第24話 ガチだった
今は、日本の暦に合わせるなら5月中旬から末くらい。第三王女フリーディアの訪領から大体月が半巡り、その間エイル達はアルトレーネ領内の依頼をこなしながら、今では多くの冒険者パーティーが挑むようになり、順番待ちの状況が続いているダンジョンの探索の機会を窺っていた。
ダンジョンの探索は一度に大部隊を投入して進めることも出来るが、冒険者からは「面白くない」と批判が出るし、ギルドとしても「初見殺し」での大損害は避けたいところである。
それにダンジョン所在地の店舗は、冒険者の滞在が長引く程「書き入れ時」が長引くので、ダンジョンアタックは順番で、多くても2パーティー合同くらいが、古くからの仕来たりになっている。
現在トルレナのダンジョンは、3階層まで探索が進んでいる。このダンジョンの特徴は、階を降りる毎に出現する魔物の大型化が顕著になる事があり、大魔法を使える魔法使いの同行が必須条件になっている。
ダンジョン内の鉱石は、人で言うところの瘡蓋の様なもので、取っても時間を置けば傷を保護するかの如く再生する。それは魔物も同じで、ダンジョンコアが食い溜めてきた膨大な素材とエネルギーが枯渇するまで、永遠と再生産が繰り返される。
ダンジョンから採れる鉱石等々、利用価値の有る物は交易品として扱われ、ギルドと国によって、国家や領の利益を損ねないように持ち出しが厳重に管理されている。
ダンジョンの情報は各国の上層部に公開し、国内で共有され、そこから「この○○が、○○個欲しい」等の注文が、依頼としてトルレナのギルドへ貼り出されている。
トルレナのダンジョンの特産品になっているのは、青鉄と名付けられた青味がかった鉄で、合金しても武具用の鋼としては使い物にならないが、磨けば青く綺麗に発色する。軟らかく加工が容易な事から装飾品の材料や、低めの融点から鉄器のロウ付けに使用し、接着面に青のラインを付けたりと、お洒落要素として人気が出た。
一番の目玉は、二層目に出現する体長50センチ程度の亀の様な外見で、甲羅の上にゴム質の外皮を纏い、威嚇の際に強靭な肺で外皮を膨らませ、体長程の球体に膨らむエクスパンドシェルという魔物の空気袋だ。
攻撃にも転用される圧縮空気は脅威的かつ、甲羅と外皮の間の空気袋を無傷で手に入れなければならないのが厄介であるが、薄くて丈夫でそれなりに透明で臭いもなく、耐水性の袋や水筒として重宝される空気袋は、かなりの高額で取り引きされていた。
「エイルさん、俺達もそろそろダンジョンの深い所に行きましょう!」
エイル達は今、ダンジョン用の掲示板の前で依頼を吟味していた。
「ああ、良いんじゃないか? じゃあこの探索進行の依頼で良いか?」
「そうしましょう! それで俺達で4階層まで行ってしまいましょう!」
「えぇ······また強い魔物の第一発見者にはなりたくないわよ? あ······イリシュごめん」
「大丈夫。キールも皆が無事で、元気なのが良いと思う」
「そうか、あれから1年くらいか。イリシュの言うように、気を引き締めて安全第一で行こう」
アレクスのパーティー、これを自動車に例えるのならば、エンジンはアレクスで、ブレーキがベル、ナビとして状況判断と取り纏めをするのがイリシュ、そしてこのパーティーを運ぶ車輪がエイルだろう。
アレクスと言うエンジンに、キールとミーアと言うツインターボが付いている様な状態だった一年前に比べれば、今はガルルの4WDを失ったものの、実に堅実な構成になっていた。
「───よし! それじゃあ今日はゴブリンだ! これで俺達もCランクになってダンジョンに挑戦が出来るぞ!」
「「おおー!!」」
隣からそんな話し声が聞こえてきた。掲示板の前で話をしていたのは、男2人女1人の新人冒険者のパーティーだった。どうやらパーティーの評価をCランクに上げる為、これからゴブリンの討伐へ向かうつもりの様だ。
「───エイルさん。やっぱ彼等を手伝いたいんですが、良いですか?」
その日、エイル達は新米冒険者のゴブリン討伐に同行した。アレクスとベルが主体になり、体験談を元に指導をして、最初は生意気だった新米達も、やがて二人に敬意を示すようになった。
「懐かしいな」
「キールから聞いていた。ふふ、オッサン」
「おい」
エイルとイリシュは、新米達とそれを指導する元新米達を温かい目で見守っていた。
翌朝、エイル達はいつもの様に、少し変化が出た早朝の稽古に向かった。
あの日以降、エイル達の稽古に多くの新顔が混ざる様になっていた。フィットネス目的の者や、単純に殴り合いの強さを求める者、興味本意だったり、子供を連れて来る者も居た。
「オフ、婚活の調子はどうですか?」
「フフ···ウフフ······アーク駄目よ、そんなこと聞いちゃ」
元Aランクパーティーのオフィーリアの姿もそこにあった。彼女の目的はフィットネスで、冒険者を引退して少し弛んだ身体を引き締めに来ていた。
「オフィーリアさん美人なのに、なんでお相手が見つからないんでしょうか?」
オフィーリアの背中を見送ったところで、ベルがエイルにそう尋ねた。
「オフィーリアか。美人だけど······元Aランク冒険者ってところが、ちょっと声をかけ辛いところが有るかもな」
「なんでなんで? なんで男の人はそんな事気にするの? オフィーリアさんに失礼だよ~!」
「それはな。ヘリオも言ってたけど、オフィーリアは世界を見て回ったからな。町から出た事の無い男ではそんなに知見が無いから、尻込みしてしまうところがあるんだよ」
「あー、自分のに自信が無いって事だ! でも、そのヘリオさんもレオニダスさんも、声かければ良いのに」
「自分に自信が無いで良いのに、なんでお前さんはそうなるかな? ヘリオとレオニダスも、旅の途中で声掛けたけど駄目だったって。それで今更自分からは言い出しにくいんだってさ」
「え!? それってまだ」
「「きゃーっ!!!」」
勝手にキャッキャし始めた女子を放っておいて、エイルはアレクスに話し掛けた。
「アレクスの親父さんは大工だったよな」
「そうですけど、どうしました?」
「稽古も様子が変わってきたからな。道着を揃えて、道場も作ろうかと思って。あと、ミットとかも必要かな?」
「「ドーギ? ドージョー? ミット?」」
突然飛び出してきた謎の言葉に、アレクスとロックが首を傾げた。
エイル達は今日は冒険者を休みにして、それぞれ町に繰り出していた。エイルは道場開設の為の手続き等を聞くため、ベルと一緒に領主の次男デュオセオスのところへ向かっていた。
「エヴィメリア王国の冒険者は、一度ギルドへ顔を出すように。エヴィメリア王国の───」
大通りを歩いていると、駐屯兵が冒険者に向けてアナウンスしていた。
「なんでしょうか? 緊急······ではなさそうですね」
「まあ大した事じゃないんだろうな。ちょっと行ってみるか」
エイルとベルがギルドへ着くと、受付カウンター越しにアンナが人集りが出来ている所を指差した。
人集りの隙間から見えるのは、一枚の大きな羊皮紙で、そこにはびっしりと文字が書かれ、最上段には何処かで見たことのある印が押されていた。
「なになに······な······にぃ? マジか!?」
「エイルさん、ここからじゃ見えません。何て書かれているんですか?」
ベルは爪先で立って見ようと試みるが、見えるのは屈強な男達のむさ苦しい後頭部ばかりだ。そんなベルに、エイルは書かれた内容を話してやった───
羊皮紙の文章の上部に押されていたのは国章の印で、「王前闘技大会開催の通知」のタイトルで始まる文章の文末には、「ピサトリティ·フリーディア·アヒヴァーダン·エヴィメリア」の名が記されていた。
「それって、あのときの?」
「ああ······あの話、本気だったのか!」
ホームセンターでオリハルコン売ってる現代スゲーじゃん!
オリハルコンって真鍮だったんですね。金ピカで加工しやすいですから、見つけたときは革命的だったのでしょうね。




