第7話 仲間
四つ目の赤い花火を合図にオークが仕掛けた。わざわざエイルの方から攻める必要は無い、守りに徹して時間を稼げばいいのだ。が、ここに来てオークの動きが変わり、エイルの予備動作を察して腕を引くようになった。それに伴い細かく素早い動きが多くなり、まるで柔道の道着の取り合いの様な攻防になった為、フィジカルの差もありエイルの方は掴まれた時点で負けが決まってしまう。
「グオォォォッ!」
エイルの消極的な姿勢から自分の有利を感じ取り、オークは更に功勢を強めた。オークはこの短い攻防の中で、エイルに対する攻め方を学習しいたのだ。
甲冑に包まれた身体は、エイルの打撃を無力化する。寧ろ殴った拳がただでは済まない。鉄板に守られていないのは、関節の内側と顔面くらいなものだ。大振りの単純な攻撃ならカウンターを狙えるのだが、もうそんな隙を晒す気は無いらしい。
そして、都合良く回避し続けるなんてことも無く、エイルは遂に腕を掴まれてしまった。案の定振り解けるような握力でなく、もう無駄な足掻きをするしか選択肢は残されていなかった。
「シィッ!」
蹴上げをオークの顎に叩き込んだ。腕を掴まれていながらも完璧に決まった一撃だったが、その太い首に支えられた頭を揺らすことは出来なかった。
ガシッと足首を掴まれ、エイルの身体は宙を舞い、乱暴に地面に叩きつけられた。
「ッカハ!」
背中を強く打って息が詰まる。エイルの都合などお構い無しに、オークはエイルを再び振り上げ、地面に叩きつけた。
エイルは何とか頭は守る事が出来、地面が柔らかい腐葉土なこともあって、ギリギリ致命傷にはなっていなかったが、もう呼吸すら上手くできず意識を失いそうになっていた。
オークはそんなエイルをズルズル引き摺って一本の大木の前に立った。エイルは後ろへ大きく投げ出されてから、遠心力に身を任せ顔面から大木に接近していった。
『エイルさんは、魔法を使わないんですか?』
走馬灯···。エイルはベルカノールとの会話を突然思いだした。
『エイルさんも魔力は持っています。ただ···魔力が変質している様に思えます』
ただの概念だと思っていた気は、魔力の搾りカスとして確かにエイルの中に存在すると、そう取れる事をベルカノールは言っていた。
例え搾りカスでもエイルが前世から稽古を積み、培ってきたものだ。エイルは藁にも縋る思いで自分の道の集大成たる気に命運を託した。
『気合』それは日本人なら良く聞く単語だ。その字の如く、気を合わせる事だ。心と体の一致、自分と仲間の思いの一致。行動と精神の一致である。
空手における「セイヤッ!」の気合は、これから技を出す身体と心、心技体を一致させる為のものだ。気が実在すると知った今なら、真の意味で気による心技体の合一が可能ではないか───エイルは両手で頭のガードを固め、身を守る事に集中、丹田に意識を向け、そこに確かにある気を引き出す────
「セヤッ!」
気合を入れると同時に、エイルは大木に叩きつけられた。
オークは叩きつけたモノがベチャっと潰れるのを予想していたがその予想は外れ、まるで丸太で大木を打ったかのような感覚を覚えた。
衝撃でオークの手からすっぽ抜けたエイルは、ゴロゴロと地面を転がり天を仰いだ。太陽の光が眩しく映り、エイルは目を細めた。
エイルは生きていた。そして両腕の感覚も指先まで確かに有り、両腕の無事が確認出来た。その事実は、気の運用に成功した証左だろう。
だが、悔しい事に地面に叩きつけられたダメージから回復できておらず、今の衝撃もダメージとして蓄積されており、オークが止めの為に拾い上げた大剣を、そのまま受け入れるしかない状態だった。
(折角ベルカノールのおかげで気を使える事がわかったんだ。彼女には教えてやりたかったな···)
その時、ほんの一瞬太陽の光が遮られた。
「エイル!生きているか!?」
そして続いたその声と、良く見知ったその姿に、エイルの顔に笑みが作られた。
「最こ······タイミ······だな、ファル」
上空から急降下してくるのは、エイルの冒険者仲間の鳥人、ファルだった。
ファルは足に剣を一本握り、オークに向かい一直線に降下している。オークの方もそれに気付き、ファルに剣を向け迎撃の体勢を取った。
ファルは剣で斬りつけると見せかけて、すれ違いざまにオークの兜を掴み転倒させ、その隙にエイルを抱えて引き摺りオークから遠避けた。
「ファルお前だけか?もう一人女の子が居るんだ!そっちには誰か行っていないのか?」
「大丈夫だ。ちゃんとアレクスって小僧の仲間と、もう一人頼もしいのが一緒に来ているさ」
そう言ってファルは少し羽撃き、腰の左右に提げた剣のもう片方を抜いて、竹馬のようにして二刀流で地面に立った。
鳥人種には腕が無く、代わりに一対の翼が生えている。そして脚の関節は柔らかく、足の骨格は猿のように掴む事に特化した構造になっている。服の趣味は空気抵抗を嫌う為、ピッチリしたボディスーツの様な物を男女共に好んで着る。髪型も空気抵抗を考えて、短髪か、結わえているかが多い。
ファルはエイルが勧めたモヒカンヘアーを、鶏冠っぽくて気に入り、今日も茶色の髪をモヒカンにセットしている。茶色のボディスーツ、茶色の中に白の風切羽が生えた翼を大きく広げた姿は、さながら鷹を彷彿とさせる威嚇姿だ。
「ハッ!アイツ鼻血を出しているじゃないか!エイル、アイツに一撃入れたのか!」
ハッハッハ!と笑いながら羽撃いて、ファルはオークの頭上に移動した。
「マギアネモスニーヒ!」
ファルの羽撃きに合わせて、魔力による不可視の刃がオークを襲う。風属性は魔力そのものを用いた魔法で、風のイメージをし易い鳥人種が好んで良く使う魔法でもある。
風属性はわざと色を付けなければ無色透明だ。魔法の心得が有れば、高密度の魔力を風属性の魔法と認識できるが、エイルにはオークの甲冑に守られていない部分から、突然血が吹き出すところしか見えない。
不可視の刃で怯めば、二本の実体剣がオークを襲い、確実にオークの体力を奪っていく。しかし急所はその体躯に見合った分厚い甲冑と肉に守られており、魔力には限度がある事から、持久戦ではファルの分が悪い。事実、ファルは魔法の使用を控え、オークの前面で剣を交えるようになった。
エイルも加勢しなければと痛む体を起こすが、ファルはそれを制止した。
「待て!もう一人居ると言っただろう!」
その時だった。ガササッ!と草木が揺れる音がして、角山犬とそれに乗った受付嬢のアンナが飛び出した。
突撃槍を構えて角山犬の背中からジャンプしたアンナは、その勢いのままオークの背中に突撃槍を突き刺し、更に鍔に足を掛けて蹴り込み、胴体を貫通させた。
「二人共離れて!」
エイルとファルそしてアンナとオルフの4人は、まだ駆け出しの頃から一緒にパーティーを組んでいた事があった。その時のアンナの戦闘を思い出し、ファルはエイルに肩を貸し、少しでも距離を取るために走った。
「マギアイレクトゥリ!」
アンナは二人が動き出すと同時に、突撃槍に付与させた魔法を発動した。
バチィン!と、魔力による擬似電気が一瞬で放電され、オークは麻痺硬直して倒れた。雷属性の魔法は指向性が無く、同士討ちや自滅の危険があり、自身を守るための魔法障壁も同時展開しなくてはならず、魔力消費の多さと持続性が無い使い勝手の悪い属性だ。その使い勝手の悪さの反面、当たれば勝負を決する一撃になり得る魔法だ。
硬直し大剣を手放し倒れているオークの首に、ファルが止めの一突き突きをして、この戦いは幕を下ろした。




