第14話 ご到着なされました
王女の隊列はアルトレーネ領へ入ると、第一小隊と第二小隊がそれぞれ左右に分かれて整列し、その間を王女を乗せた馬車が進み、近衛隊長と中隊長と駐屯隊長の前で停止した。
「気を付け! 頭を下げよ!」
先程の容量で冒険者達は地に膝を着き頭を下げると、今度は魔獣達も主に倣って頭を下げる。冒険者達が頭を下げている間に、客車の前後左右の幌が取り外され、王女の姿を大衆に見せる準備が整った。
「そのまま頭を上げよ!」
冒険者達は急いで顔を上げる者も居れば、恐る恐る顔を上げる者も居た。そして、その殆どが王女の姿を見るなり「おお」と感激に声を漏らしている。
エイルはゆっくりと身体を起こし、顔を王女の方へ向けた。第三王女フリーディアは、髪も翼も優しいピンク色の鳥人種で、純白のドレスに身を包み、国章が刺繍された絹のマントをなびかせ、冒険者達を見渡していた。
「立たせて下さい」
「起立!」
王女が優しく落ち着いた声で起立を促すと、間髪入れず近衛隊長が、士気高々に起立の号令を掛けた。冒険者達は王女の姿に見惚れ、声に聴き惚れて反応が遅れた者も居たが、バッと立ち上がりビシッと姿勢を正した。
「中た〜い、進め!」
中隊長が号令を掛けると、第一小隊第二小隊の順で元の隊列を組むように進み出した。
「「フリーディア様ー!!」」
王女の馬車が動き始めると、オルフやアンドレ達、Bランク冒険者達が声を上げて手を振った。すると王女は声のする方に顔を向けて、満面の笑みと共に翼を振って声に答えていく。
「フリーディア様! こっちも!こっちも!」
「フリーディア様ー! こっち見て下さーい!」
オルフ達が火付け役になり、冒険者達は王女から挨拶を返して貰う為に、一斉に王女の名を呼んで手を振り始めた。
最初に発声したBランク冒険者は、事前に任務を言い渡された所謂サクラである。初めて見る国家の権力者に、アルトレーネ領の住民はどんな態度を取れば良いのか分かっていないので、サクラを使って扇動したのだ。
「フリーディア様ー!(おっ!目が合った!なんか良いなこういうの。一般参賀とか一度くらい行っておけば良かったなぁ)」
エイルも手を振り返して貰おうと、他に負けじと目の前を通過する王女の名を呼び、手を振っていた。
エイルの近くにはイリシュとオリビーも居て、王女はエルフもハーフエルフにも分け隔て無く、笑顔で応えて行った。
「フォスさん!今フリーディア様が前を通っています!」
「は、はい!フリーディア様!フリーディア様!」
フォスはパナテスに介助を受け、王女に向けて手を振った。
フォスは皆が王女の姿を見て楽しんでいるところで、一緒になって楽しめるか不安な気持ちがあり、今日はミーアと一緒に町の警備をしていようかと思っていたが、パナテス達に誘われ、ミーアにも後押しされ、こちらに参加する事に決めていた。
そんなフォスの気持ちを知ってか知らずか、王女は目隠しをした獣人を見つけると、少し身を乗り出し、口に手を添えて声をかけた。
「こんにちはー!」
「え?······今のは!?」
「フォスさん! フリーディア様が声をかけて下さいましたよ!」
「ああ、なんてお優しい方なのでしょう! 私は目が見えないことを、今日程嬉しく思ったことも、悔しく思ったこともありません!」
フォスは目が見えず、周りに迷惑をかけている自分が、まさか王女の目にとまり、特別に声をかけられた事に感極まり、目隠しの布を濡らした。
王女の馬車が通り過ぎ、後に続く第三小隊の列が通り過ぎると、駐屯隊長が号令を出し、冒険者達は順に最後尾につきながら隊列に入っていく。
「お~い! エイルー!」
「ベルー! イリシュー! お先に〜」
先に列に入ったBランク冒険者のお調子者達は、仲の良い友人に声を掛け手を振って歩いて行った。
一度休憩を挟んで、昼の4の刻くらいにはトルレナの町へ到着し、王女は住民に迎えられて、先ずは町外れの教会へ入って行った。
やることはお祈りで、「神の身許へ上がった霊を、再び近しい人のところへ下ろして下さい」と、お祈りの内容は庶民と違いはない。
王女が祈りのお勤めを済ませると、その流れで教会の外で歓迎の式典が行われた。多くの人々が少し離れて半円状に並び、その抽選に溢れた者は人様の家の屋根に登って式典を観ている。国防軍は王女の両翼と観衆の前列に展開して、「何もやらかさないでくれ」とすがる気持ちで警備に当たっていた。
「第三王女フリーディア様、この度はようこそおいでくださいました───」
先ずは領主が挨拶をして、その後に選ばれし3人の子供達から花束の贈呈が行われた。
「フリージアさま、お花あげる!」
「フリーデ? フリージアさま、お花!」
「······!!」
「あら、綺麗なお花。みんな、ありがとう」
本当は「フリーディア様、お花をどうぞ」だったが、子供達はそんな台詞は忘れて、名前も間違い、覚えていた子も釣られて間違い、緊張のあまり何も言えなかった子もおり、その一瞬で、自分の子が選ばれ、誇らしげに高くしていた親の鼻は、しゅんと縮まった。
流石に子供のミスで子や親が叱責を受ける事は無いが、領主一家くらいは近衛隊から「ちゃんと教育をするように」と形式的な指導を受ける事になる。それを思い、領主一家は「ちょっと年齢を低く選び過ぎたか」と頭を抱た。
「エヴィメリアの臣民よ、盛大な歓迎ご苦労である。エルミアーナ第三王子妃よりお聞きした通り───」
王女が挨拶をして式典はお開きとなり、屋根の上に居る者は下ろされ、ホテルまでの道は両脇に民衆が並び、王女が護衛を率いて手を振りながら通過して行く。
トルレナの最上級ホテルの『カロアリギア』は、王女が滞在中は王女御一行の貸し切りだ。常に2個小隊が建物の周囲の警備に就いて、残りの小隊が休憩を取っている。
今日の王女のこの後の予定は、休憩を取った後、領主家と駐屯隊長とギルド長、農工商の各代表者と会食を行う事になっている。
夜は王女の安眠を確保する為、民衆には「深夜は大騒ぎするな!」の領主令が出されていた。なので善は急げと、式典が終わって間もなく、町の外でバーベキューや、飲食店も、飲食店ではない店舗や民家も、玄関先にテーブルを出して勝手に酒と料理を振る舞い、町の到る所で宴会が開始されていた。
「アンナさん、旦那さんと子供達と一緒に食べ歩きですか?」
「そうなのよ!家族水入らずで遊べるのもフリーディア様のお陰ね!」
エイルとベルは今二人で散策中だった。今日はもうギルドも休みになっていて、家族連れのアンナとバッタリ鉢合わせところだ。
「エイルお兄ちゃんも一緒に行こう!」
「だーめ!エイルお兄ちゃんは、ベルお姉ちゃんと一緒が良いの、邪魔しちゃ駄目よ?」
「じゃあ、ベルお姉ちゃんも一緒!」
「駄目ですよ。ほら、次のところに行きますよ」
「エイルお兄ちゃんとベルお姉ちゃんにバイバイしてから、お父さんを追いかけろ〜!」
2人の子供は、エイルとベルに手を振ると、アンナの手を引いて、末っ子を抱っこしているマルコを追いかけて行った。
「子供、可愛いですね。何歳なんですか?」
「一番上の子が8歳か7歳だったかで、一番下の子は3歳だったと思うぞ?」
「真ん中の子だけ獣人でしたね。───エイルは、その······何種の子が良いかとか有りますか?」
「そんな事は気にしないよ。それに産み分けなんて出来ないだろ?」
「え!?そうなんですか!でも、シュナがやり方があるって言ってましたよ?」
「そりゃあ迷信だろ?今まで聞いたことが無いぞ」
「え〜、シュナぁ〜」
「ルカ、なんで突然子ど···も······」
「······」
さも他人事の様に話していたエイルだったが、他人事では無い事に気が付き、照れくさそうにベルの手を取ると、喧騒の中に紛れ込んでいった。
この日以降、アルトレーネ領の『生まれてきて欲しい人種ランキング』の一位は鳥人種で、女の子に『フリージア』と名付けるのが、数年間の流行りになった。




