第5話 アルトレーネの風景⑤
エイル達は5本の御立派な雪坊主を収穫して町へ帰還した。内訳はミーアが領主家へ納める分も入れて2本、エイルとアレクスが2本、ギルドへ1本だ。
ギルドへ着いて、ミーアとアレクスがそれぞれ依頼の処理をしている間に、エイルはギルド長のユリアへ御立派な雪坊主を手渡した。
「な······な、な、これは······ナニ······かにそっくりではないか!?」
エイルから雪坊主を渡されたユリアは、直径5センチ、長さ1メートル程度の棒状の物体を持ったまま、どう扱えば良いか分からず、地元民の部下に視線を送り助けを求めた。
「何ですかぁギルド長ぉ~、ナニって何にそっくりなんですかぁ~?」
「何に見えたのでしょうか?いやいや、御立派な雪坊主ですね!」
アンナともう一人の女性職員に誂われ狼狽するユリアに、2人の男性職員は巻き込まれたく無いと身体はそっぽを向きながらも、ちゃっかり聞き耳を立てていた。
「食べるのだろう?さあ!こんなもの直ぐに料理してしまおう!」
「そうですね!そんな大事に持っていても仕方ないので、さて、どうしましょうか?」
「ギルド長〜、道具を持ってくるのでぇ、それまでは大事に握っていて下さいね〜」
「······アンナさん、俺達帰りまーす」
エイル達は、殆んど仕事がなくて職員達の憩いの場と化しているギルドから静かに立ち去り、ミーアを領主の館まで送って家に帰った。
「エイルさん、アレクスお帰りなさい。良い依頼があったのですか?」
「ああ、ミーアが出した狩りの依頼があってね。ミーアと一緒に、ビオンの狩りを見てきたよ」
「見てきた······?手伝いじゃなくて?」
「ミーアも殆んど教えていないし、本能や観察眼だけで冬の狩りを覚えた様なものだ」
エイルはベルと話しながら、イリシュの定位置になっている暖炉の前に移動し、腰を下ろして一緒に暖を取った。
「イリシュ、エルフの国には雪坊主ってある?」
そこへ、アレクスが雪坊主を両手に一本ずつ持って現れた。イリシュは小さい傘が付いている上の方を見てから、視線を軸に沿って下へ移して石づきまで見て、アレクスと目を合せて言った。
「スケベ」
「へぁ!?いやいやスケベって何だよ!そんなつもりで聞いてないぞ!」
「ジョーダン。そのフザケたモノは何?キノコに見える」
「そうだよキノコだよ!」
イリシュはアレクスから雪坊主を受け取ると、まじまじと観察を始め、強く握ったりして硬さを確認し始めると、エイルとアレクスはそっぽを向き、そんな二人をベルが溜め息をつきながら呆れ顔で見ていた。
「先が硬い、これは食べるのか?」
「頭は硬いから、乾燥させてから挽いて粉にして、薬として使うの。簡単に食べられるのは軸の部分だけよ。それじゃあイリシュ、一緒に料理しましょ?」
ベルとイリシュは台所に立って、エイルとアレクスは暖炉に熾を用意して待っている。雪坊主の料理の下ごしらえは、男は自分のアレを連想するのであまりやりたがらない。なので女が包丁を握る事が多く、美容に良いのと、男を誂える事からでノリノリで料理をする。
今もベルが、ズダン!と大袈裟に包丁を叩きつけて、先端の傘の部分を切り落とした。それにビクッと身震いするエイルとアレクスを見て、ベルがクスクスと笑うと、イリシュもベルに釣られて笑った。
猟に行ったついでに採って来て近所にお裾分けしたり、そのシルエットにあやかり教会に奉納して、子孫繁栄を祈願する文化がアルトレーネ領にはあるので、女もその形状に忌避感を持っていなかった。男は男で、女のおふざけに乗ってやるのが粋だと、コミュニケーションの一環になっており、大抵の家庭でこの時期の風物詩になっている。
ベルとイリシュは協力して、10センチ間隔に切った軸の切断面を、スプーンで少し刳り貫き、表皮を摘んで紐で閉じる。それを両端に行い、皮に少し切込みを入れて暖炉のところへ持って行く。
暖炉ではエイルとアレクスが熾を広げて、その上に金網を仕掛けて待っていた。金網に切込みを上にして加工した雪坊主を並べていき、火が通るのをじっくりと待つ。軸の表皮は筋張っていて食えたものでは無いので、こうして調理器具として使われる。
火に掛けられて熱を持ってくると、表皮と中身の間の膜が溶け出して、中身が粘度の高い汁で煮込まれていく。この汁に美肌効果があり、中身は食物繊維が豊富で腸内もスッキリする。
先に下拵えで刳り貫いたものは、すり潰してハンドクリームや美顔パックとして使われるのだが、男がその恩恵にあやかる事はない。
コポコポと粘っこく沸き立ち、少し溢れ始めたときが食べ頃だ。熾火から外しそれぞれ皿に移して切込みを繊維に沿って縦に広げると、これはこれで子孫繁栄に御利益が有りそうなものを連想させる。
スプーンでハンペンの様な中身を掬って、息を吹き掛けて冷ますと、土臭い様なカビ臭い様な山の香りが鼻を刺激する。
頃合いを見て口に入れると、甘味のある汁がネットリと口いっぱいに広がり、身を舌で潰すとジワッと旨味が染み出す。まだ温かいうちに喉へ送ると、食道を温かいものが下って、身体の芯からポカポカに暖まってくる。
「ん〜!美味しい!」
「あ〜、暖まる」
ベルとアレクスはフーフーハフハフと熱々の雪坊主を堪能している。
「どうだイリシュ、匂いは平気か?」
エイルは松茸の事を思い出してイリシュに尋ねてみた。松茸は香りが特徴的だが、それが嫌だと言う者も居た。
雪坊主は松茸の様に香りが強く、それが嫌いだという者はこの領には居ないに等しいが、文化圏が違えば、否定的な感想が出るのではないかとエイルは思った。
「ん?ダイジョブ、私は好き。エルフも森のニオイのモノ食べるから」
エルフの生活圏は自国の領土の森だけで、食文化も森で採れる物のみで構築されており、宗教観から畑等は作らず、自然から採れる物だけを収穫して簡単な調理を施し口にしている。なのでアレクス達からして料理音痴のイリシュに、料理当番が回ることは無い。
エルフの森は、エルフの国を謳っているだけあって、中心部にはエルフの王が治める集落がちゃんとある。排他的なエルフの中でも、イリシュ達の様に国境沿いに集落を構える集団は、国土防衛の要でもあるので、保守的な思想を持った者が多く、イリシュも他国の人や文化をエルフの森に入れる気は無かった。
しかし、自分が生きるために奴隷商に身を売った時点で、イリシュはエルフの誇りや矜持は捨て去っており、今はトルレナの町を、アレクスのパーティーを守るべき故郷として心に刻んでいる。
そんな話をしながら団らんの時間を過ごし、イリシュはキールに膳える為の雪坊主を持って自室へ行き、アレクスも欠伸をしながら自室へ向かった。
今、暖炉の前ではエイルとベルが寄り添って、ゆらゆら揺れる火を眺めていた。
「寒い······」
ベルが呟くと、エイルはベルの肩を抱き寄せて、ベルはエイルの胸に抱き着いた。
「暖かい」
「ルカが居るからな」
エイルがベルを真名で呼ぶのは二人だけのときだけだ。
「エイル、私、イリシュの······エルフの国を見てみたい」
「俺も気になってた。でも、エルフの国はここと国交が無いし、ギルド非加盟国だからな、イリシュに案内して貰おうか?」
「イリシュが居ても攻撃されちゃうかも?」
「それは困るな、どうしようか?」
「逃げる。エイルは何処に行きたい?」
「俺か?そうだな、タカーマガハーラかな」
「私も行ってみたい。でも、どうして?」
「俺の夢の世界に高天原っていう神々の住まう地が有るんだ」
「クスクス───なにそれ嘘でも面白い!あ!私行ってみたいところが出来た」
「ん?それは何処だ?」
「ニッポンに行ってみたい」
「それは、先ずパスポートを取らないとだな」
「パす······?それは何処にあるの?」
「ああ、それはな───」
それから暫くエイルとベルは、エイルの夢の世界の日本へ旅行に行っていた。エイルとしてはただ知っている事を話しているだけだったが、ベルにとっては未知の国への旅行だった。
ただ旅行に行ったと言っても、今回はパスポート取得に手間取って、証明写真を撮ったところまでだが───
「エイル、そろそろ寝よう」
焚べてあった薪が全て熾になり、流石に暖を取れなくなると、ベルが就寝を促した。しかし、そう言ったベルはまだエイルの胸にくっついたままだった。
「寝るは良いけど───ルカ、退いてくれないか?」
「抱っこぉ」
冬の娯楽は、子供なら外で遊んで、家の中なら言語や算数を覚える為の遊びがある。雪掻きや雪下ろし、食料の管理に追われる大人の娯楽は、世間話や思い出話、第3王子とエルミアーナの大人な妄想話等、火を囲んでの他愛の無いゴシップだ。
その日常は、陽気が暖かくなり、野生の動物達が活発に活動する様になるまで、のんびりと流れていく。




