第8話 生還
「これは······ちょっと大事になりそうですね。早く森から抜けた方が良いでしょう」
止めを刺さしたオークを見るなり、アンナは即時撤退を提案した。
アンナは元冒険者で、エイル達とパーティーを組んでいたときはリーダーとして優秀な働きをしていた。結婚を期に冒険者を引退して、医者の旦那の手伝いを経て現在はギルドの受付嬢だ。
冒険者として培った知恵と、旦那の助手として冒険者の話から得た知識と、世界に展開するギルドで共有されている情報とを総合的に判断した結果だろうと、エイルとファルはアンナの提案に素直に同意した。討伐証明はギルド職員同行の元なので免除、早々に立ち去る事となった。
エイルは角山犬の鞍に跨り、ベルカノールの所へ移動していると、女性の啜り泣く声が聞こえてきた。
声の主はベルカノールと青髪の鳥人の女の子で、ペタンと地面に座り、抱き合って泣いていた。ベルカノールは青色の翼で包まれていて、遠目では一塊の青い玉の様に見える。
鳥人の子はエイル達の存在に気が付き、ベルカノールを抱いている翼を少し下げ、彼女の視界を開けた。
「エイルさん!良かった無事で···!私···ごめんなさい、顔を見れなくて···見てしまったら足が止まってしまいそうで!ごめんなさい、置いて行ってしまって···私···」
「俺がそうしろと言ったんだから、気にすることじゃない。ベルカノールも無事で良かった」
言いたいことが纏まらないベルカノールに一言返し、エイルは角山犬から降りようとしたが、アンナに太腿を引っ叩かれて止められた。
「エイル君、イチャイチャするのは帰ってからにして頂戴」
プライベートでは、エイルもファルもオルフもアンナから君付けで呼ばれている。アンナにも初心な時期はあったが、今では乙女心なんぞどっかに仕舞い込んで忘れてしまっていた。
そんなアンナをよそに、リアクションに困っているベルカノールを乗せるため、鳥人の女の子が角山犬を伏せさせた。
「はじめまして、今回アレクスのパーティーに同行したエイルだ。君がミーアで良いのかな?」
「私がミーアだよ。エイルさん、ベルを助けてくれてありがとう!この子はガルル、私の大切な弟だよ。ベルとも仲良しで───」
「ミーア、皆待ってるから後で話そ?」
ベルカノールに話を切られると、ミーアはガルルを撫でながら彼に話し掛けている。話を切られた事で根に持つ事は無いようだ。
エイルの後ろに乗せられたベルカノールは、上体を反らせた不自然な格好で鞍に跨っていた。いろいろ気にして恥ずかしがっていることはわかるのだが、エイルからでは言い辛い所があるので、目配せでアンナに助け舟を求めた。
「ベルカノールさん。エイル君は修行を積んで煩悩を捨てていますから、そう固くならなくて大丈夫ですよ。エイルさんも固くなりませんからね。ドーンと背中に抱きついちゃって下さい!」
どうやらエイルは助け舟を求める相手を間違えた様だ。
「ハッハッハ!エイルも初めてアンナを背負ったときはガチガチだったな!随分修行を積んだようだ」
ファルの援護射撃も大して役に立っていない。寧ろエイルを撃沈せしめようとしている感がある。
「奴等は場を和ませようとして、バカを言っているだけだから気にする事は無いさ。さあ、宜しく頼むぞガルル」
エイルがガルルの頭を撫でると、ガルルはが立ち上がりゆっくりと歩き始めた。立ち上がりのとき、ぐらついたベルカノールは自然にエイルの背中に抱きつき、いよいよ観念して腰に手を回し、しっかりバランスを取れる様にエイルに掴まった。
ベルカノールの激しい鼓動が、エイルの背中に伝わってくる。向こうのが伝わるなら、こちらの激しい鼓動も伝わっている筈だ。悟りを開いた訳では無いのでエイルも無心とはいかない。
エイルが心の動揺を隠す為、一層意識して丹田呼吸法を行うと、それを察したベルカノールもエイルの呼吸に合わせてきた。暫くガルルの背中で揺られながら呼吸を合せていると、ベルカノールの呼吸はいつの間にか寝息に変わっていた。
鳥人種のファルが上空から周囲の警戒をする為に飛び立った。ミーアは普段着のワンピースを着ており、飛ぶ気はない。得物の弓は担いでいるので戦闘になったら飛ぶだろうが、今はアンナと話しながら歩いている。エイルの声でベルカノールを起こすのを嫌ってか、エイルは全く会話に入れてもらえないでいた。
ゴブリンと戦闘した場所で、エイルのリュックサックと籠を回収して、森を抜けて町へ戻り、ギルドに無事に帰還した。
アレクスとキールと合流し、早速アンナの旦那の医院へ向かった。アンナはギルドに残り、仕事を抜け出した事をこれからしっかり絞られることだろう。
アンナの旦那は、エイルを一目見て「君は大丈夫だね」と、直ぐにベルカノールの治療に取りかかった。アンナの旦那の天職は『薬師』だ。麻酔も扱うので、執刀医の勉強もしてあり、外科的な事もある程度はできる。
待機組はミーアによって説教が始まった。エイルは対象外だったので、少し距離を置いて内容を聞かせてもらっていた。どうやら男二人が「依頼の成功続きで調子に乗っている」という内容だ。
成功続きのパーティーには、自分達の力を過信するタイミングがいずれはやって来るものだ。そして最悪の場合、パーティーの全滅も聞かない話ではない。
今回はエイルの落ち度もあるし、オークの乱入というイレギュラーもあったが、結果的に今期の新米パーティーで最初にやらかしたのが彼等だ。これで他の新米パーティーも、気持ちを引き締めることになるだろう。
さっきの事後処理もあるので、頃合いをみてエイルはミーアの説教に割って入り、反省中のアレクスを呼んでギルドに向かった。キールは「俺も連れて行ってくれ」と目で訴えたが、エイルとアレクスからミーアの話し相手を無言で任命された。
エイルがアレクスと共にギルドへ入ると、気付いたアンナが向かって来た。
「アレクスさん、エイルさん、先程のレイドの報奨金について御説明しますので、あちらへどうぞ。」
エイルとアレクスはギルドの奥の部屋に通された。内装がそれなりに豪華な応接間で、品の良い装飾品や装備一式等も飾られている。
アンナに促され、長机を挟んで置かれているソファーに、エイルとアレクスは腰を下ろした。
「エイルさん···なんでそんなに堂々としていられるんですか?」
アレクスは部屋の雰囲気に気圧されたのか、縮こまってキョロキョロと部屋を見回していた。
「10年も冒険者をやっていれば何度か入ることになるぞ。説教される訳じゃないんだ、踏ん反り返って座ってれば良いさ」
エイルが先に背もたれに身体を預け見本を見せてやると、アレクスも真似をしてソファーにもたれ掛かって脚を組んだ。
エイル達が背伸びを満喫していると、荷物を持ったアンナが対面のソファーに上品に座り、エイルに睨みを効かせた。あまりの鋭い眼光に、2人はピンと背筋を伸ばして座り直すことになった。
「エイルさん、冒険者として節度ある態度を教えて下さいね。良いですか?」
「はい、承知致しました」
余計な先輩風は吹かせるものではないと、エイルはアンナから指導された。
アンナが一枚の木札を取り出し、アレクスに配った。削って再利用出来る木札には、「ゴブリン3000リィン 5体 15000リィン 採取物 320リィン」と書かれていた。
「こちらの木札は、アレクスさんが受けた依頼の討伐証明書です。アレクスさんの報告通り、5体のゴブリンを確認出来ましたので、私の報告をもって発行しておきました。それと籠の中身の分です」
アンナが次の木札をアレクスとエイルの手前に配り、それの説明を始めた。内容はどちらも「レイド報酬 6000リィン」だった。
「アレクスさん、こちらが緊急招集、通称レイドの精算書になります。分配方式の詳細の説明が必要でしたら、後程相談窓口の方へお願い致します。パーティーを代表してアレクスさんとエイルさん個人に支給されます。今後の御活躍を期待致します。お受け取り下さい」
レイドは滅多に発生しない制度だ。予期せぬ強敵に遭遇したり、予想以上に敵の数が多かったりとか、そんな事はあっても年に数回程度の頻度でしかない。
レイドには暗黙のルールがあり、多くの他人が集まるとどうしても金銭トラブルが起きやすい。なので、「なるべく見知った仲間内で助けに行きましょう」というのがある。駆け出しパーティーは他のパーティーとまだ交流が浅いので、レイドでトラブルを起こし易いのだが、今回は顔見知りが飛び出してきたようなものだったのですんなり処理が出来た様だ。
アンナが羊皮紙をエイルとアレクスの前に広げた。本来居ないはずのモンスターが出現した時点で、エイルは薄々予想はしていたが、ダンジョンに係るクエスト開始の通知書だった。
「今回討伐したオークは、ダンジョンの魔物のオークナイトと確認出来ました。アレクスさんも話には聞いたことがあるとは思いますが、ここ、アルトレーネ領にダンジョンが出現した可能性があります」
アンナはアレクスに視線を送り、アレクスからの回答を促した。
「はい、学校で少しは勉強したので。ダンジョンコアってモンスターが、移動しながら辺りの物を食って吸収しまくって、動けなくなった所がダンジョンです。ダンジョンは、地下の珍しい鉱石とかも食ってるから、ダンジョンが出来た国と町はメッチャ栄えるって聞いてます」
「はい、よく理解されておいでです。ではエイルさん、補足をお願いします」
エイルは「仕事しろよ」と思いながらも、ダンジョンについて補足を入れた。
「そうだな···ダンジョンコアが食べ歩きするのは、鉱石を始め鉱物全般だから、宝石として価値のある石も出てくる。他の土地の植物や、虫とか微生物も持ってくるから、生態系の変化も起こったりする。魔物関連だと、ダンジョンコアは取り込んだ魔物とか、人間とか、生物の死体から魔物を作って生み出している。さっきのオークも甲冑を着ていただろ?ダンジョンコアが食ったものでアレンジして、自己防衛用とかで魔物をダンジョン内に放つんだ。アレが野生化とか繁殖して、素っ裸か人間から奪った布を巻いてるのが、ゴブリンとかの魔物だ」
「素晴らしいです。良い先輩を持ちましたね。しかしながら、肝心な所が抜けています!」
熱の入ったアンナは、ドカッと机に手をついて身を乗り出して続きを話した。
「この紙を掲示板に貼った時点で、町はお祭り騒ぎになります!何処に有るか分からない、もしかしたら隣の国、隣の領の方が近いかも知れないダンジョンを、他のギルドが見つけるより先に当ギルドが発見しなければなりません!従って人類の管理外、魔物の領域である危険区域への侵入が許可されます。何故ならば!最初にダンジョンを見つけたギルドが、ダンジョン探索を管理する権利を得る事が出来るのです!」
最後は両手を広げ大袈裟な手振りで語ったアンナは、淡々と話を閉めてエイルに退室を促した。
ここからはパーティーのリーダーのアレクスとギルド職員の一対一での話だ。ギルドには冒険者の監督責任もあるのと、アンナとしては元冒険者としてのお節介もある。今日の出来事の責を咎め、果たした成果を褒め、かわいい後輩を励ますのだろう。
ギルドから出たエイルはその足で露店に向かい、肉と野菜を薄焼きパンで巻いたトルティーヤの様なものを買って、月明かりが照らす中帰路に付いた。
エイルは明日からの稽古には、気のコントロールも盛り込んでいこうと考えた。肉体の鍛錬と技に限界を感じ始めていたが、とうとうエイルは限界の先のさらなる境地の手掛かりを掴むことが出来た。これを極めれば、この世界における新しい武の道を切り拓く事ができるだろうと考え、期待に胸を踊らせるのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
導入部はここまでとなります。
世界観、パワーバランスはこんな感じです。
ここまでの評価をして頂ければ幸いです。是非!




