第49話 決戦
アレクス達は松明の明かりを頼りに、少しずつ闇の中へ歩みを進める。オフィーリアの索敵で「何か居る」程度に確認できてはいるが、オフィーリア程の手練が正確に把握出来無いとうことは、相手側が何かしらの妨害をしていると言うことだ。
「魔法障壁を展開できるのか?」
エルミアーナの発言の通り、相手が意図的に魔法障壁を展開できるのならば、奥の手の大魔法もかなりの威力の減衰を想定しなければならない。
「どうかしらね。希望的観測だけれども、きっとこれはただ垂れ流されている魔力に干渉しているだけだと思うわ」
「───イルにも聞いてみたが、概ねオフと同じ意見だ。“疑似餌で釣る”という狩りの性質上、敢えて曖昧にして興味を誘っている可能性もあるかも、だそうだ」
「ふーん、その垂れ流されている魔力を灯魚が嫌って奥に行かない。そうすれば自分の姿も見られずに、先に疑似餌の方を見せられる。良く考えられたもんだぜ!合ってるか知らんけどな!」
「······ごめんなさい。俺達の情報が少なくて」
「こら、謝るところではないぞ」
アレクスはエルミアーナに、コツンと頭を小突かれた。
「魔法障壁に関しては、魔法を当てて様子を見よう。それと、アーク達が持ち帰った一番有益な疑似餌の情報だ。ここに居るのは私達だけ、良いか『ウチュウジン』だ。怪しいと感じたときは『ウチュウジン』と叫ぶんだ」
ウチュウジンはエイルの夢の世界の言葉で、宇宙人の事だ。エルミアーナはメンバーに「ウチュウジンは、他のワクセイの知的生命体で、頭と目が大きくて、ムジュウリョクの空間で生活しているから筋肉は細くて、体毛無い全身ツルツルの体」と、説明をした。
『言霊』に相当する言葉はこの国には無いが、魔法の名を言葉にして出す様に、この国でも言葉には力があると言われている。
エルミアーナは敵の疑似餌の能力は、見る者の欲や、その時一番興味や関心のあるものを見せると予測した。最悪は仲間の姿を見せられて、迂闊に近付き不意討ちを受ける事だ。それの対抗策は言葉による刷り込み、誰かが「ウチュウジン」と言えば、アレクス達の頭は謎に満ちたウチュウジンを強く想像する事になり、そうなれば、もう疑似餌はウチュウジンをぶら下げた何の意味も成さない変な飾りになる。
アレクス達は何かの気配に近付き、足を止めた。松明の頼り無い明かりに照らされて、何かが視界に映つる。ここで何の事前知識も無ければ、その何かを自分の思いのままに想像していってしまう。そして今も、こんな所に居るはずもない人物がそこに創り出されていた。
「ウチュウジンだ!」
アレクスが叫んだ。その時エルミアーナもイリシュも、はっと我に帰った様な仕草を見せた。アレクスの後ろに居るオフィーリアとレオニダスも、同じ反応をしていた。
「ありがとうアーク。これは引き込まれるな」
エルミアーナも予備知識があった為、強く警戒心を持っていたが、それでも興味を引かれていた。それはあと三人と一匹も同じで、リッキーに至ってはヨダレを垂らしている。主人の指示に従う様に良く教育されており、もし今が食事の為の単独行動だったら、リッキーは今頃魔物の餌食になっていただろう。
「あのウチュウジン、淫らに腰を振って誘ってきやがるぜ」
「まったく嫌らしい、ナニを想像してるのよ。······って、え?動くのアレ!?」
(え?······マジだ───ぷっ、くく、駄目だ笑えて来る!)
アレクスには、まだ淫らな腰の振り方が良くわからないが、アレクスの見るウチュウジンは、アレクスの知識相応に腰を振っていた。
「アーク!お前のウチュウジンはどっちだ?俺のはケツがデカイぞ!」
「お、俺のは、おっ───胸がデカイです!」
「ははは!面白いなこの能力!あのウチュウジン、立派なモノを持っているぜ!」
「レオ、良い加減に······え?ウソ······この能力危険だわ!」
アレクスの見たウチュウジンは、始めは事前の情報通りの、頭と目がデカくてツルツルのヒョロヒョロだった。そしてレオニダスが発言する度に、ソレが追加されて今は化物になっている。
「くくっ!皆、疑似餌は無力化した!くく······先ずは光量が確保されているところまで誘き出す。ふふぅっ!ウチュウジンは失敗だったか?エイルくらいにしておけば良かったかな」
エルミアーナは笑いを押し殺しながら指示を出す。疑似餌の刷り込みによる無力化には成功したが、その反面ウチュウジンは想像の余地が有り過ぎた。好意的に捉えれば、「緊張の糸がほぐれた」かも知れない。
「チッ!こっちに来ないな。餌に食いつかなかったから、警戒しているのか?『イル、プランBだ!』」
エルミアーナは魔物が一向に闇の中から出て来ない事に舌打ちし、事前に打ち合わせた作戦の切り替えの指示を出した。
『エリー、了解した!』
作戦B。イリシュの火の精霊魔法により、敵の周囲を無理やり照らし出し視界を確保する。イリシュは明かりの維持に徹するので、残りのメンバーで戦闘を行う事になる。
『火精霊の灯火』
アレクス達の頭上に、それぞれひとつずつ火の玉が出現し足元を照らし、それとは別の火の玉が群れを成して魔物に向かい、その姿を照らした。
黒───、黒い魔物の陰が明かりの中にポッカリと浮かび上がった。体色が黒と言うわけではなく、それは正に闇だった。
「レオは背後へ回れ!アークは右!魔法を撃ち込んで、敵の攻撃範囲を探れ!」
エルミアーナの指示でアレクスは攻撃を開始した。敵の触手の範囲は前回の戦いで学んでいる。しかし、その時は触手が色と形を持って見えていたが、今はそれが黒い闇だった。
「マギアネモスバーラ!」
アレクスの頼り無い風弾が魔物に命中すると、その部分に色が付いた。エルミアーナとレオニダスが牽制で放っている魔法も、同じ様に当たった部分だけ色を付けていく。
何かを感じたアレクスは、感を頼りに敵の触手の範囲に踏み込み攻撃を誘った。
(───来る!)
アレクスの剣が、闇から迫る触手の先端を捉えた。
「ハアッハアッ!エリー!あの黒いのも魔物の能力だ!攻撃をされるまでそれを認識出来無い!今俺は触手がはっきりと見えている!それと、エリーとレオが魔法を当てたところも、そこだけは見える様になった!」
「用意周到な奴だ。アーク!良く見破った!アーク、レオ!デカイ魔法を当てて、コイツを丸裸にしてしまえ!」
「マギアネモスバーラ!」
アレクスのショボい風弾が敵に命中すると、巨大な竜巻が巻き起こって、魔物の闇が払われた。当然アレクスの魔法にそんな威力は無く、敵を包むほどの風を生み出したのは、エルミアーナとレオニダスの魔法だ。
少し不測の事態があったが、無事に魔物の姿を視認することが出来た。巨大な横に広い頭と口、太く長い二本の触手、太く寸胴な胴体に、付いてる意味の分からない貧弱な後ろ脚、それと疑似餌をぶら下げる釣り竿の様な触手を持った魔物。次のアレクス達の行動は、この魔物に有効な魔法を探る作業だ。
エルミアーナが雷の魔法を当てるが、予想通り効果が無い。続いてオフィーリアが風、火、氷、地属性の弾と刃を放った。
「実体が無いのは駄目、刃は敵の障壁で刃こぼれを起こす。使えるのは氷か地の弾ね。───皆!超重量で押し潰すわ!」
「聞いたかアーク!レオ!オフの準備が終わるまで、コイツを釘付けにする!」
「おう!暴れるぞリッキー!」
「はい!こっちの触手は任せて下さい!」
オフィーリアが右足を左足の後ろへ引いて、右の翼に杖を持ち、両翼を高く掲げて大きく翼を広げた。アレクスは今までに無いくらいの魔力の高まりをオフィーリアから感じた。それは魔物にとっても同じで、危険な魔力を排除するためにズリズリと動き出した。
「右の触手!テメーの相手は俺だ!」
キールと同じ様な事を叫んでアレクスは右の触手に斬りかかる。
「ハアア!」
アレクスは触手の射程を見切り、先端部を斬り刻んでいく。
(このまま顔面を真っ二つにしてやる!)
「氷大刃!」
エルミアーナが高く振り上げた剣に、巨大な氷の刃を纏わせ触手をバッサリ切断した。
「凄い!エリーそれだけで倒せるんじゃないか!」
「アーク!期待するな!あと二回しか使えない!その為のオフだ!」
魔物は右の触手の先端と、左の触手の三分の一を失い、今まで以上に力強く触手を振って応戦を始めた。
「リッキー!駆け上がれ!」
レオニダスを乗せたリッキーが魔物の背中を駆け上がり、背中の肉に爪を立てて主人の足場を固めた。
「ッラア!」
レオニダスが魔物の背を槍斧で切り付けた。魔物が反撃で触手を振り回したが、リッキーは持ち前の瞬発力で飛び退ってそれを回避した。
「リッキー!俺達はこの分厚いケツだ!」
「グルゥオオオ!」
3方向からの攻撃の対応に追われ、隙が多くなった魔物がこれでもかと全面に隙を晒すと、シャゴッ!と構造物が勢い良く擦れる音がして、投擲槍が魔物の顔面に刺さった。
「───!!!」
これは効いた様で、魔物は触手とウチュウジンを振り回した。重孥を組み立てて発射したイリシュは、今は第二射の為に弦を巻き上げている。
「コイツ骨が無いぞ!肉の塊だ!」
エルミアーナが叫んだ様に魔物は肉の塊だった。頭骨が有ればもっと硬そうな音が鳴った筈で、レオニダスが背中をいくら斬っても、背骨に当たる感触が未だに無かった。
「クソッ!コイツ重要な中身は分厚い肉の中か!この様子じゃあ、脳ミソも大事にしまってありそうだ!」
レオが槍斧で背中を斬りつけ、リッキーが爪で引き裂く。骨と肉を鎧ごと断ち切る槍斧の威力も、この相魔物手では効果を発揮していないようだ。
「───ハアッハア!また別の機会に活躍すればいい!こういう奴の止めが魔法使いの仕事だ!」
エルミアーナが氷の大剣で触手を攻撃し、半分くらいの長さまで切り落としたその時だった。
「マギアギギーヴラホスピルゴス───」
オフィーリアの詠唱が始まり、魔力糸が地面を這って魔物の両側に伸びる。
「マギアメータラアツァーリオドゥース───」
魔物の背に貼り付いていたレオニダスとリッキーが、巻き込まれないように十分に距離を取った。
「セルノタスシントゥリヴィ───」
アレクスは感じ取った「アレが来る」と───。アレクスとエルミアーナは同時に叫んだ。
「逃げろ!大魔法が来る!」
「逃げろ!雷魔法が来る!」
エルミアーナは、オフィーリアの大魔法の射程から出る事を優先した。味方を巻き込む状況では、使用することが出来ないからだ。しかしそれは悪手だと、アレクスの経験と感が警鐘を鳴らした。
「エリー!身を守れぇぇ!」
アレクスはスズから貰った銀の花飾りを掴んでいた。それはもう直感だった。
(スズちゃん!エリーを守ってくれ!)
アレクスは銀の花飾りを毟り取り、エルミアーナと魔物の間に投げた。
それと同時に、アレクスの動きから状況を判断したイリシュは、魔物を囲う火精霊の灯火を魔物へぶつけ、魔物の魔法との相殺を狙った。
「コンゴー!」
アレクスが全身に気を張り金剛の鎧を纏うと、魔物の体から紫電の閃光が奔った。魔物から伸びた無数の光の枝の幾つかが、アレクスの剣へ、剣から腕へ、腕から脚へ、脚から地面へ、何かが奔って抜けて行った。
「エリー!」
レオニダスの声が響いた。エルミアーナが張った魔法障壁は、魔物からの紫電の枝の幾つかを防いだ。だがその内の一本が、エルミアーナの剣に導かれ、エルミアーナの身体を打っていた。
エルミアーナの頭上の灯火は、硬直して倒れ、言う事を聞かない身体をなんとか起こそうとしているエルミアーナの姿を照らし出していた。
「イリシュ撃て!オフ大魔法を!」
レオニダスが動くよりも早く、アレクスはエルミアーナ向かって走り、魔物の顔面へ目印の炎弾を放った。アレクスがエルミアーナを抱えると、暗闇の中から迫る魔物の顔面に、アレクスの炎弾を貫通して散らせ、イリシュの放った重孥の投擲槍が突き刺さった。
『火精霊の炎尾』
アレクス達の頭上の灯火は消え、魔物に刺さった槍が炎を拭き上げ、新たな目印となった。
「キアイだァ!走れぇぇぇぇ!」
アレクスは自分に言い聞かせ、走る動作に気を合せた。エイルは「跳ね上がって走り辛い」と言っていたが、人一人抱えたアレクスは丁度良く疾走れ、オフィーリアの大魔法の効果範囲を抜けた。
「メガロマギアタナトスファラギオン!」
オフィーリアが地面に手を当てると、そこから魔力の塊が二手に分かれて地面に張った魔力糸を奔り、魔物を挟んだところで停止し、巨岩の壁と成り隆起した。
二つの壁には鋼鉄の短い突起が幾つも突き出しており、その二つの壁が地面の下で交差する様に沈降を始める。死の峡谷に落ちた魔物は、鋼鉄の突起に肉を引っ掛け、圧し潰され引き千切られ、逃げようとするも、無慈悲な粉砕機にその身を削られていった。
灯魚が闇の空間に広がって行く。レオニダスの読み通り、灯魚はあの魔物の出す何かを嫌っていたのだろう。
灯りに照らされたその場所には、魔物だったものの残骸が地面に広がっていた。
「おい!アーク!エリー!無事か?」
「アーク!大丈夫?エリーは?」
『アレクス!エリー!無事か?』
皆が駆け寄ると、アレクスの腕の中から魔物の残骸を眺めていたエルミアーナは、ゆっくりとアレクスの顔を見上げて言った。
「アーク、君をを連れて来て良かったよ。最後まで私は君を子供扱いして、私が守るつもりでいた。それが最後には私を守ってくれたな」
「いいえ、俺じゃありません。エリーを守ったのはスズちゃんです」
エルミアーナはまだ痺れる身体をアレクスに預け、魔物の残骸の手前に落ちている黒く焼け焦げた銀の花飾りに目を移した。




