第17話 なぜこんなところにいらっしゃったのですか?
「大将! 適当に頼むよ!」
「適当にしか作れねぇよ!」
大将の店も他と同じで、食材の仕入れの都合により、有り合わせのものしか作れない状況でいた。そして混雑が過ぎるため、久し振りに大将もその手腕を振るっている。
「ここは賑やかな店ですね」
エイル達の隣のテーブルには、タカーマガハーラの冒険者パーティーが座っている。もう彼等も何度か依頼の慰労で来ており、それなりに雰囲気には慣れていたつもりであったが、今日の店内は所狭しと壁を取っ払い、店外まで賑やかに盛り上がっていた。
「冒険者御用達ですからね。俺はエイルです。仲間から話を聞いていまして、少し話をしてみたいと思っていました」
エイル達のテーブルから順番に自己紹介をしていき、隣のテーブルに順番が回った。
「俺がこのパーティーのリーダー、勇者の『リヒャルト』です」
「俺は魔法使いの『ペーター』だ」
「私は魔獣使いの『エミリア』です。魔獣のミヤビ共々宜しくお願いします」
三人の人種は人間種で、容姿は和人では無く、この大陸に分布している人間種と同じ見た目で、服装も和装では無く、エヴィメリア王国の物と差ほど違いの無いデザインの物だった。
国と主言語は違えど、ギルド加盟国は副言語として英語を教えている。多少現地仕様にアレンジされてはいるものの、エイルは前世で授業で習う程度には習っていたし、こっちの授業の殆どが言語教育に費やされているお陰で、他国の冒険者とも会話が出来る様になっていた。
「貴方達は『ミソ』とか『コブ』とか、『ミヤビ』もそうですけど、ちょっと語感の違う言葉も使いますね?」
「ああ、それですか? 何か古くから有る言葉みたいで、千年前から伝わってるらしいです。『ヤマートコトバ』と呼ばれています。人以外の名詞に多く使わていますね」
「千年前······その千年前の、獣人種と鳥人種の伝承なんかは伝わっていないのですか?」
「ヤマートコトバが多くて分かり辛いかも知れませんが、聞きますか?」
リヒャルトが現代に伝わっているお伽話の様な伝承を話し、それを肴に皆でツッコミを入れながらジョッキを傾けた。
語られたのは、『オンミョジノミコ』という女が居て、犬と猫と鳥とリュウの『シーシン』という使いを連れて、『オニ』を倒したというよくある英雄譚だった。
そしてここまでが子供向けで、後半はオンミョジノミコがシーシンの犬、猫、鳥と子供を作るお話しだった。
「オンミョジノミコは私のご先祖様なの!?」
「ミーアちゃんは鳥人種か、このお伽話が本当ならそうなるね」
「なんでリュウと言う奴とは子供作らなかったんですか?」
「それは分からない。多分合わなかったんだろうって話にはなってる」
「何が合わなかったんです?」
「いやナニは、ほら、アレだろ?」
「アレ?······あっ、ああ、アレ!」
アレクスが話の中には居たリュウが除け者にされている事を指摘すると、リヒャルトは指で輪を作って拳を当てがって見せた。
「男の人ってそっちばかりで駄目ね。母子の心配をして欲しいものだわ。ねえ、スズちゃん」
「え!? は、はい! 身体が小さいと赤ちゃんが大きくなれません」
実際に人と魔獣がどうやって混血したかは解明されておらず、この世界の文明では、それがどの様に遺伝しているのかすら研究は進んでいない。そもそも突発的に獣人種、鳥人種、魔人種が生まれるのも、そういうものだと受け入れており、研究する気など毛頭ない状況だった。
エルフとドワーフとの混血に関しては、1代だけの遺伝が確認されている。それ以上代を重ねると急に血が薄くなってしまい、エルフとドワーフの要素を持たない子が生まれる様になってしまう。
エルフとドワーフ、特に保守的なエルフにとって混血児は、寿命が短くなった上に血統を失うだけの忌み子として扱われている。
エイルはリヒャルトから話を聞いていく中で、ある程度の仮説を立てることが出来た。
かつてタカーマガハーラの前身となる国に、陰陽師の関係者の巫女さんが転生して、今で言うところの魔獣使いとして活躍した。その功績から、巫女さんの話の中にあった神の国、高天原から名をとり、国号をタカーマガハーラに変えた。
リュウは、ヘリオの土産話の数々から考えるに、ヘビやトカゲの魔物の事だろうし。魔物の子を人が身籠るのは、DNA上有り得ないので、その混血に関しては魔力的な要因が強く、きっと魔獣使いを極めた先の奥義見たいなものだとエイルは考察した。
酒も進んで店全体が下世話な話や、下品な話で盛り上がり、いつもの喧嘩賭博が行われる中、大将は外の客の熱が冷め、雰囲気が変わる気配を感じた。
「いらっしゃい、ま······せ???!」
冒険者の客に声を掛けたつもりの大将だったが、その面子に声を詰まらせた。駐屯隊長、領主、近衛隊長に続いて、王女までもがそこに立っていたのだ。
エルミアーナも滅多に足を運ばなかったこの店に、まったく不釣り合いなVIPの登場には、全員酔いが覚め言葉を失った。
「フリーディア様が、庶民の娯楽を見てみたいと仰られた。この場は無礼講である。その、まあ、無理かも知れんが、いつも通り振る舞って構わん」
近衛隊長がそう言うと、大将が大急ぎで綺麗めの椅子を用意して、王女の元へ届け、他の付き添いの分の椅子も、客を退かして用意した。
「ご、御注文などはありますでしょうか?」
「そうですね。果物をいただけますか?」
「はいい! 直ちにお持ち致します!」
こんな慌てふためく大将の姿は、今後見られる様な事はないだろうと、常連の客はその姿を目に焼き付けた。
「あら? あの方々は喧嘩をなされていたのでしょうか?」
「おい貴様、この状況はどういう状況だ?」
近衛隊長が親をやっている男に声を掛けると、領主と駐屯隊長は頭を抱えた。
「これはですね! 喧嘩じゃ無いんです! そう! 力比べです! どっちが強いかの力比べなんです!」
「そうなのですか。どちらの方がお強いのでしょうか?───あら? あちらに硬貨が纏まって置いてありますが、何か意味があるのですか?」
「おい貴様、あの硬貨の山は誰のものだ?」
「これは······皆賭け金です! どっちの男が強いか皆で賭けているんです!」
そして親の男は、賭け金の分配について王女に洗いざらい説明した。勿論『皆』という単語を多用して、ここに居る皆を一蓮托生に道連れにする覚悟で、王女に丁寧に説明をした。
「それはなんと! 私も参加させて頂いても宜しいでしょうか?」
「それは······宜しいので?」
親の男が近衛隊長にお伺いを立てると、近衛隊長はゆっくり首を縦に振った。近衛隊長の了承を得て、親の男は王女に「選手」の説明をした。一人は他国の冒険者で、もう一人はアルトレーネのギルドのカマッセだ。
「では、私はカマッセさんに賭けましょう。一口千リィンでしたね」
(マジかよ!? 夕食で酒でも飲んだのか?)
王女の言葉にエイルが驚愕していると、近衛隊長から親に銀貨が一枚手渡され、王女が本当にこんな低俗な遊びに参加したことを全員が確信した。ただ一人、自分の名前を呼んで貰えたカマッセは絶頂していた。
「特に配慮はしなくていいぞ。いつも通り戦ってくれ」
近衛隊長が掛けた声が合図になり、喧嘩、否、闘いが再開された。
「おい、カマッセってあんなに強かったか?」
客の誰かがそう呟いた。それを切っ掛けにギャラリーは大いに盛り上がり、いつもの雰囲気を取り戻していった。
「カマッセー! 王女様がみてるぞ! 負けるんじゃねぇ!」
「カマッセ! 格好良いとこ見せるんだよ!」
他国の冒険者達も負けてはいない。
「王女様の前で恥かかせてやれ! やっちまえ!」
流石に王女の取り巻きの表情が険しくなったが、当の王女は笑顔を崩さず、闘いの行方を見守っていた。
「「ああっ!?」」
全員が、王女を含めて全員が一斉に声を出した。カマッセの渾身のパンチ───そこに絶妙なタイミングで他国の冒険者のパンチが重なった。それは偶然だが完璧なクロスカウンターだった。
「勝負ありだ! 止め止め!」
親が二人の間に割って入る。方や(なんで負けるんだよ! 勝つとこだろ!)、方や(なんで勝っちまうんだよ! 花を持たせろよ!)と場は静まり返っていた。
「フリーディア、さ、ま······申し訳ありません······! 負けてっ! 負けてしまいました!」
脳が揺れて視界が定まらないながらも、カマッセは身体を起こし、王女にそう告げた。
「良く頑張りました。次は負けることの無いように、身体を強く鍛えて下さい」
「は! はいい!」
会場はカマッセを労う大きな歓声と拍手に包まれた。そして熱気がまだ冷めやらぬ頃、近衛隊長が王女へ進言した。
「フリーディア様、戯れが過ぎます。次など有りません。こんな喧嘩など今直ぐ止めさせるべきです」
その言葉に一気に熱が冷めて、全員が王女の返答に耳を傾けた。
「───近衛隊長アナスタシア、貴女は彼等に勝てますか?」
「当たり前です。負ける筈がありません」
少し間を空けて出された王女の問に、近衛隊長は即答した。そもそも、自分が王女の前で負ける事など有ってはならず、答えを考える必要等ひとつも無かった。
「そうか。ならばこの場で一番強い者を出しなさい」
王女から冒険者達へ向けられた威の籠もった言葉に、常連客の視線がエイル方へ一斉に向いた。




