第21話 畜生の晩餐は人知れず
1万PV到達してました!
81部分でようやくといったところですが、イイですね\(^o^)/
誤字の報告もありがとうございますm(_ _)m
『(知らないニオイが出た)』
ビオンはそう思った。今強く感じている匂いは2つあり、1つは角山犬の血の臭い。これは森に入ったときから感じており、森の中では日常茶飯事なのだが、近付いてみれば腐敗臭は感じず生気も感じ取れず、別の生き物の血の臭いにさえ感じられた。そしてもう1つは、突然現れた初めての匂いだった。
『ちぇっ! 逃げられちゃったよ!······このニオイ、気味が悪いなあ······でも、気になる。そんなに遠くはないし、行ってみよう!』
臭いに気が散って兎を逃したビオンが、森の中を駆けて辿り着いたところには、大きな人が角山犬の皮を被った変な人を追い詰めている状況があった。
そしてそこにはもう一つ、人の頭くらいの大きさの異質な石が有ったのだが、ビオンはそれを大して気にする事は無かった。
「───────!!」
変な人がビオンを指差して何かを叫んだが、ビオンには内容はさっぱり分からない。只その言葉が大きい人に何かを言っているという事は、変な人の視線から読み取る事は出来た。
『なんだお前は! 知らない奴はやっつけてやる!』
「ゴアオォォォッ!」
ビオンは取り敢えず威嚇をしてみた。そのビオンの威嚇に大きい人は叫んで返し、変な人は一目散に逃げて行った。
変な人の思惑通りに大きい人の敵視がビオンに向き、大きい人の拳がビオンに振るわれた。エイルよりもデカイそいつの迫力に、ビオンが飛び退き、拳が空を切ったところで国防軍の角山犬が到着した。
『大丈夫か坊や! ······ソイツは? ───見たことが無いヤツだ』
『おじさん見てて! 僕がコイツをやっつけるから!』
ビオンの目の前に居るのは、ビオンの感覚で言えば、着脱式の毛皮も爪も着けていない人で、ミーアとも、フォスとも、エイルとも違う。ベルとは角の形が違うけど、国防軍の角山犬達と似てる角を持った人。
ギルドに登録されている情報では「オーガ」。この国ではなく他の国で確認されている魔物で、額から一本の角が反り立ち、非常に好戦的で体長が2メートル近い筋肉質のゴブリンだ。
『やああ!』
低重心で4つの脚を持つビオンは、気を使ったフットワークにおいてはエイルを凌駕している。ビオンはオーガの攻撃を掻い潜り、飛び上がり、宙返りからの気合いを込めた強力な蹴りを打ち込んだ。
「グッ!? ゴオオ?」
ビオンの蹴りでオーガは尻餅をついていた。一方、蹴った方のビオンは勢い良くスッ飛び、驚きの表情を作っていた。
オーガとビオンでは、ビオンの方が圧倒的に軽すぎる。なので気合いを込めた打撃は、その威力を確実に相手に伝える為に、地面に踏ん張れる形で打ち込むのが理想だった。
エイルであれば、蹴りの伸び切る頂点を当てる事で、その威力を打点のみに残す事も出来るが、そんな事を知らないビオンは、脚が伸び切る前から当て、踏み抜いていた。その為、オーガは予想以上の衝撃にバランスを崩して尻もちをついたが、その残りの反動は全てビオンが受ける事になり、オーガの胸を借りてジャンプした様な形になってしまっていた。
『坊や! 大丈夫か?』
『うん、平気だよ······なんで? どうして僕の攻撃が効かないの?』
オーガは少し咽るも立ち上がり、納得のいかない顔のビオンを睨み付けている。ビオンにとっては気に入らない結果だったが、オーガも子犬に尻もちをつかされ、同じく気に入らない結果だった。
『坊や、逃げるぞ! 皆のところへ走るんだ!』
『嫌だ! 僕がやっつけるんだ!』
ビオンは今までに、多くの獲物をやっつけて食ってきた。しかし、ビオンがやっつけてきたのは、生態系のピラミッドの礎たる野生の動物だけだ。それに逃げられた事はあっても、手痛い反撃で狩りを断念した事も、仲間との喧嘩で痛み分けも学んでいなかった。
『聞き分けるんだ坊や!』
『嫌だ嫌だ! 僕は強いんだ!』
ビオンはエイルやミーア達に感じた気を身に付ける事が出来た。その中でもエイルのソレは一際大きかった。ビオンの中では、ソレの大きさが強さであり、エイルも自分もソレがあるから強く、そして剛い。ソレが無いもの───目の前のオーガは、弱く、そして脆くなくてはならなかった。
『駄目だ坊や!』
引き際を知らないビオンは、制止の声を聞かずオーガに向かって行く。狙いは地についている足、その腱を食い千切る事にした。フットワークで攻撃を潜り抜け、素早く背後に回り込み、狙った足首の裏に噛み付く事が出来た。そこまでは良かった。
ビオンの体は強い力に引っ張られた。それはオーガが足を勢い良く蹴り上げていたからだった。
気合の噛み付きにより牙は深々と突き刺さり、その上、ビオンが絶対に離すまいと強く噛んでいたことが仇となり、オーガの脚が頂点へ達したところで牙が外れ、蹴り上げられた遠心力は回転エネルギーに変わり、ビオンは空中に取り残された。
『(どうしよう!? 回ってる? 上も下も分からないよ! お母さん! 僕飛べないよお!)』
強く握り締められ、オーガの口角と共に大きく振り上げられたオーガの拳は、避ける術の無いビオンに向かって振り下ろされた。
「ギャイン!」
声の主はビオンを庇いに入った国防軍の角山犬だった。ビオンは彼と一緒に地面に投げ出され、先に起き上がったビオンは、息に血の臭いが混ざる彼の体を押した。
『おじさん! おじさん、動いてよ!』
ビオンは迫るオーガから一緒に逃げようと彼を押すが、彼はオーガを睨んだまま動こうとしなかった。
『坊や、一人で逃げなさい。いいかい、大人の言うことは聞くものだよ』
『嫌だ嫌だ! おじさん逃げようよお!』
ビオンはエイルやティム達との遊びとは違う、本気の戦いで劣勢に立たされ、初めて感じた恐怖という感情に思考を支配されてしまっていた。
オーガが迫り、国防軍の角山犬が仲間にビオンの危機を伝えようかと思ったその時、上空から飛来した何者かがオーガの眼球に爪を突き立てた。その何かを振り払った片目のオーガと、ビオン達が見たのは、巨大な2つの瞳を輝かせる化獣だった。
『おや、何故アレがここに居るのじゃ?······まあ、どうでも良いのじゃ』
『お前! そんなところに居ると危ないぞ! 大きいヤツと、もっと大きいヤツが居るんだ!』
ビオン達とオーガの間に、優雅に歩み出たのはミヤビだった。ビオンの言葉など気にも留めず、凛とした佇まいで居座り、大きな房の尾を妖艶に振っている。
『もっと大きい奴? 小僧、鼻が曲がったのか?───良いか、ここからは目に映るものに囚われてはならぬ。理解出来ぬ者は動かず、尻尾を巻いて居るのじゃ───キュォン!』
最後のひと鳴きを合図に、ミヤビの攻撃は始まった。
グローズルフクス(ギルドではファントムフォックス)は、タカーマガハーラ周辺で人が使役出来る魔物の中で最脅と恐れられている。その膂力は角山犬以下で、背に人を乗せる事を極端に嫌い、騎士の相棒にはなり得無いが、最大の武器は幻覚催眠だ。
尾から撒かれる魔力を含んだフェロモンは、吸引した者にグローズルフクスの意志に沿った幻覚を見せる事が出来る。狡猾な彼等は自身の狩りにもその力を存分に使う為、タカーマガハーラ周辺の森に入る際に最も脅威になるのが、グローズルフクスの幻覚催眠である。
オーガがミヤビに拳を振るう。その拳はミヤビを強く打ち、決して小柄ではないミヤビが小石の様に弾かれ、木に叩き付けられた。
『うわああ! お姉ちゃん! お姉ちゃんがやられちゃった!』
───ビオンにはそう見えていた。そしてオーガがミヤビに止めを刺そうと走り、ミヤビを何度も何度も踏み付け始めた。
『止めろ止めろお! お姉ちゃんが死んじゃうだろう!』
夢中でミヤビを踏みつけるオーガを止めるべく、ビオンは持ち上げられた右足に狙いを定めて飛び掛かった。
「ギャアォォオ!」
ビオンが右足に噛み付くと、オーガが声を上げて崩れ、何故か左脚の腱を抉り切られ、首から血を流していた。ビオンには意味が分からなかったが、チャンスである事に変わりは無いので、4つの脚を大地に踏ん張り、オーガに声を上げた。
『お姉ちゃんに手を出すな! 僕がお前をやっつける! お姉ちゃんは僕が守るんだ!』
その時オーガが見たのは、牙を剥き出しにして、鋭利な爪と重厚な爪を立て、月と同じ黄金色の瞳で睨み付ける巨大な化獣だった。
「ゥオンッ!」
化獣が吠えると、鋭利な爪がオーガの右腕を切り裂き、重厚な爪が左腕を抉り取った。
オーガは生命の危機を感じ、目の前の化獣に背を向け地面を這いずって逃げだした。が、眼前にはグウウゥと背後から首を伸ばし、化獣の顔が立ち塞がった。
「グギャォオオオ!」
オーガは残りの目玉を取られ、真っ暗な世界を、ろくに動かない負傷した手脚で藻掻いた。沢山の足音が自分を囲み、自分の胸と耳元に脚が置かれると、生暖かい息が首にかかり、熱い牙が皮を破り、肉に刺さった。
「ギャォ! ヒュー······ヒュー······」
化獣に喉を完全に食い破られ、薄れ行く意識の中でオーガが最後に見たのは、自分を組み伏せ喉に食らいつく小さな犬と、憎たらしい顔の小さな猫、翼をたたみ小さな瞳で睨みつける大きな鳥、佇まいから圧倒的な強さを感じさせる大きな猫、そして自分を覗き込むニヤニヤ顔は、踏み殺した筈の太い尾の細い犬だった。
『へえ、姐さん面白い事するねぇ』
『······私達をひとつに見せてた?』
『敵に回すとこれ程恐ろしいものは無いぞ』
『ホホホ、そう褒めるでない! 嬉しくて顔が緩んでしまうのじゃ!』
『お姉ちゃん!? え? お姉ちゃんは······え?』
ビオンはミヤビが横たわって居るはずの場所を見たが、そこには───足踏みをした跡だけが残っていた。
『くくく、お姉ちゃんは僕が守る───か。格好良かったぞ、惚れてしまいそうじゃ』
ミヤビは自分の鼻をビオンの鼻にコツンと当てた。
『何すんだよ!』
『ん〜? もう少し大人になってから相手をしてやろうかの?』
『······貴様達、どうして?』
国防軍の角山犬が立ち上がり、ビオン達に歩み寄った。まだオーガに打たれた痛みが残り、少し脚を引き摺っているが重症という程では無いようだ。
『おじさん大丈夫なの!? みんな、おじさんは僕を庇ってくれて! それで!』
『俺達の仲間を守ってくれてありがとう。貴方には感謝をする。そして、貴方を利用した事を詫びたい』
『手の焼ける坊やだ。貴様達の苦労が目に浮かぶよ』
リッキー達は国防軍の角山犬と頬ずりをして、親愛の挨拶を交わしていった。
『───それはそうと、腹が減ったな。お前の獲物食っていいか?』
『僕の······じゃない。良く分からないけど、みんなも戦ってくれたんでしょ?』
ティムがビオンに食事の許可を貰おうと声を掛けると、オーガの死体に残った匂いから、先程の戦闘の内容を理解したビオンは皆の顔を見渡した。
『あっ、お前! そう言やもう目ん玉食ってんじゃん!』
『······さあ、何の事? 止めは君が差したんだ。これは君の獲物で良いと思う』
ティムが目玉を啄んだマブロに抗議の声を上げたが、マブロはそんな事は無視だった。
『じゃあ、みんなで分けて食べよう! おじさんも一緒だよ!』
『坊や、大人の······仲間の言うことは聞くんだぞ』
『うん! 僕はみんなからもっと教えて貰わないといけない。それが分かった! 僕がおじさんの言う事を聞いていれば、おじさんが怪我をすることも無かった······』
『坊や······さあ! 食おう! 早く食わねば、全部食われてしまうぞ!』
こうして人知れずひとつの戦いが終わった。仲間の意味を知ったビオンが、仲間と共にご馳走にありついている傍らには、意味有りげな彫刻が刻まれた石が無造作に転がっていた。
野生のグローズルフクスによる被害報告
・平地だと思って歩いていたら崖から落ちた。
・木の実を集めていたら石と糞だった。
・女の子を保護しようと思ったら奴だった。
・奴に化かされて仲間と殺し合いをしてしまった。
・クソフクスの奴に化かされたんだ!
俺はハナちゃんのパンツを盗んでない!




