第7話 賊が出た
新たな雪も降らなくなり、魔物の目撃情報が飛び交い、討伐依頼と共に春の味覚の採取依頼がギルドに貼り出される様になった。それに伴い、冒険者向けの店も本格的に営業を再開し、人出と物流も増えて飲食店も本腰を入れ始める。
今回からは一領主としてだけでなく、家の付き合いも出来てしまった領主夫婦は、雪が降る前に王都へ発った娘に会える嬉しさもありながらも、気が気でない様子で、長男夫婦を連れて王都へ向かった。
町の駐屯兵一個小隊4分隊編成の内、3分隊が領主一行の護衛に付いて行ったので、町の治安と防衛を担うのは、1分隊5名の駐屯兵と、過去の功績から抜擢されたエイルだ。
アレクス達が依頼を受けて出ている中、エイルは駐屯兵の詰所で暇を持て余していた。
「まあ、エイルさんよ。そんなに退屈そうにしなさんなって」
鎧を脱ぎラフな格好の坊主の人間種の男の兵士が、机に武器を並べながらエイルに言った。
「そうだ。こういうときは武器の手入れでもしとくもんだぜ」
坊主の男が並べた中から弓を摘み上げて、犬型獣人種の男の兵士が言った。
「エイル殿は武器を持っていないように見受けられるが?」
剣を砥いでいる鳥人種の男の兵士が、いい加減な二人に釘を刺した。
(暇だな───瞑想でもしていようかな?)
エイルが椅子の上に座禅を組んで目を閉じると、カツカツと軽快な足音と共に、コーヒーの様な香ばしい香りが鼻に届き、エイルはついそのカップの行方を追ってしまう。
「エイルさんは炒り豆茶はお好き?王都に入っている異国の物が、ここにも回ってくるようになったのもダンジョンのお陰ね」
「ああ、いや、まだ飲んだこと無いです。それにしても良い香りですね(これはコーヒーだろうな)」
獣尾の魔人種の女の兵士が、エイルの前と自分の席ともう一つ空いた席に、コーヒーを置いて着席した。
「俺達のお茶は無いのかな~って?」
「自分で淹れてきて頂戴」
そう言って獣尾の女兵士は、硬貨を1枚手に握った。坊主の兵士と犬型獣人の兵士と鳥人の兵士が、それぞれ表裏を宣言すると、獣尾の女兵士は軽く握った拳の中で、硬貨を転がしてから机に叩きつけた。
結果、予想を一人外した坊主の兵士が、渋々自分達のコーヒーを淹れに行くことになった。
坊主の兵士が席を立ったところで、香ばしい香りを嗅ぎ付けたのか、詰所に詰めている最後の一人が、奥のドアを開けて入って来た。
「おお、良い香りだな。ありがとうな」
「どういたしまして、分隊長殿」
鎧の上から短い革のマント着けた人間種の男は、席に着くなりコーヒーをグイッグイッと一気に飲み干した。
「分隊長、少しは愉しんで欲しいものだわ。エイルさんはちゃんと香りを愉しんで頂戴ね」
小隊長という目の上のたんこぶが居ないので、いつもより余計に気が抜けては居るが、町も詰所の中も、春の陽気を感じさせる長閑な雰囲気だった。
領主一行は往復の移動で4日、王都には3日滞在する予定で日程を組んでいる。今は出発から4日目で、王族と謁見をして結婚式の日程の摺り合わせでもしている頃だろう。
今は折り返し地点で、何事も無ければあと3日もすれば駐屯兵も通常の体制に戻り、エイルも通常通りの生活に戻ることが出来る。
「ねえ、エイルさん。暇でしょ?一緒に巡視に行かない?」
「あ〜!ズルいんだ、俺が一緒に行きたいんだ」
「あなたは黙ってなさい!良いでしょ?分隊長」
「ああ、気分転換に行ってくるといい」
獣尾の女兵士が支度をしている間に、エイルは程良い温度になったコーヒーを飲み干した。この臨時の勤めが終わったところで、ベル達に買って帰ろうかと思っていると、勢い良く玄関が開け放たれ、男が大声で駐屯兵を呼び始めた。
「駐屯さん!大変だ急いでくれ!村で賊を見たって!おーい!居ないのか!」
分隊長と獣尾の女兵士が対応に出て、エイル達は部屋の中から聞き耳を立てる。
「どうしました?」
「ああ、駐屯さん。なんかこの男の村で賊を見たらしくてな。おーい、あんた話せるか?」
玄関では男が脚を投げ出し、ハアハアと息を荒らげて壁にもたれ掛かっていた。
「ハアハア!───ッハアハア!」
「······おい、水持って来てやれ」
獣尾の女兵士が持って来た水を一気に飲み干すと、少し落ち着いた男は呼吸を整えて話し始めた。
「昨日から村の角山犬達が騒がしくて、今朝山菜を採りに森に入った奴が、野営をしている賊を見つけて、それで急いで伝えに走って来たんだ!」
分隊長と獣尾の女兵士は顔を見合わせてから、詳細を聞き始めた。分隊長は部屋の中に戻り、壁に耳をへばり付けているエイル達を見るなり指示を出した。
「ばっかもーん!さっさと支度をせんか!」
分隊長は領主代理のデュオセオスに、町を開けることの許可を取り件の村へ向かった。町から駐屯兵が居なくなる事など初の出来事だったが、一応その際のマニュアルは組まれており、デュオセオスはマニュアル通りに、ギルドへ町の防衛の依頼を出した。これで暫くは冒険者が領主からの依頼として、町の治安維持を行うことになる。
エイル達は村人と共に、彼の村へ馬車で向かっている。手綱を握るのは坊主の兵士で、隣には犬型獣人の兵士が助手で付き、幌の中にはエイル達が乗り、獣尾の女兵士が状況説明を行っていた。
「まず目的地はトレ村で、昨日から村の魔獣達が騒ぎ出して、今朝方村人が山菜を採りに森へ入った際に、野営をしている複数人の賊らしき人物を目撃、村へ戻って報告をした。その報告を聞いた村長は、魔獣は防衛用に残して彼を遣いに出し、今に至る。賊の人数は正確には不明だけど、3人以上は居たと報告を受けているわ」
「魔物が居る森で野営か。今頃魔物の腹の中なんじゃないのか?」
「そこまでマヌケなら、賊なんてやってらんないんじゃなーい?」
「アルトレーネ領の駐屯兵が領主の護衛に回ったって、誰かが酒場で喋っちまったか?」
「だろうな。酒は怖いね~」
外の二人が緊張感の無い会話をしているが、エイルはもっと闇が深いんじゃないかと思い、好奇心から考えを投げ掛けてみた。
「誰かが意図的に情報を漏らしたって事はありませんか?」
すると分隊長がエイルを睨み付けてから重い声で言った。
「エイルさん、こういうのはあんまり首を突っ込むもんじゃ無い」
「賊の連中も春になって活動を始めた末端の雑魚よ。きっと詳細なんて知らされていないわ。変に騒げば共犯だと判断されかねないわよ。何処が漏らしたか?アルトレーネの民か、私達駐屯兵団か国防軍本隊か、ましてや王族なんて疑うことなんて出来ないわ」
「······素人が出しゃばりました」
今回のアルトレーネ駐屯兵団の護衛の任務の情報は王族の耳にも入っているので、容疑者が絞られていない状況でスパイを疑うことは、王族にまで疑いの目を向ける事と同義だ。
防犯カメラ等無く、犯人を特定する方法が乏しいこの世界では、余程の物証か現行犯で無ければ罪に問えないし、その逆の無実の証明も難しい。
分隊長達もその線は頭の中にはあるが、「スパイが居る!」なんて事実無根の騒ぎを起こして王族から睨まれ、折角結んだ良縁を台無しにするよりは、触らぬ神に祟り無しで「実行犯の首だけで済ませましょう」ということだった。
角山犬の遠吠えが聞こえ、多少警戒された感はあるが、村人も同乗しているし駐屯兵は各村を回ってそこの魔獣に覚えて貰っている。
武器とは呼べない農具で武装した村人に歓迎され、エイル達は件のトレ村に足を踏み入れた。




