第22話 ご安全にお帰り下さい
翌朝の稽古はエイル、ロック、シュナ、それと昨夜話しを聞いた見学希望の者が、眠い目を擦りながら十数人程集まっていた。
「ベル達はどうしたのよ?」
「ああ、なんだ、ちょっと酔い潰れて、人に見せられない酷い事になってる······」
「マジすか······人に見せられないって」
「うわぁ······ってか、どんだけ飲ませたのよ?」
「知らん。勝手に飲んでた」
あの後、上機嫌になった面々は飲んで騒いで、先ず身体の小さいスズが脱落、ミーア、ベル、イリシュと続いて、アレクスは「俺がちゃんと連れて帰る」と男の意地を見せていたが、手を繋いでいないと何処かへ行ってしまう状態だった。
それをリヒャルト達3人に手伝って貰い、何とかパーティーの家までは帰り、リビングに並べて転がし、落ち着くまでエイルが介抱していた。
「てかエイルさー、見学ウザ過ぎ」
「すまん。それも昨日一気に広まってしまった」
「何かあったんスか?」
「王女様が来た」
「「おうじょ!?」」
話は後でも出来るので早速稽古を開始した。先ずは地味な基本稽古からだ。見様見真似で勝手に混ざる者も現れ、一時はほぼ全員が稽古を行っていたが、ビオンとティムが稽古の真似をするのがカワイイと、最終的にはそっちに気を取られるものが多くなった。
後半の稽古は、稽古の成果の披露も含めて組み手を行うことになった。先ずはロックとシュナで組み手を行い、その後は男はロックが、女はシュナが相手をして見学者の何人かと組み手を行った。
勝手に始まった見学会も、まずまずの盛況の下に終えることが出来、解散する者の中に「明日も来るかな」なんて言っている者も居た。エイルとしては門下生が増える事は嬉しくはあるのだが、今のメンバーとだけの時間が無くなってしまうのが少し寂しかった。
「どうしたビオン。いつもは組み手をしようって飛び掛かって来るのに、今日はなんか大人しいな?」
「ん〜? ホントだ、なんか雰囲気違うし。ティム、何かあったの?」
「ナー······ゴロゴロゴロ」
「ふ~ん、大人になったんだ」
シュナが言うように、エイルの目にもビオンから無邪気さが消え、落ち着きが備わった様に見えた。そしてそれは、周りのティム、リッキー、マブロ、そしていつの間にか仲良くなったミヤビ、その4体がビオンに向ける視線や距離感からも見て取れた。
「ロック、シュナ、あそこの窓見てみろ。フリーディア様も見学してたぞ」
エイルはフリーディアが宿泊しているホテルをこっそり見るように、二人に目配せして指示を出した。
「え! マジ?───マジだし!」
「うわやっべ! どうすれば良いんスか?」
フリーディアの姿を見つけると、シュナは手節で髪を整え、ロックは服を引っ張って皺を伸ばそうとしている。
流石にパレードでもないのに手を振るのはフレンドリー過ぎるので、エイル達は両膝をついて無難な挨拶をする事にした。王女はそれに手を振って挨拶を返すと奥へ引っ込み、付き人のアナスタシアが窓を閉めた。
「閉められちゃった······」
「多分、フリーディア様がこっちを心配してくれたんだよ。上位者の目が有っては下々の者がのびのびと出来ないからな」
それもあるが、単純にお互いこの後の支度があるからだった。
そしてエイル達も、この日は王女を隣の領まで送るという重要な依頼が有るので、稽古場に長居はせず支度をするため早々に解散となった。
エイルが家に帰るとパンツ一丁のアレクスが、がっしりと筋肉の付いた頼もしい身体を、濡れタオルで拭いているところだった。
「うわぁ······やっぱ臭えな。アレクス一人だけか?」
「······エイルさん、ご迷惑をおかけしました。女の子の達は起きるなり銭湯へ走って行きました。洗面器だけは片付けて行ってくれた様です」
「走ってか? それだけ元気なら命に別条はなさそうだ。しかしまあ、しっかり雰囲気に飲まされたな」
「······すいません」
「ああ、俺もスマン。自分の話に夢中で気が回らなかった。······アレクス、なんか食うか?」
「いやぁ、食べられそうにありません」
「そうか······飯でも炊いて、おにぎりにしておくかな」
エイルは外で火を起こし、飯盒を火にかける。それと並行して、交易ルートが開拓されたお陰で手に入る様になった鮭のような魚を塩で揉んで炙り、挑戦してみた野菜の塩漬けを用意した。
米が炊けたところで皿に広げて冷まし、塩を少々まぶしてから、手に水を付けて握っていく。具は鮭のほぐし身と、野菜の塩漬けの2種類で、握ったものは葉蘭で包んで並べていく。
海苔が欲しいところだが、そんなものは売っていないし、エイルは原料になる海藻が何なんか知らないので作りようもなかった。
(うん、いい塩梅だな。だけど物足りないな······味噌汁か?)
エイルは自分の分を食べながら、タカーマガハーラのリヒャルト達から、ちょっと味噌を分けて貰おうかと思った。
銭湯へ行った女性陣は、ミーアはそのまま領主の館へ直帰、スズはアレクスが家まで送って行き、エイルの目の前には、叱られた子犬のような表情のベルとイリシュが居た。
「ごべんなざい······ごべんなざい······」
「っぷ! しっかり喉をやられてるな」
「うぅ······いわだいでぇ」
「エイル、ずぐにカダづける」
「良いよ、やっとく。水飲んで支度してなよ」
「「あでぃがどー」」
急いで自室へ駆け込む二人を見送り、エイルは凄惨な現場に向き合った。
「······やっぱカッコつけるんじゃなかったな」
王女のお見送り式の会場は、町外れの教会の前だ。民が列を成して待ち、フリーディアが護衛の中隊を引き連れて会場までやってくると、大きな拍手と歓声で迎えた。
フリーディアから謝辞が述べられ、アナスタシアの号令で跪き頭を下げる。その間にフリーディアが客車へ乗り込み、姿が隠れたところで頭を上げるように指示が出された。
「前へ~、進め!」
中隊長の号令で、来たときと同じ様に隊列を組み、王女の護衛の一行は、拍手と歓声を受けて町から離れて行く。
「ウオォォォォン! ウオォォォォン!」
遠ざかる隊列に向けて、町の方から山犬種の遠吠えが聞こえて来た。
「あれ? これ、ビオンじゃね?」
「そうですね、この声はビオンちゃんです」
シュナの言葉に、フォスが同意を示した。
「へえ、良くわかるな。俺には違いがわからないぞ」
「へへん! パねーっしょ!」
アレクスの言葉に、シュナは胸を張った。
「でも、ビオンちゃんらしくないですね。······別れを惜しんでる?」
「別れね······あいつかな?」
フォスの言葉を受けてエイルは、名残惜しそうにチラチラと町の方を振り返っている国防軍の角山犬の一体を指さした。
「あいつね!───フォスさん、ビオンはもう“ビオンちゃん”じゃないの。大きく成長したみたい」
シュナの言葉に、ティムも相槌を打つかの様にゴロゴロと喉を鳴らした。
「───そうなのね。彼にミーアじゃ教えられない事を教えて貰らえたのね」
フォスは、大雑把ながらも昨夜の事を教えてくれたティムを撫でてやり、シュナはベルとイリシュの方を向くと、にやにやと顔を歪めた。
「醜態を晒したそこの二人は、何を学んだのかな〜?」
「うう······面目だい」
「ジュナぁ、虐めだいでよぉ」
領境に到達し、エイル達アルトレーネ領の冒険者は王女護衛の任を終了し、ハーゼル領の冒険者と共に森の中に消えて行く王女の隊列を見送った。
町へ帰還し、駐屯隊長が領主に任務終了の報告をすると、勝手に始まったお祭り騒ぎにも終止符が打たれ、日常が戻って来るのだった。




