてくるなんて珍しいんだよー」
「ミーア、アンナさんから聞いたんだけど、まだ冒険者証を返してないって本当か?」
「そうだよー、まだ持ってるよ。でも今はビオンの世話と、こっちのお仕事が楽しいんだよー」
「そ、そうか······。なあミーア、闘技大会の選考会の話は知ってるか?」
「知ってるよー、今朝もベルと話をしたよ。エイルさん、ベルを悲しませたらいけないんだよ」
「ああ、そうだったな······。ミーア、一緒に選考会に出場してくれないか?」
「───────エイルさん······なんでそれをベルに言わなかったの? ベルはそう言って欲しかったのに!」
暫くの沈黙の後、ミーアは友人の気持ちを考えないエイルの無神経さに軽く怒鳴れてしまった。
「······ごめん」
「はぁ······ベルも許したんでしょ? 多分許してないけど。はぁ、これじゃあ噂通りになるんだよー」
「うぅ、ごめん」
背を丸めるエイルにミーアは大きく溜め息をつくと、いつもの調子に戻ってエイルに答えた。
「選考会は出てあげるよー。デュオセオスさんも、話が有ったらビオンと一緒に是非出なさいって言ってくれてたよー。
話が無かったら、私から誰かを誘おうかと思ってたよ。ビオンも言う事を聞くようになってくれて、選考会に出してもやり過ぎはしないから大丈夫だよー」
「そうか、ビオンも一緒か! それは頼もしいな!」
「えっへん! それはビオンにも言ってあげてねー」
エイルはアンナとミーアをメンバーに加える事が出来、駐屯兵団の詰め所にも顔を出し、角山犬のレンタルを掛け合ってみた。
流石に国防軍が所有する角山犬は貸し出しが出来ないと断られてしまったが、防衛用の角山犬が過剰戦力になっている村から一体借りることが出来る様に話が進んだ。
一日中町を駆け回ったエイルはパーティーの家に帰り、夕飯を囲んで今日の成果を報告していた。
「「······え?」」
「へえ、ミーアが! アンナさんもですか! これは手強そうですね。エイルさん! 当日は負けませんよ!」
「ああ! こっちも負ける気が無いからな。勝たせてはやれないぞ?」
「望むところです! 実力で勝ちますから!」
エイルとアレクスは互いの拳を向け合って士気を高め合っているが、ベルは仏頂面で黙々と食事を進め、イリシュは冷めためでエイルに声を掛けた。
「エイル、あなたは後でここに残るんだ。話が有る」
夕食も終わり食器も片付けられ、アレクスとベルが自室へ戻った頃、エイルとイリシュはリビングに残っていた。
「エイル、あなたはバカか?」
「え? なんだ突然」
「心当たりが無いか? 呆れる。私はアレクスがエイルに挑戦する。その成長は嬉しいけど、エイルはベルと一緒にいるのが良かった。でもミーア? アンナ? 何故、あなたは違う女と一緒にいる? ベルの気持ちを考えて欲しい」
「······ごめんなさい」
エイルは昨夜の遣り取りで一区切り付いているつもりだった。アンナもミーアも知らない仲ではないし、浮気心なんてものも無い。しかし例えそうだとしても、ベルには「はい、そうですか」と納得できるものでは無かった。
「はぁ······ベルはあなたを信じてる。でも、あなたはベルの心に甘えないで。選考会が終わったら、ベルはあなたにたくさん甘える。良い?」
「はい、承知致しました。今後はもっと良く考えて行動します」
───昨日の今日でこのザマだ。流石にこの日から暫く、ベルはエイルの部屋へ足を運ばなくなったという。
エイルが余計な心労を重ねる一方、各パーティーは選考会に向け非殺傷性の得物作りを進め、いつもの魔物とは違う対人戦を想定して戦略を立て、連携を確認していく。
それは各領でも同じ動きがあり、トルレナのダンジョンに遠征に来ていたエヴィメリア王国の冒険者は一旦所属のギルドへ戻ることになり、エヴィメリア王国の各領は闘技大会に向けて一斉に舵を切っていた。




