第4話 アルトレーネの風景④
エイル達は駐屯兵の体力作りの一環で行われた雪掻きによって、きれいに除雪された町中を通り、駐屯兵によって作られた雪の滑り台で遊ぶ子供達に見送られ、冬の森へと向かった。
青々とした草原も、今は1メートル近くの積雪で道なき道になっている。それでも腹を空かせた魔獣達が作った獣道が何本かあり、人はそれを利用して森に入る。
鳥型の魔獣は悠々と空を飛んで森まで狩りに行くが、この時期は獲物を巡って野生の鳥型の魔物との争いも頻繁に起こる。地に足をつける魔獣と魔物も同じくであるが、余程の体格差が無ければ、人と共に戦いを学んでいる魔獣の方に分があるが、中には戦いに敗れ、主人の知らないところで命を落とす魔獣もいる。
「エイルさんは、猪を獲った事はあるんですか?」
「ああ、あるぞ。罠だけどな。ミーア、今日はどうするんだ?」
「今日は森に入ったら、その後はビオンに任せるよ。本当は他の角山犬と一緒に狩りに出せれば良かったんだけど、みんなビオンを怖がっちゃうんだよー」
ビオンは好戦的な性格が災いして、仲間外れとまでは行かないが、手に余る子供と認識されていた。
「マブロは······鳥だな。ティムはどうなんだ?ティムなら体の形も大きさも一緒くらいだから良いんじゃないか?」
「山犬と山猫は、狩りの仕方が違うんだよー。ティムは気付かれないように近づいてから一瞬で仕留めるけど、山犬は追い回して疲れたところで仕留めるよ。だから、私達も大変なんだよー」
「うわあ、マジかよ~。楽できると思ったのに〜!」
森の中へ入り暫く進むと、生き物が餌を探して動き回った獣道が多く見える場所に出た。
「結構動き回ってるんですね」
「草食動物が落ちた木の実とかを探して、それを肉食の動物が探して、更にそれを魔物が狙うんだ。猪は雪を掘って木の実とかを探すから······ほら、あそこなんか猪が頭を突っ込んだ跡だ」
枝や葉に守られ木の根本は比較的積雪が少ない。その周囲の獣道から木の根本にかけての雪の壁は、雪が踏まれていたり、トンネルが出来ているところが何箇所かある。
木の根元を覗いて見ると、もう食い荒らされた後のようで、食べ残しを小動物が漁っている。ビオンが飛び掛かろうとしているが、ミーアがそれを制した。摘み食いをして腹が膨れてしまっては、猪を見付けたときに追わなくなってしまうからだ。
「ビオン、このウンチは新しいから、この足跡を辿って行くよ」
「ミーアが飛んで猪の場所を教えてやらないのか?」
「それだとビオンの狩りの練習にならないよー。アレクスも外套をしっかり被って、猪に見つからないようにしてね」
慣れてくれば生き物の足跡や糞の形状が分かるようになる。猪の痕跡を見付けたミーアは、ビオンにそれを教え、アレクスは羽織っている白の外套のフードを目深に被り、銀世界に溶け込んで、足跡に残った匂いを追跡するビオンに続いた。
雪の壁より高い位置に頭があるエイル達は、ビオンより先に猪を捉え、見付けた事に喜んで声を出しそうになったアレクスの脚を、ミーアが軽く蹴って止めた。
なんとか猪に気付かれる事なく追跡していると、ビオンがそわそわしだし、エイル達の姿を眺めてから、雪に体を擦り付けて、白の体毛に雪の擬態を施した。
「見つけたな」と、エイル達は顔を見合わせしゃがんで身を隠し、ビオンの狩りを見守る事にした。
山猫は獲物が餌を見つけるまでは、付かず離れずで追跡して、隙を見せたところで飛びかかる。山犬は山猫に瞬発力で劣る分、持久力に優れた筋肉になっていて、隙を伺って接近はするが、飛び出すのは自分のタイミングだ。
雪の壁に視界を遮られた獣道が緩やかなカーブを描いている。そこには餌の匂いを探して辺りを嗅ぎ回っている猪と、獲物の匂いを完全に捉えているフェンリルのビオンが居る。
遂にビオンの目が猪を捉えた。ビオンは身を低くして身構えながら接近し、頃合いを見てわざと強めに雪を引っ掻いた。
ザリ───
その音が気になった猪が、完全に体を自分に方に向けたタイミングでビオンは駆け出した。
(速い!山犬の瞬発力じゃない、完璧に気合いが乗っている。全く、妬ける程の才能だな)
ビオンはエイルが妬ける程に速かった。二本の後ろ脚で蹴り出し、一気にスピードに乗ると、しっかりと爪のスパイクを雪に利かせ、体が跳ね上がらない程度の気合いを入れ、雪の地面を四本の脚で細かく蹴ってどんどん加速していく。
猪は遅れた。自分の体が逃げる方向と逆に向いていた。完全にビオンの策に嵌っていた猪は、バタバタと旋回して何とか走り出す。雪を捉えやすく発達した蹄で雪面を難無く走っているが、速度は圧倒的にビオンの方が速かった。
猪の生体とフェンリルの幼体のビオンは、本来なら同じくらいの速度で、どちらかの体力が尽きるまで追いかけっこが続くはずが、猪はあっさりと捉えられ、喉を食い破られ絶命した。
「スッゲ!マジかよ!ビオンめっちゃ強いじゃん!」
「初めての冬の狩りだったから失敗するかと思ってたけど、凄いよビオン!」
「ああ、本当に凄い。ミーア、普段の狩りのときも、ビオンは気合いを使っているのか?」
「そうだよー。この大きさで、もうガルルと同じくらいの事は出来るよー。町の魔獣でも、タンデンを覚えてキアイを使えるのは、ビオンだけだよ!」
そのビオンは猪の腹に顔を埋めて食事を始めている。自分の腹が満たされたら、残りはその場に残して去るのが野生のルールだ。獲物を狩れなかった弱者が、強者のおこぼれを頂戴する。ビオンはまだ幼体にして、既に生態系の強者に名を連ねていた。
「ミーア、このあと雪坊主を探したいんだが、一緒に探してくれるか?」
「狩りも早く終わったから大丈夫だよ!でも······私にも分けて欲しいよ?」
「当然だ。先ずミーアの分で、それから俺達の分、アンナさん達は一番最後だ」
「実は私もち───雪坊主を探すつもりだったんだよー」
雪坊主はこの地方特産のキノコで、わざわざ寒い時期に雪を押し退けて生えてくる珍味だ。倒木を栄養にして暖かい時期に菌が繁殖し、雪を被って籠もった発酵の熱で菌根部分が成長して、上へ上へと伸びていく。
この雪坊主だけを狙って一年分の稼ぎを出す冒険者も居て、暖かい時期に手頃な倒木の位置を覚えておいて、シーズンになるとギルドに出された依頼を受けて収穫に訪れる。供給過多になると値崩れが起こって、経済の秩序が乱れるので、今のところはギルドを仲介しての流通が基本だ。
ギルドが町にできる前からも雪坊主は認知されていたが、雪坊主目的で危険な森に入る者はほぼ居らず、この町でさえも広く知れ渡り、値段が付いて流通し始めたのはギルドが来てからだった。
エイル達は依頼の際にわざわざ倒木の位置を記憶していないので、それっぽい所を探して、雪面から頭を出している雪坊主を、目を凝らして探している。
いよいよ痺れを切らしたミーアが、寒さを我慢して飛び、雪坊主の頭を見つけ、エイルとアレクスが雪を踏み固めながら道を作り、雪坊主の所まで辿り着くと、アレクスが一言言った。
「ちんこ見っけ!」




