第46話 A
アレクスはエイル達との朝の稽古を終えて、ダンジョンアタックの準備を整え、皆でギルドへ向かった。
大通りのギルド周辺には、遠征ばかりでろくに町に居ないAランクパーティーを一目見ようと、大勢の観衆が詰め寄せていた。
アレクスがギルドの扉を開けると、そこにはエルミアーナ達が待っていた。更に領主娘がダンジョンに向かうためか、中々出会う機会の無いギルドマスターも出てきている。ベルと同じ巻き角の魔人種の中年の男だ。
ギルドマスターはギルドの本部から派遣されており、この町の人間では無い事と全然見ない事から、町の冒険者達もあまり親近感を感じていない。
「アレクス、答えを聞こうか?」
アレクスはイリシュの所有権の譲渡を提案し、それをエルミアーナが承諾して覚書きを交わした。そしてアレクスがパーティーの脱退をギルドへ申請して、アレクスは自分が立ち上げたパーティーから抜け、ソロ冒険者になった。
そのアレクスをエルミアーナが勧誘し、「一緒にダンジョンへ行く」とギルドへ報告して、アレクスの事実上の移籍も終わった。
アンナをはじめ、ギルドの職員は目の前で起こった茶番劇に、目を丸くして立ち尽くしていた。その中で一番近くに居た受付嬢が、エルミアーナに声を掛けた。
「あのぅ、エルミアーナ様······アレクスさんはもうダンジョンに入っておられますぅ」
「ソロは、話が付けば同行できた筈だったが?」
「仰るとおりですが······本当に宜しいのですか?体調不良とかも有りますから、ソロ冒険者の方が代わりに参加する事は規則には反しませんが······代わりなので······アレクスさんはまだ経験も浅いですし、力不足かと思われます本当に───」
「私達は、ヘリオとアレクスを入れ替えて、そこの奴隷を連れてダンジョンへ入る」
「え、ええ!?え?奴隷もですか?いくら奴隷でも、ギルドの規則で、連続の使い回しは禁止されていますぅぅ」
「君は報告書を見ていないのか?そこの奴隷はダンジョンへ入っていないぞ」
「え!?······」
ギルド内が一気に気不味い雰囲気になった。アンナは、自分の近くに有ったその報告書を、チラッと横目で見て「ヤバッ!」といった表情を作った。
「申し訳御座いません!貴様等何をしている謝らんか!ちゃんと確認をしておけと───」
ギルドマスターは、ここぞとばかりに仕事をするが、そこにエルミアーナが割って入った。
「ギルドマスター、職員の怠慢は貴様の怠慢だ。雇用を作ってくれていることについては、ギルドに感謝しているが、我が領民は、ただ椅子を温めて居るだけの奴の尻を拭う為にここに居るわけではない」
心当たりのあるギルドマスターは「申し訳ありません」と、深く頭を下げた。ギルドの運営には町からの補助も入っている為、それは本当に深刻な「申し訳ありません」だった。
「君もしっかりと仕事を覚えてくれ。それでは、みんな行こうか!」
エルミアーナにパーティーメンバーが続いて、アレクスとイリシュはその後を追った。アレクスがアンナの方へ目をやると、アンナは優しい表情で、目立たない様に胸の位置で小さく手を振って、アレクスを送り出した。
「エルミアーナ様ー!こっち見て下さーい!エルミアーナ様ー!」
外は凄い事になっていた。今までこの人集りを外の方からしか見れなかったアレクスは、今は正にその中心に立っていた。
熱狂的な観衆が詰め寄らないように、駐屯兵が身を挺してエルミアーナの道を作っている。アレクスとイリシュ、そしてエイルとベルも一緒に外に出たが、エルミアーナ達と一緒に歩くのが申し訳無くて、距離を開けてついて行った。
「アックー!アックー!気を付けてー!」
喧騒の中からシュナの声が聞こえた。が、何処に居るか分からない。
「アレクス!お~い!俺の分までぶっ殺して来てくれー!」
パナテス達と見送りに来たロックは、人集りの中に見つける事が出来た。フォスも仲間に守られながら、アレクスに手を振っている。
「アックー!アッッックゥゥゥゥ!屋根ー!」
人ん家の屋根の上からシュナ達が手を振っている。アレクスは、エルミアーナ達に倣って、シュナとロックに手を振り返してみた。
「誰だテメーは!引っ込んでろ!」
(ひえぇぇ!)
アレクスは観衆に怒られてしまった。
人集りを抜けると一台の馬車が停まっていて、アルトレーネの家紋が入った幌の陰から、デュオセオスが顔を出した。
「皆さん、いつも姉がお世話になっています。───姉さん、くれぐれも無茶しないように!」
「デュオ、手配ご苦労様。心配無いよ、皆頼もしい。じゃあね、行ってくるよ───」
エルミアーナは、デュオセオスと抱擁を交わすと、馬車の客室へ入って行った。
ヘリオ以外のメンバーが客室へ乗り込み、次はアレクスの番だ。
「アレクス君、(イリシュ)、二人共気を付けて!それと、どうか姉を守ってやって欲しい」
「はい!エルミアーナ様は、この町の大切な人です。必ず守り貫ます!」
「頼んだよ。姉を守って、君達も元気に戻って来てくれ」
デュオセオスと握手を交わして、アレクスとイリシュは客室へ入った。馬車が走り出し、エイル達がどんどん小さくなって行く。
「······行ってきます!」
馬車の客室の椅子は厚くふかふかに作られていて、ちょっと狭い代わりに、地面からの衝撃を和らげてくれている。
「さて、アレクス。私のパーティーを紹介しよう。鳥人の彼女が、魔法使いの『オフィーリア』だ」
「今日は宜しくお願いします。私の事はオフと呼んで下さい」
胸、上腕、脛に丈夫そうな鱗が貼られた鳥人種特有の戦闘服を身に着け、今日は藍色の髪をポニーテールに結わえている女性は、藍色の翼を畳んで小さくなっている。
「はい!宜しくお願いします。オフ······さん!」
「そこの彼が『レオニダス』。天啓の職業は騎士だ」
「俺の事は、レオと呼んでくれ。相棒は王山猫のリッキーだ。この辺じゃ見ない種だから、一昨日、町の魔獣達に警戒されてな、しょぼくれて前線拠点の近くで待ってるだろうさ」
オフィーリアの隣では、顎髭をお洒落に整えた男が、大股開いて腕を組み「ガハハ」と豪快にやっている。
「はい!レオさん、宜しくお願いします!」
「そして、私が勇者のエルミアーナ。エリーと呼んでくれ」
白の獣人種の領主娘は、白のシャツと白のスキニーパンツに、赤く染めた鉄綿花の腰巻きと胸当てを装備して、背筋から尖った耳先までピンと伸ばして座っている。
「はい!宜しくお願いします!え、え······エルミアーナ様」
「フフ!駄目だ、エリーだ。戦闘中に長ったらしい名前を呼ぶのか?メンバーは愛称で呼ぶ!これが私達の規則だ。ほら!」
(いや、ほらって言われても······)
「エリー!」
美しい金髪に不釣り合いな安っぽい亜麻のワンピースと、同居人のお下がりの寸足らずなズボンから、鉄の脚を生やしたエルフの奴隷が先にそう呼ぶと、アレクスはミーアの件もありドキッとしてしまう。
「エリー!、オフ!、レオ!」
「ははは!物分りが良いな!───皆、このエルフの愛称はダンジョンの中だけイルだ。さあアレクス。観念して私を愛称で呼び給え!」
エルミアーナは依頼の円滑な遂行の為に、特例で奴隷に名を与え、アレクスをからかい始めた。
いよいよアレクスも腹を括り、その愛称を口に出す決心が付いた。
「え、え、エリー!オフ!レオ!宜しくお願いします!アレクスです!勇者です!宜しくお願いします!」
この中で一番身を守る気を感じられる、お気に入りの安価なプレートメイルを身に着けた赤い髪の少年は、緊張の面持ちで自己紹介をした。
「ああ!宜しく······あれ、れくす、あーく、アーク!良し、アークだ!」
(アーク······アークか!良いな!なんか良いな!凄いぞ!エルミ───エリーのパーティーに入ったって実感出来る!お互いの呼び方も、呼びやすいように考えているし、これがAランクパーティーなんだ!)
自己紹介が終わって次は作戦会議が始まった。エルミアーナは先ず、ヘリオを外した理由から話した。
「今回の討伐対象の魔物は、体の大きさからの尋常じゃ無い膂力が武器だ。基本的な攻撃方法は、それを鞭のように叩き付けてくるのを想定している」
エルミアーナは、エルフ語でイリシュにも伝えてから続きを話した。
「そしてその威力は、あのガタイの良いエイルが、吹き飛ばされて気を失う程だ。盾ごと吹き飛ばされたり、衝撃を殺し切れなければ、盾は無事でもヘリオは重症だろう。だから、今回は十分にその役を果たせないと判断した」
次はダンジョンについてだ。
「ダンジョンの図面を見ると、途中で二又に分かれて、後に合流するようだ。私達はリッキーを連れて行くから、広い方を通って行く」
アレクスはキールとガルル、5人と一匹で進んだ記憶が想い起こされた。
「その先が開けた空間になり、討伐対象が居る空間でもある。ここまでの道中は、一日空けている事から、魔物が湧いていると思われる。道中はイルの弓とオフの魔法に任せようと思う」
イリシュとオフィーリアが返事をした。
「その空間だが、足元を水が流れているのと、灯魚が奥まで飛んでいない様だ。なので光量が確保出来るところまで誘き出してから戦闘開始とする。その際に、足元の水には踏み込むな、敵は魔法の雷を水に流しての攻撃方法を持っている。威力は勇敢で屈強な角山犬が意識を失う程だ。予兆を察知した際は、直ぐに足元に魔法障壁を展開する様に。また、その魔法の再使用までの間隔、威力を下げての連続使用が可能なのか、それは未知数だ」
アレクス達のときは一発だけだった。その後、ガルルの下からミーアを引き摺り出そうとしたとき、アレクス達は全員水に触れていた。連続使用が出来るなら、あの時点で全滅───否、ベルだけは生き残った可能性が有った。
「あの、発言しても良いでしょうか?」
「構わない」
「その雷の魔法ですが、報告ではベルカノールは障壁で防いだ事になっていますが、少し違うんです。エイルさんのカクトーギはご存知ですか?」
「エイルのカクトーギは知っている。私もゴシンジュツというのを覚えさせられた事がある。それがどう関係するんだ?」
「最近の事なんですが、エイルさんは魔力の派生だと思われるキを発見しました。今はまだ俺達もあまり良くわかっていないので、まだ公にはしていなくて······。ベルカノールは、魔物が魔法を使う兆候を感じて、咄嗟にキを全身に纏う防御技を使ってしまった様です。ベルカノールはその時“魔法が只の魔力になった”と感じたそうです」
「キ······か。一時期一緒にパーティーを組んでいた魔人種の者が、エイルの魔力を『酔えない酒』、まあ、『魔法にならない魔力』ってことだろうけど、そう例えていたな。それが······、アークは同じ事が出来るのか?」
「はい!」
今朝、エイルとベルが検証した結果。魔力に魔力をぶつけて相殺させる魔法障壁とは原理が異なり、金剛状態の身体に魔法が触れると、その魔法としての効果が失われる。
炎は触れた瞬間の熱だけは感じ、風に至っては何か当たったと感じる程度、雷もその一撃必殺の効果を発揮する事はない。エネルギー体とは違い、氷や石等実態を持たせた魔法は金剛で砕けはするが、そのスピードとパワーは、金剛の身体に触れ、魔法の形を保てなくなる一瞬で、物理ダメージを与える事は可能だった。
そうしてダンジョンへ向かう道中、アレクスは金剛状態でレオから叩かれ、オフからは威力を絞った魔法を撃たれて実験台とされていた。




