第12話 準備、警備は万全です
第三王女フリーディアがアルトレーネ領にやって来るのは次の満月から三日後、だいたい25日後だ。
エヴィメリア王国では月で暦を数えており、明日、明後日くらいは正確であるが、それ以上の期間を空けての約束は、几帳面に日数を数える者が少ないので、月齢を見誤ってズレが出ることが多い。
何か重要な行事は日が近付くと、ご近所さんの連絡網で報せが走る。今回も遣いの鳥型魔獣が、王都とトルレナを飛び交い、2日後に出発の報せを届けた。
第三王女一行はアルトレーネ領の隣の、ハーゼル領で一泊してから、領を跨ぐ予定になっている。翌朝無理の無い時間に出発すれば、王女は昼過ぎにはアルトレーネ領に入るので、お迎え隊は早朝に出発して、昼には領境に到着する様に出発する手筈になっていた。
出発の前日の夜に酒を提供する店が開いていると、一時の娯楽を求めて人が集まってしまうので、飲食店には営業禁止令が出された。客、主に冒険者達からは文句が出たが、店側は「お前等絶対寝坊するだろ?」と、ぐうの音も出ない正論を叩きつけて突っぱねた。
そして当日の早朝、エイルとアレクスが稽古を始めると、アラームとばかりに警鐘がけたたましく打ち鳴らされ、二人は支度の為に家に戻った。珍しく大勢が早起きした町もまた、第三王女を迎える支度を始めるのだった。
「エイルさん!どうですか?変じゃないですか!?」
「ああ、大丈夫だよ。カワイイ角飾りだ」
「良かったです!王女様にお会いできるなんて緊張してしまいます!」
「そうだな、俺も緊張してきたよ(会えると言っても、どっか遠くから見えるくらいだと思うんだけどなあ······)」
服の皺を石のアイロンで伸ばしているエイルと、巻き角にアクセサリーを付けたベルが話をしていた。
この準備期間の間に、女向けの化粧品や装飾品は飛ぶように売れた。ベルもその経済に貢献した一人で、ブレスレットにネックレス、香油も新調したし口紅も買った。そして角飾りは悩みに悩んだ2つを購入し、今し方エイルの「王女様より目立っちゃいけないと思うな」の一言で、赤のリボンに銀の留め具の付いたものを諦め、亜麻の紐に赤の宝石が複数付いたものを、角に飾り付けたところだ。
「ただいま。アレクス、どうだ?失礼はないか?」
「ああ、大丈夫だ。三つ編みバッチリ決まっているよ」
イリシュも今、アーロイ武具店のアルミナに髪を編んで貰って帰って来て、剣を提げるベルトを選んでいるアレクスに感想を聞いたところだ。
今回は王女に見られるからと、一番信用を置いているアルミナに、髪のセットを依頼して整え、キールのリボンで飾り付けている。他には質の良い黄色の頭巾を被り、口紅を塗って、年齢相応の大人びた雰囲気を醸し出していた。
女達はお洒落に気を配って居るが、防犯上の都合と、顔を隠す(素性を隠す)行為は不敬にあたるとして、フード等を深く被ったり、顔を覆うような服装は禁止されている。なのでイリシュも、白濁して瞼が閉じない左目は眼帯で隠しているが、顔半分の火傷痕は晒されていた。
冒険者の集合場所は町外れの教会前。そこへ向かう道中で、エイル達はオルフ達と出くわした。
「おはよーベル!イリシュ!二人共バッチカワイク決まってるし!」
「お早うシュナ!え、その爪どうしたの?カワイイ!」
「どうどう?カワイイでしょ!オルフが王都に行ったときにミセノオンナにやり方聞いてて、それを教えてくれたの!」
(あれは······マニキュアだな)
シュナはわりと大人し目な服装で、腰から伸びた尻尾の先に、控え目に赤の紐を結んで飾つけ、そしてやはり口紅を塗っていて、その口紅で左手の子指と薬指の爪に花柄を描き、衣類に色移りしないように樹脂でコーティングしていた。そして、その自慢のネイルを今、ベルとイリシュに見せびらかしているところだ。
「ファル、フェザさんお早う。フェザさん今日は頑張って下さいね!」
「お早うエイル。あんまり言ってやらないでくれ、彼女も大役を貰ってしまって、昨日からガチガチなんだ」
「お早うございます。そうなんです、もうそのことで頭が一杯で、昨夜は眠れませんでした······」
エイルに手入れしてもらったモヒカンを、ピンピンにおっ立てたファルの隣に居るフェザは、普段から口紅を塗るくらいの軽い化粧はしているので、化粧はそのままに、ギルドの制服と翼を覆う様に高級感の有るショールを羽織っていた。
「えー、眠れなかった?眠らなムグ───」
「ハイハイ、シュナは黙っとこうなー」
何かを言おうとしたシュナは、念入りにブラッシングを行い、艶々の毛並みのオルフの手により排除された。
魔法訓練場の責任者のフェザは、王女に施設の説明をするという役を任されてしまい、昨夜は緊張のあまり、恋人のファルの部屋に転がり込んで居たようだった。
町外れの教会の前には、既に多くの冒険者が集まって早朝から騒がしくしている。その光景を見てギルド長は「はあぁ······」と、深く溜め息をついた。
「まったく緊張感というものが有りませんな」
「はい、まったくその通りです。ギルドでも教育をしていった方が良いのでしょうか?」
「それは領主の考える事でしょう。ギルド長も大変な仕事ですな。こんなやんちゃ盛りを纏めなければならないのですから」
「いえ、これから彼等の指揮を取る駐屯隊長に比べれば些細な心労です。それにルールには従ってくれるので、それ程手は焼きません······ですが───」
「「───王女様かぁ」」
駐屯隊長とギルド長はいくつか言葉を交わすと、揃って頭を抱えた。マナー教育も成っていない一般庶民には、寛大な態度で対応してくれるとはいえ、相手はこの国の第三王女である。
目に映る冒険者達の所作の一つ一つが、「アレは許されるだろうか?」と胃をきりきりと締め上げてきて、昨日から食事が喉を通らないでいた。
「では、これより、第三王女の御迎えに向かう!前へ、進め!」
駐屯隊長の号令で冒険者達は、隣近所でお喋りをしながら、ぞろぞろと歩き出した。駐屯隊長としては、三列縦隊くらいで格好良く歩かせたかったが、準備期間に試しにやらせてみても、直ぐに飽きて隊が崩れてしまうので、既に潔く諦めていた。
一方、冒険者達の姿が小さくなるまで見届け、無事送り出せた事にホッと胸を撫で下ろしたギルド長は、まだまだこれでやっと始まったばかりだった事を思い出し、再び胃を痛めた。
アルトレーネ領トルレナの町が、今日ほど慌ただしい日は無い。居住区からは人が大勢抜けて、第三王女を一目見ようと街に足を運んでいる。
大通りに面した商店は、傷んだ壁は貼り替え、蜘蛛の巣や雑草を綺麗に掃除をして、鉢に花を植えて準備していたが、人が多過ぎて誰の目にも止まる事は無かった。
町の中は、空き巣の警戒で駐屯兵が回って歩いている。それだけなら良いのだが、所定の時間になったら、この民衆を町の入り口へ整列させる任務を思うと、足取りが重くなっていた。
町の外縁部には、町で防衛用に保有している魔獣が数体と、領外の冒険者パーティーとそこに属する魔獣が、森からの害敵の侵入に備えて待機している。
「ビオン!絶対に王女様にだけは噛み付いちゃ駄目だからね!勿論他の人も駄目だよ。知らない人が大勢来るけど敵じゃないよ、お友達だよ。わかった?わかってよーお願いしますー!」
「ワン!」
「良い子だよビオンー!」
その中には領主家所有のビオンと、その専属魔獣使いのミーアの姿もあった。
『······なあ、あの子同じ事言ってるよな?あのやり取り何回目だ?』
『さあ?なんであの子あんなに必死なんだ?』
『あの子、領主娘さんの胸ぐら掴んで、こっ酷く罰を受けたみたいよ。それにあのフェンリルの子共は······あの通り暴れん坊でしょう?』
『······お気の毒に』
『ウチのミヤビはお利口さんだから、何も心配要らないな。ヨーシヨ「キュオン!」痛い!』
ミーアとビオンを遠目で見ている異国の冒険者パーティーは、男は一人と女一人、それと角山犬をシュッと細身にして、ふさふさに毛を蓄えた尻尾を特徴に持つ魔獣と、その魔獣に甘噛されている男の、3人と一匹の構成だ。
春の訪れに合せてやって来たこのパーティーも、ダンジョンそっちのけで警備に注力していた。
『······甘噛でも極刑かな?』
『片腕くらいで済むんじゃないの?』
Aランクパーティーの魔獣は相当躾が出来てはいるが、所詮知能は魔獣のものだ。人間の主従関係を理解することもできるが、理解する前に遊び相手だったり、強い態度をとった者を敵と見なしてしまうこともある。
実は魔獣を所有しているパーティーは、内心ビクビクしながら今日の日を迎えていたのだった。




