第18話 格闘家にございます
ご愛読ありがとう御座います。
第17話をちょっと修正加筆しました。
・竜をリュウに直しました。
・タカーマガハーラの三人の容姿に関して文章を追加しました。
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三人の人種は人間種で、容姿は和人では無く、この大陸に分布している人間種と同じ見た目で、服装も和装では無く、エヴィメリア王国の物と差ほど違いの無いデザインの物だった。
店のフロアの中央には、テーブルを退かして作られた円状の空間がある。そこには現在、エイルと第三王女近衛隊長アナスタシアの二人が対峙していた。
『どっちに賭ける?』
タカーマガハーラの冒険者達は、どちらに賭けるか悩んでいた。本当は悩む必要も無い程圧倒的なのだが、それ故に悩むことになった。
今のところ、アルトレーネの冒険者は、申し訳無さそうに全員エイルに賭けている。それはエイルという男の強さを知っているが故であるのと、相対する二人をみても、背は頭一つ分、首も腕も太さは倍以上、胴のぶ厚さも比べるまでも無い程だ。
『隊長さんに賭けてるの王女様だけだよ。これじゃ賭けにならないじゃない』
『でも俺等がそんなこと気にする事じゃないしな。王女様と隊長さんには気の毒だけど、エイルさんに賭けるべきじゃないか?』
一応周囲に伝わらないように母国語で相談をして、エイルに賭ける事に決まった。それは他の他国の冒険者も同様で、何とも気不味い雰囲気には包まれた。
もしこれがなんでもありの真剣勝負なら、アナスタシアにも分がある───寧ろ優勢だろうが、今はフィジカル頼みの素手の勝負だった。
「それでは───始め!」
バチィッ!
エイルの身体が一瞬揺らぐと、次の瞬間には脚が振り抜かれた姿勢になっていた。
「今の見えましたか?(やり辛いな、降参······はしてくれないよなぁ、どうしよう?)」
「見えたか、だと?───それは、今のは当てるつもりなら当てられたと! 舐めるな!」
アナスタシアは拳を固めて一歩踏み込むが、直ぐ様大きく後退する事になった。
「おお! 躱した! エイルの蹴りを躱したぞ!」
(否───躱してなどいない、動きを感じて後ろへ飛んだだけだ。何なんだこの男は! 恐ろしくて近付けない! こんなんじゃあ喧嘩にもならないではないか!)
アナスタシアは、自分の背中がじっとりと濡れている事に気が付いた。背中の不快感だけではない、額にも冷や汗が滲んでいるのが分かった。
(臆するな! 私は剣を持った相手とも戦えるのだ! 丸腰相手に何を臆するものか!)
「おぉおおおッ!」
勇ましい雄叫びと共に、アナスタシアは一気にエイルの懐へ飛び込んで、力いっぱい拳を振るった。
「───え!?」
次の瞬間アナスタシアは世界が回る浮遊感を覚え、気が付けば床に尻をつけていた。
「何をし───た!?」
アナスタシアは取られたままの腕をグイッと引き上げられ、立ち上がらされた。
「諦めるまで相手になる」
エイルはそう言ってアナスタシアを突き飛ばし、もう一度仕切り直しの意図を伝えると、思ってもいなかった見世物に、ギャラリーは大いに盛り上がった。
「ばっ! 馬鹿にするな!」
───その後も、何度も何度もアナスタシアは転がされ、流石にギャラリーもその姿に憐れを感じてトーンダウンし始めると、フリーディアがエイルに提案をした。
「エイル、貴方は強い。このままでは私の近衛隊長が余りにも憐れだ。そこで、私は近衛隊長に木剣の使用を許可したい。如何か?」
「───胴への攻撃は即死、四肢へ攻撃が当たった場合は、その腕や脚は使わないという規則で構いませんで御座いますでしょうか?」
エイルは手刀で左腕と右腿を叩くと、左腕は背に回し、右足を床から離して片足で立って見せた。
「随分と優しい提案をしてくれた。───アナスタシア、聞いてのとおりだ」
「······畏まりました」
木剣を持ち歩いている者など居らず、駐屯隊長が訓練用の木剣を取りに走り、その間フリーディアは口を一文字に結びながらも、目はキラキラと輝かせていた。
その場に居る者は、フリーディアの良くわからない態度に困惑しながら駐屯隊長を待ち、息を切らした駐屯隊長からアナスタシアへ木剣が手渡されると、エイルとアナスタシアの闘いが再開された。
「───『堂に入る』ってやつかな?」
「何を訳の分からないことを!」
木剣を受け取ったアナスタシアは、剣を上段に構えると、鋭い踏み込みでエイルに接近し袈裟に斬り付けた。
エイルはそれをバックステップで躱し、反撃を───する事が出来なかった。
(狙いは腕······武器破壊か。剣のリーチを活かして、必要以上に近付かず、次の手を打てるように体勢も崩さない。俺のカウンターをカウンターで潰すつもりか······どう崩すか)
(私の手をあの男の間合いに入れてはいけない。私が剣を反すより先に掴まれる、それ程までにあの男は早い、早すぎる。······まさか剣が素手相手に攻めあぐねるとは······さて、どう誘うか?)
たった一度の攻防で相手の力量、間合いに目処を付け、二人は各々勝ち筋をシミュレーションする。そして、先にアナスタシアが動いた。
『同じ様だけどちょっと違う。あの隊長さん、太刀筋を変えながら何かを探ってるな』
『何かって、何よ?』
『それは分からない。だけど、それはエイルさんも同じだろう』
リヒャルトとエミリアの会話は、静かな店内の全員の耳に届いた。母国語で話していた為、内容を理解出来た者は居ないが、そんな事は気にせず、どちらかが勝負を仕掛けるその時を見逃さまいと、全員が固唾を飲んで見守っていた。
(横薙ぎが多い······躱すには大きな動きが必要になるから、まあ、そうなるか。だが───)
(回避の動作が小さくなってきている! 今のなんか紙切れ一枚分くらいしか隙間がなかったぞ。間合いを完全に把握されたか······)
「ああ! エイルが動いたぞ!」
誰かが叫んだ。ここに来て初めて、エイルとアナスタシアがほぼ同時に仕掛けた。
「チィッ!」
タイミングを崩されたアナスタシアは、エイルの突進を止める為、慌てて木剣を横に薙いだ。
「『見切った!』」
「消え───っあ!? おああッ!」
「───っな!?」
カンッと木剣が床を打つ軽い音と、ドッと床に倒れる重い音が鳴ると、二人は直ぐに飛び退いて、再び対峙していた。
「いくら木剣でも、容赦が無さ過ぎですね」
「貴方を相手に加減をする余裕など無い」
二人が次の手を思考している間、ギャラリー達は今の攻防を振り返っていた。
「おい······今、何が起こったんだ?」
「二人が同時に動いて、隊長さんの剣をエイルが変な事を言って躱した······そうしたら、隊長さんが倒れながら剣を振った?」
「違う違う! エイルはしゃがんで躱してから、隊長さんの脚を蹴った───いや、払ったか? それで隊長さんは、一瞬宙に浮いて、倒れながらも剣を振ったんだ!」
エイルはしゃがんで剣を回避し、そのままアナスタシアの足を刈って、転倒から腕を取りに行くつもりだった。
しかし、脚を刈るところまでは思惑通りだったが、アナスタシアは両足を払われ、床に叩きつけられようとする中、受け身の選択を捨て、身体を捻り、エイルの脳天目掛け木剣を振るっていた。
「あの女兵士も相当な力の持ち主のようだが、それ以上に凄いのは、エイルさんの方だ。アレクス君、彼は一体何者なんだ? 彼も天啓の儀を受けているのだろう?」
「エイルさんは、カクトーカです!」
「カクトーカ······初めて聞くな? どういう意味だい?」
「えーと······ベル」
「はぁ······覚えててよ。“カクトー”は相手と組み合って闘う事、“カ”はそういう人という意味らしいです。エイルさんは武器に頼らず、相手を倒す術を持っている方です」
「俺は初めてエイルさんと模擬戦をしたとき、剣を抜く事すらさせてもらえませんでした」
「エイルは自分の体を、武器と呼べるほどまでに鍛えている」
「エイルさんの打撃には鎧なんて意味が無いんだよー!」
「なので父がエイルさんの事を“あいつは商売相手にならん!”と言っていました」
「カクトーカ、か。今回の冒険は土産話に困らないな!」
「そうね! 人同士の戦いはあまり好きじゃないけど、この戦いは惹かれるものがあるわ!」
「ああ、憧れちゃうね!───お!動きが有りそうだぞ!」
ギャラリーの視線が二人に向くと同時に、アナスタシアが先手を打って木剣を振る。相手に隙を与えない堅実な太刀筋でエイルに仕掛け、それを受けるエイルは、紙一重で木剣を躱し、フットワークで掻き回し、相手にイニシアチブを与えないように立ち回り、店内は靴底が床を踏む音と、くたびれた床板が軋む音、それと大勢の興奮した声で満ちていた。
そんな中、くたびれた床板が悲鳴を上げ、アナスタシアの剣が強く振り抜かれた。




